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百四十八の行き先

中立野の四つの入口には、まだ誰の名も書かれていなかった。


西へ入る。中立野に留まる。東へ戻る。まだ決めない。


エルナは四枚の札を、旧放牧地の杭へ掛けた。


午後二時。


黒瀬井から本隊が出たという合図は、まだ来ない。


南倉の寝札は二十六枚。染物組合の作業場は十八人まで。町の外側には、東へ戻る者と保留する者の天幕を分けてある。井戸番、火番、受領者。人の名は決まっていても、そこへ誰が入るかは空白だった。


エルナは空の粉箱を机へ置いた。底には、粉屋が降りた分を自分の冬粉で埋めた五枚の食札がある。箱を振っても、粉の音はしない。


その隣へ、西詰所でネラが受けたハルンとユノの札を置く。二人はまだ南倉へ動かせず、今日来る本隊へは混ぜない。


「何度読んでも増えませんよ」


西詰所の寝番へ二人の様子と呼び出し先を引き継いだネラが、鍋の蓋を持って通った。


「減っても困る」


「札を見てるうちは、顔が見えない」


エルナは受領札を伏せなかった。


「顔を見たら、札を落とすかもしれない」


ネラは慰めず、到着の鍋を煮る火へ戻った。


麦と豆の匂いが、何もいない放牧地へ広がっていた。


午後三時、停戦境の見張り台から灰旗が一度上がった。黒瀬井に本隊あり。詳しい数は来ない。


午後四時半、二度目の旗。西進。死者の印はない。


エルナは鍋のそばへ行った。蓋を開けようとして、ネラの手に触れる。


「まだ」


「煮えてる」


「着く前に開けたら、全員ぶんよそい始める」


「仕事がある方がいい」


「知ってる」


ネラは蓋を押さえ、エルナは手を離した。


待つ間にできることを、もう三度やり直していた。西入口の寝床番号。中立の水桶。東入口の地図。保留の天幕には、行き先欄の空いた札を置く。


保留札だけ、受領期限を書かなかった。


夕方、町の者が柵の外へ集まり始めた。魔族が何人いるのか。兵は武器を持っているのか。勇者は本当にいるのか。


バルクは門の鍵を腰へ下げ、質問へ一つずつ答えなかった。


「ここは到着場所だ。見物場所ではない」


それでも人は帰らない。エルナは四つの入口を布で隠さず、誰がどこへ入るかを町が先に選べないよう柵の内側へ線を引いた。


午後六時五十分、井戸の水面が揺れた。地鳴りではない。遠くの足音が、乾いた地面を伝ってくる。


最初に見えたのは赤縄車ではなく、ヴェスの杖だった。


石切り鉄のない手で地面を確かめ、その後ろをイェルが歩く。担架。支え歩行。桶を二人で担ぐ者。赤縄車。布帯に寝た五人。


荷車は一台しかない。三頭の馬がいた。


ユラは赤縄車を引いている。若い黒馬は荷を背負い、老いたバロも脚を止めていない。


エルナは娘を探した。勇者の外套も、剣もない。


三列目の端で、左手をセイの肩へ置いている女がいた。右腕を胸へ固定し、顔も髪も白い粉で色を失っている。それでも歩幅は八歳のころと同じだった。疲れると、左足の爪先が少し外へ向く。


「サラ」


声は列まで届かなかった。エルナは柵を出ない。最後尾がまだ見えなかった。


午後七時五分、ドムが八本の列縄を束ねて旧放牧地へ入った。


「最後尾」


その一語で待っていた火が動き、セナとネラは挨拶もせず寝床へ向かった。


道中ずっと運ばれてきた二十六人を寝床へ移す。赤縄車の五人、担架六人、短橇四人、背負い枠六人、布帯五人。名を呼び、置き場所が変わるたび記録も動かした。


布帯のナシュは、降ろす前に空を見た。


「屋根がないな」


「天幕だったからね」


トーマが答える。


「雨なら」


「ここには天幕がある」


中立野の布屋が貸した新しい覆いが、寝床の上へ張られている。


オナは路上の水札を閉じた。


「二百四十二」


黒瀬井から人へ百二十、馬へ二十四、調理と医療へ十を使った。三百九十六から百五十四を引いた値と、赤縄車の二樽、六桶、四革袋の水面が合う。黒縄車の空樽はなく、灰封の緊急食十五は封を切らずに届いた。


