入らないもの
夜明けまで六時間。持っていきたい物は、荷車六台分あった。
マレクは三台の車輪へ、赤、青、黒の短い縄を結んだ。救援を示す白縄とは別に、暗がりでも車を呼び分けるためだ。
赤縄車は、三台でいちばん太い車軸を持つ。百リットル樽を二つ、治療道具、歩けない者を寝かせる空間。
青縄車には干し麦八袋、封をした豆四箱、靴と足布。黒縄車には残りの樽、天幕、索具、共同工具を載せる。
紙の上では収まった。
実際に積むと、赤縄車の横木が炭の線まで沈んだ。
「樽を一つ、黒へ移す」
マレクが言うと、黒縄車の下からトーマの声がした。
「今は駄目です。この子、横木を替えたばかりです」
「夜明けまでに馴染むか」
「木に夜明けは分かりません」
トーマは仰向けのまま、古い横木を叩いた。音の鈍い箇所へ白墨をつけ、起き上がる。
「樽は空でも嵩があります。帰りに満たせば百キロです。黒には一本まで。あと、予備の軸棒を下ろさないでください」
「軸棒を積めば、靴が一束減る」
「軸が折れたら、靴を履いたまま全員で車を担ぐんですか」
言い返せなかった。
棚へ着くまでの水は、四人の革袋と小樽へ分けてある。三本の大樽は乾かして運び、帰路の水を受ける。空だから軽いと考える者と、満たした後の重さを見る者とで、積む場所が変わった。
そこへセナが、守備隊から借りた折り畳み寝台を引きずってきた。
「これ、誰が載せたの」
「俺だ」とマレクは答えた。「車上で治療できる」
セナはトーマに寝台の端を持たせた。二人で地面へ下ろすと、鉄の脚が石畳を引っ掻いた。
「重い。反潮へ鉄を増やす。これを運ぶ場所で、布担架なら六人運べる」
「寝たまま固定できる」
「誰を?」
マレクは答えを持っていなかった。歩けない二十六人の怪我を、イェルは一人ずつ見ていない。
「腕が折れた人? 腹を切られた人? 熱で起きられない人?」
セナは怒るほど質問が増える。
「知らない体に合わせた寝台は、治療道具じゃない。安心したい人の家具だよ」
鉄脚の代わりに、麻布六枚と短い棒十二本を青縄車の側板へ縛った。棒は担架に使わなければ、坂の手すりにもなる。
マレクは寝台を寄贈品の列へ戻した。
菓子屋から届いた砂糖林檎は、一袋だけセナが薬箱へ入れた。
「それは要るのか」
「苦いものを飲んだことは?」
「ある」
「吐かずに済んだ?」
「積め」
セナは袋を押し込んだ。
一方で、王家の紋を織った天幕は下ろした。雨を防ぐには立派だったが、柱だけで担架二組より重い。銀の酒杯、祝勝用の葡萄酒、勇者の帰還に着せる赤い外套も、誰の体を守るか決められなかった。
荷捌き場の端へ、戻す物が増えていく。
使える靴は三十九足だった。集まった四十七足のうち、底の裂けた六足と、左右とも右の二組をセナが除けた。トーマは除けた靴から紐だけを抜き、足布の束へ回す。
「麦をもう一袋」
マレクが空いた場所を指すと、エルナが首を横に振った。
「その空きは、車軸が撓んだ分よ」
「棚に百四十八人いる」
「西門へ着く百四十八人もいる」
倉の壁際には、到着後に炊く麦が積んであった。今夜、エルナが七軒から借りた物だ。道中の荷へ移せば、向こうへ着く確率は上がる。着いた翌朝の鍋は空になる。
「半袋だけ」
「だめ」
エルナは袋の前へ立った。
「途中の麦八袋には、あなたの印をつけた。ここにあるのは、私が返す麦。混ぜないで」
マレクは荷台から手を離した。
豆四箱には封をした。救援の帰路まで開けない。その脇へ、四人が鐘割れ棚へ着くまでの携行食を置く。馬の燕麦も、接近路で使う袋と帰路へ残す三袋を、縄の色で分けた。
一つの袋から先に使えば、数えやすい。けれど一台を失えば、全部を失う。麦と豆と足布を三台へ散らすたび、必要な物を出す時間が延びた。
「きれいには積めませんね」
トーマが青縄車の側板を閉じながら言った。
「帰りは人が決める」
荷が崩れる余地を残して、縄を締めた。
三台とも、横木の炭線から指二本ぶん余った。トーマは赤から順に車体を揺らし、沈みが戻るのを見届けた。
夜半を過ぎ、エルナが家から最後の布束を持ってきた。煮沸した古布のあいだに、小さな木の椀が入っていた。
縁が一か所欠け、底に薄く花の焼印がある。
サラが十二の冬まで使っていた椀だった。熱いスープを急いで飲み、上唇を火傷した夜にも、ひと冬で戻ると父に言われて戦へ出た朝にも、食卓にあった。四年のあいだ、戸棚のいちばん奥で伏せてあった。
エルナは椀を入れたとも、持っていけとも言わなかった。
マレクは赤縄車の治療布を持ち上げ、その下へ椀を置いた。
壊れないよう、布を一枚多く巻く。手を離してから、もう一度取り出した。
サラが今もそれを使いたいか、本人に聞いていない。
娘のために選んだ物だけ、三台の荷の中で行き先がなかった。
椀を倉の窓辺へ戻す。伏せずに、口を上へ向けた。
最後に四人の武器を確認した。
トーマの短剣と、座席下に残っていた古い槍穂は門兵へ預ける。セナの薬草用小刀だけは刃渡りを測り、鞘へ封印紐を通した。命に関わるときは切ってよい。その場合は、境界の記録へ残す。
マレクの腰には、帳面と炭筆しかなかった。
夜明けの鐘より先に、厩の戸が開いた。栗毛のユラを赤縄車へ、老馬バロを青縄車へ、若い馬を黒縄車へ繋ぐ。
エルナは見送りの列へ来なかった。旧放牧地の井戸を起こし、百六十人分の鍋を借りに行くと言った。
門扉が人一人ぶん開き、朝の冷気が石畳へ入る。
三台を出し終えるまで、マレクは倉の窓を振り返らなかった。
欠けた椀には、夜明けの光が少し溜まっていた。




