手綱を渡す
灰口の関へ着いたとき、門は荷車一台ぶんだけ開いていた。
黒い崖の隙間へ、厚い木戸が二枚噛み合っている。片方の戸を引けば車道、両方を閉じれば、崖をくり抜いた人道しか残らない。
アダルの木札は、三台をすぐには通さなかった。
関守は札を灯火へ透かし、本人の角の欠け方まで見比べた。セナの小刀は鞘の封印が切れている。アダルが、ネイの処置に使った時刻と本人の返事を記録へ足した。
「停戦代表が救援車を通す権限はある」
「なら開けろ」
マレクが言うと、関守は札を裏返した。
「西側から来た四人と、混成巡回七人を一隊として越境させる権限はない」
救い出した七人は、すでに武器を失っている。それでも革鎧と灰色外套が三台を挟んで進めば、遠目には護衛付きの補給隊に見える。
「七人はここへ残す」
アダルが決めた。
王国兵が抗議しかける。
「怪我人二人を関の治療所へ。残る四人は両側の詰所へ二人ずつ帰す。私だけ救援の監視で同行する」
「武器がない」
「だから帰れる」
関守は首を振った。
「まだ足りない。西側の者が御者なら、東へ入った荷車を誰が使うか見分けられない」
「荷札に名がある」
「夜の丘から荷札は読めない」
マレクは閉じかけた門を見た。
日没後に車道を開けるのは一度。ここで朝を待てば、棚へ着く日がまた延びる。だが、四人と三台を別にすれば、荷を奪われても追いつけない。
アダルが関守へ言った。
「そちらの御者が三台を門の向こうへ出す。救援の四人は人道を歩く。向こうで人数と封をもう一度合わせる」
「馬に触らせられない」
答えたのはトーマだった。
若い馬が黒縄車の轅を蹴っている。昼の白地で武器が沈む音を聞き、まだ耳を伏せたままだ。
「知らない手に三頭まとめて渡したら、黒の子が先に暴れます」
「では朝まで待て」
関守が木札を返そうとした。
トーマは受け取らず、関の厩を覗いた。
御者が四人いる。二人は手綱を腕へ巻き、馬の頭を力で向けていた。一人は酔っている。残る若者だけが、馬へ正面から近づかず、鼻先へ空の手を置いて匂いを取らせていた。
左の角へ青布を巻いた、まだトーマより若い男だった。
「あの人を呼んでください」
呼ばれた若者は、人間の言葉を半分しか話せなかった。トーマはユラの前へ連れていき、自分で手本を見せる。
「赤は、音に弱い。耳が後ろへ倒れたら引かない」
若者はユラへ手を出さず、まず自分の革手袋を外した。掌を嗅がせる。ユラの鼻が一度触れた。
トーマがバロの左後脚を示す。
「青は急がせない。昨日、長い坂を登った。黒は若い。門の影で横へ跳ぶ」
言葉が通じない箇所は、歩幅と手の位置で伝えた。若者は三頭の名を一度ずつ聞き、言い直した。
「ユラ。バロ」
黒縄馬には、まだ決まった呼び名がなかった。貸主は三号と呼び、トーマはずっと黒の子と呼んでいる。
若者は無理に名をつけず、黒い縄を指した。
「クロ」
トーマは否定しなかった。
三台を通す御者は、彼が選ぶことになった。残る二人は車輪の横を歩き、荷へ触れない。関守が全員の名を札へ書く。
「馬具を外されていたら?」
マレクがトーマへ聞いた。
「僕が向こうで戻します」
「豆箱を開けられたら」
「封が切れていたら、数えます」
「その前に止めるべきだ」
トーマは答えず、ユラの手綱を若者へ渡した。
指を一本ずつ開かなければ、革が掌から離れなかった。
「親方。人に渡すと決めたあとまで、渡さない理由を探さないでください」
門の向こうは見えない。三台とも、ここで手を離すしかなかった。
マレクは赤縄車の荷札へ、自分の印を足した。
「通せ」
車道が開く。
ユラは若い御者の手を一度振り切った。男は引き戻さず、門の外へ半歩下がる。ユラが自分から追うのを待った。
赤縄車が闇へ消える。
青縄車、黒縄車も続いた。
救援の四人は、セナ、イェル、マレク、トーマの順で人道へ入った。アダルは最後につく。壁の窓から関守が一人ずつ顔を見て、反対側の記録へ印を送る。
人道は馬の声だけが聞こえ、姿が見えない長さだった。
トーマの歩調が速くなる。
「走るな」
マレクが言うと、本人は頷いて歩幅を落とした。
門の東へ出た。
三頭も、三台もいた。
若い御者は黒縄馬の横にしゃがみ、擦れた腹帯へ自分の布を挟んでいた。封印は一つも切れていない。赤縄車の前輪だけ、門石の泥がついている。
トーマは礼の言葉を探し、結局、自分の木槌を一度だけ男へ見せた。御者も腰の蹄掻きを掲げた。
手綱が戻る。
アダルは関守へ、七人が武器をすべて白地へ置いたと記録させた。アダルを除く歩ける四人が東西の詰所へ分かれる。ネイとロシュは治療所に残った。
アダルの肩からは二色紐が消えている。
「あなたも残れと言われる」
イェルが言った。
「明日の会議では」
「明日は、たぶん席がない」
アダルは三台の木札を見た。
「今夜はある」
関を離れると、道は高い尾根へ出た。
東の空に、青い灯が一つ見えた。
イェルが足を止める。
灯は長く一度、短く二度明滅した。間を置き、消えたまま十を数え、また点く。
「上棚へ移った」
イェルが最初の組を読む。
次の組は、短い灯が二つ、長い灯が一つ。
「水が半分」
三つ目は、東を示す灯が点かないまま、西の灯だけが三度光った。
「東道がない」
そこで終わらなかった。
上棚。水が半分。東道なし。
同じ三つが、同じ順で、もう一度送られる。
三度目には、トーマも灯の間を数えていた。
最後の光が消えるまで、イェルは一語も言い換えなかった。