ネラが百六十食の鍋を開ける。本隊の避難者百四十六と救援四人、到着した百五十人へ一杯ずつ渡し、残る十食を医療と遅れて食べる者のために封じた。翌日の百六十食には手をつけない。


エルナは最後の一杯が渡るまで、サラへ近づかなかった。


娘は赤縄車の側板へ背を預け、セナに呼吸を聞かれている。


マレクがその横にいる。


四年ぶりに夫の顔を見た。


膝の帯が増え、髭に白いものが混じっている。会えば最初に怒る言葉を、エルナは道中でいくつも考えていた。


出てきたのは別のことだった。


「黒と青は」


「青は棚。車輪と車軸だけ、回収札を付けた」


マレクが答える。


「黒は白峡へ置いた。患者は降ろし、馬は轅から外した。工具も一部」


「貸主へは」


「俺が書く」


「私も読む」


夫は任せるとは言わなかった。


「頼む」


エルナはサラの前へ膝をついた。娘の顔を両手で挟むつもりだったが、右頬に白い粉があり、左の口角には噛んだ傷がある。どこへ触れても痛そうだった。


手が止まる。


サラの左手が上がり、指先だけがエルナの手首へ触れた。


「ただいまは、家で言う」


声が掠れている。


「うん」


エルナは手首を動かさなかった。


「今は、寝床を決める」


「うん」


娘は目を閉じた。触れた指は、すぐには離れなかった。


     *


午後八時、四つの入口を開いた。町へ入るかを、エルナは一人ずつ尋ねなかった。


西の受領者は南倉と染物場の鍵を見せる。中立野の受領者は、三日ぶんの井戸と天幕、その先は未定だと告げる。東の入口ではイェルが、返し尾根から東返し枝までの記録を広げた。保留には、今夜決めなくても食事と寝床を失わないと書く。


一人ずつ、自分で入口を選ぶ。


ヴェスは東の杭へ、鑿の印がある札を掛けた。


腰に石切り鉄はない。


トーマが気づき、空の鞘を見る。


「置いてきた」


ヴェスはそれだけ言った。


東へ戻る者たちの札が、その隣へ増える。畑。井戸。墓。焼けた家。イェルは案内役の青札を、避難者の白札へ混ぜなかった。


フィアは母親と西へ入った。


南倉の暖かい側に、二人の寝床が並ぶ。母親は一度、娘だけを入口へ近い寝台へ置こうとした。フィアが奥の二枚を指し、受領者は二人の札を移した。


ドムは人間兵の名を、所属縄から外して西の受領簿へ渡す。自分の名も同じ列へ置いた。ヴェスと目が合っても、停戦について話し始めなかった。


オナは中立の井戸へ行った。


水桶の横に、自分の椀札を掛ける。留まる者の名が揃う前から鍋へ触れたが、数は受け手に任せた。


ラカはどの杭にも札を掛けず、半分になったパン種の器を保留の机へ置いた。


「明日、膨らんだ方で決める?」


エルナが聞く。


「明日も決まらないかもしれない」


「じゃあ、器を置く場所だけ決めよう」


ラカは保留天幕の火から一番遠い棚を選んだ。最後に来た札が、その下へ掛かる。


午後十時、四つの受け手が名を読み返した。本隊百四十六人の行き先は、西六十、中立野三十七、東二十九、保留二十。救援のマレク、イェル、セナ、トーマは別の板に置き、この数へ入れない。


