二十四まで
東の道が消えた夜、鐘割れ棚では、人より先に寝床だけが上にあった。
四日前から、黒岩の上棚へ寝床の枠と天幕を移していた。百四十八人を一度に動かせば、坂で列が詰まる。食事と配水は泉のある下棚に残し、眠る場所だけを少しずつ上げるつもりだった。
もう、少しずつでは間に合わない。
東道が沈んだあと、下棚の白い筋は泉を囲むように伸びていた。次の小反潮が来れば、寝床と食料のあいだを切られる。
「歩けない人から上げます」
サラは下棚の中央で声を張った。
「担架は四人。坂の曲がりで前後を入れ替える。杖で歩ける人は荷を持たない。水は最後まで下へ残します」
ドムが人間兵を二列にし、ヴェスは魔族側の石工を黒い足場へ置いた。互いの負傷者を先に担ぐという四日前の決め方を、今夜も変えない。
ドムもヴェスも、相手の列から目を離さなかった。それで決まりは四日続いた。
ラカはパン切り板の裏へ名を刻み、坂を上がる者へ返事をさせた。二人が同じ名に答えれば、顔を見るまで印を消さない。
サラは最初の担架へ手をかけた。
右腕に力を入れた瞬間、焼けた皮膚の奥で何かが引き攣った。炉の破片を受けた脇腹では、息を吸うたび肋骨の奥が痛む。折れているのか、ひびなのか、セナのいない棚では分からない。
「隊長は先頭へ」
キリが反対側へ入った。
四日前、フィアを白い筋から抱き上げたときに打った右肩は、服の上からでも腫れが分かった。合図板の革紐を左肩へ掛けている。
「その肩で担架は持てません」
「先頭と最後尾を三度走るより短いです」
「キリ」
「先を見ます」
返事だけを残し、坂へ駆けた。
道標灯は三つのうち二つが消えている。残る一つも、青い火が脈を打つたび細くなった。灯が消えれば、キリの合図板とヴェスが石を叩く音だけで列を動かす。
二組目の担架が坂へ入ったところで、白い粉が足首まで浮いた。
サラは西の迂回へ列を振ることにした。
「最後の担架が標木を越えるまで、水の列は下に残す。二つ目の板を立ててから南へ」
キリは言葉を復唱し、先へ走った。
右肩を庇って合図板を上げると、板の端が傾く。上棚の見張りには「南へ」の面だけが見えた。
「担架、南へ! 桶も続け!」
上から声が返る。
水桶を担いだ組が坂へ入り、曲がり角で担架の列とぶつかった。狭い黒岩の上に、戸板二枚と桶四つが並ぶ。どちらも白い地面へ降りられない。
後ろの担架が止まり、寝かされていた老人が咳き込んだ。
オナが桶を一つ抱え、白い筋の手前へ戻した。
「水は歩かない! 勝手に脚を生やすな!」
怒鳴りながら、残る桶の蓋を押さえる。ドムとヴェスが担架を一枚ずつ持ち上げ、岩の張り出しへ逃がした。
小反潮は、最後尾のすぐ後ろを通った。
白い粉が立ち上がり、下棚の杭を二本呑む。誰も白地へ落ちなかった。水もこぼれなかった。
キリだけが、合図板を上げたまま動けなくなった。
サラが坂を上がると、彼の右腕は胸の高さで震えていた。
「下ろして」
「まだ最後尾が」
「下ろしなさい」
左手で革紐を外す。板の重みがサラの右腕へ触れ、指が開いた。
合図板が岩へ落ちた。
キリは板より先に、サラの手を見た。
「いつからですか」
「炉を壊したときに焼きました。指が動きにくいだけです」
「だけ?」
「今は列を」
「二つ条件を伝えました。私は一つ落とした」
キリは右肩を左手で押さえた。
「急いだからです。痛くて板をまっすぐ持てなかった。それを先に言わなかった」
「休めと命じました」
「隊長が結べない縄を、誰が直すんです」
坂の下で、次の担架を呼ぶ声がした。
サラは返事を探した。命令なら、すぐに出せた。キリを上棚へ残し、代わりを二人つける。合図板は一人に背負わせ、もう一人が面を読む。
それを四日前に決めていれば、キリは今夜も腕を上げられた。
「次は、使えない手を先に言ってください」
キリの声は低かった。
「みんなに言えとは言いません。代わりに走る者には言ってください」
サラは合図板を拾わず、近くにいた二人を呼んだ。一人には板を持たせ、もう一人には、伝言を省かず復唱するよう命じる。
キリは上棚へ送った。
セナに見せるまで固定するため、オナが布を巻く。本人は眠らないと言い張ったが、ラカが名簿から夜番の印を削った。
夜の終わりまでに、百四十八人全員が上棚へ上がった。
食料、薬、空の器も移した。泉には汲み手四人と見張り二人だけを残し、黒縄で上棚と結ぶ。白地が一本でも縄へ触れれば、鐘を鳴らして切る。
西端の灯へ、サラは三つの信号を送らせた。
上棚へ移動。泉の水量が低下。東道は通行不能。
「条件を落とさず、三度です。返答灯を見るまで、毎晩送って」
キリは寝たまま、伝令役の言葉を聞いた。
一度目は「水が減った」が抜けた。キリが止めた。
二度目は、東道を「危険」と言い換えた。通れないのか、危険でも通る余地があるのかが変わる。また初めから送らせた。
三度、同じ順序で西の灯が明滅した。
夜明け前、オナが泉へ下りた。
桶の内側には、いつも満たす高さへ傷がつけてある。流れの下へ置き、自分の呼吸を数えた。
「一、二、三」
そばでサラも数えた。
十二を過ぎても、水は傷へ届かない。
オナは二十四で桶を引いた。昨日は十二で、同じ高さだった。
もう一つの桶を流れへ置き、オナはまた一から数え始めた。