エルナは西詰所の二枚を開いた。


「ハルン。西詰所、ネラ受領。返事あり」


南倉のネラが返事をする。


「ユノ。西詰所、ネラ受領。返事あり」


もう一度、返事。


先行した二人を西へ足し、全体は西六十二、中立三十七、東二十九、保留二十。百四十八人の名に、現在地と受け手ができた。


数字が合ったあとも、エルナは名簿を閉じなかった。ハルンとユノの傷。ラカの保留期限なし。ヴェスの東帰還にはイェルの案内。フィアと母の寝床は南倉奥。


末尾へ表紙を重ねかけると、ラカの札が端に当たった。エルナは表紙を戻し、保留天幕の次の配水時刻を書き足した。


サラは医療天幕で眠っていた。


エルナは入口の椅子へ座り、目が開くたび水を渡す。右の肋を下にしないよう、セナから教わった毛布の高さを直す。


サラが一度、寝ぼけて言った。


「戸、閉めないで」


天幕には戸がない。


エルナは垂れ布を、掌一枚ぶん開けた。


     *


翌朝、キリが停戦会議からの札を持ってきた。走らず、右肩を吊ったまま歩いてくる。


「一字も変えてません」


アダルは、武装境を越えて救援を通した責任について審査を受ける。結論まで、停戦会議の席を停止。


その下に、別の筆がある。白縄を、武器を置いた救い手と運び具が関を越える印として、両側の記録へ仮に残す。武器を置くこと、運ばれる者の返事、向こうで待つ者の名が要る。


エルナは、席停止の行と白縄の条件を、受領簿の同じ頁へ写した。どちらにも消印を押さなかった。


キリはヴェスからの返答も持っていた。東へ戻る者は、体調と返し尾根の再検査が済むまで中立野に留まり、イェルの案内なしには出ない。エルナはその文を同じ頁へ写した。


サラが医療天幕から呼んだ。起き上がらず、左手だけを毛布の外へ出している。


エルナは四つの行き先の帳面と、西詰所の二枚を持って入った。合計を言う前に、最初の名を読む。


「ハルン。西詰所、ネラ受領。ユノも同じ。二人とも返事あり」


サラの指が毛布を離す。


「東は、イェルが一緒?」


「道を再検査してから。ヴェスの返事もある」


「保留の水は」


「三日ぶん。次の受領者も書いた」


「ラカは」


「パン種と一緒に、まだ保留」


サラは目を閉じた。泣いたのかとエルナは思ったが、左の目尻にあった水は一筋だけで、拭う前に髪へ入った。


「みんな」


娘が言う。


「うん」


「名前で、もう一度読んで」


エルナは最初の頁へ戻り、途中でサラが眠っても読むのを止めなかった。


会計役の食帳には、家屋、冬麦、薪、油の担保が残った。初日に使った分は四つの行き先へ分け、空の粉箱にあった五枚も店の借りとして綴じた。


昼を過ぎ、セナがサラの呼吸をもう一度聞いた。


「赤縄車なら西へ戻れる。今夜も観察。遠路は止める」


サラは条件を自分で聞き返した。


「家で眠っていい?」


「誰かが同じ部屋にいれば。右を下にしない。熱が上がれば戻す」


「分かった」


エルナは帰ろうと言わず、娘が頷くのを待った。


午後、患者を降ろした赤縄車へ毛布を敷いた。ユラが引く。クロはトーマと中立野へ残り、バロは荷を下ろして井戸脇の草を食んでいた。マレクが御者台へ座る。


エルナはサラの横へ乗らず、車の左を歩いた。揺れるたび、娘が自分で楽な位置を探せるようにする。


四年前、サラを送り出した道を逆に進む。


町の屋根が見えても、マレクは馬を速めなかった。


午後六時半、赤縄車が家の前で止まった。エルナは鍵を出す。


四年間、毎晩同じ戸へ差した鍵が一度で穴へ入らない。二度目で回り、戸が開く。


昔のままの敷居。奥の暗い卓。階段の角に残った、小さな刃傷。


サラは赤縄車から降り、左手をマレクへ借りて戸前まで来る。


エルナが家の中へ一歩入っても、サラは敷居の外で一度止まった。


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