一台をほどく
トーマは斧ではなく、油差しを先に置いた。
青縄車の底へ潜り、楔を一本ずつ濡らしていく。側板には、床板、轅、補修材、残す車輪と車軸を分ける白墨の線が引かれていた。
「いつ付けた」
マレクが聞くと、トーマは車の下から答えた。
「昨夜です。使わずに済めば、雨で消すつもりでした」
「三台で迎えると、貸主に言った」
「俺も三台を返すつもりで、毎日油を差しました」
トーマが這い出る。手にはまだ槌を持っていない。
「このままなら、誰を棚へ置きますか」
「置かない」
「なら、車を一台置く」
マレクは青い縄を掴んだ。借り賃を払い続けた帳面には、三台とも返却と書いてある。壊した時の額はない。
「借りたのは俺だ。弁償も俺がする」
「それを決めるのはマレクさんです」
トーマは白墨の床板を叩いた。
「どこをほどけば人を載せられるかは、俺に決めさせてください」
マレクは帳面を開いた。青縄車一台、救難のため解体。車輪、車軸は鐘割れ棚の黒岩へ保管。弁償責任、借主マレク・ローデン。
書き終えた炭筆を、トーマへ渡す。
トーマは受け取らず、油の回った最初の楔へ木槌を当てた。
午前十時十五分。トーマが一度だけ打つと楔が抜け、待っていた手が一斉に動いた。
青縄車から下ろした麻布六枚と棒十二本が六組へ分かれた。西門でセナが鉄の寝台を下ろし、代わりに積ませたものだ。麻布を折り、棒へ留め、結び目へ体重を掛ける。
棚の薪運び枠も六つ並ぶ。昨夜、二十六人の背と脚へ当ててあり、白墨のついた二つだけを側板から切った薄板で補った。
トーマの班は床板を二つへ分けた。轅を短く添え、反りのある面を下へする。二人が引き、一人が後ろで止められる短橇が二組できる。
車輪と車軸は、四人がかりで黒岩の奥へずらすだけで息が切れた。短橇へ回せる重さではない。マレクは貸主名を書いた回収札を車軸へ二重に巻いた。反潮が来れば、あとで拾える保証はない。
「これは残す」
トーマは頷いただけだった。
セナの前で、道中ずっと運ぶ二十六人の札が動く。
ベルクという背の高い男を薪運び枠へ合わせると、膝が担ぎ手の腰より下へ出た。右脚の感覚が鈍く、岩へ触れても本人には分からない。
「乗れます」
ベルクは言った。
「乗れるかじゃない。どこが当たってる」
セナが踵を指で押しても、返事が遅れた。
短橇へ入っていた小柄なソナが、自分の札を持ってきた。
「私は枠でいい。腕は使える」
「揺れは」
「横になる方が咳が出る」
セナは二人を実物へ載せ、呼吸が戻るまで待った。ベルクを短橇へ、ソナを背負い枠へ替える。
赤縄車と黒縄車では、それぞれ五人が荷台を叩いて返事をした。麻布担架は六枚とも埋まり、二組の短橇には二人ずつ、薪運び枠にはソナを含む六人が収まる。二十六枚目を裏返しても、床に名は残らなかった。
サラの札は、支え歩行の縄にある。
マレクは手を伸ばさなかった。
水を移すところで、オナが一度だけ怒鳴った。
「その枠は患者の脚! 桶の脚を生やすな!」
十八リットルの桶を背負い枠へ括ろうとしていた男の手が止まる。
六つの桶は二つずつ天秤棒へ掛け、三組六人で持つ。四つの革袋には別の肩帯を通した。百リットル樽は赤縄車へ二本、黒縄車へ一本。最後尾巡回用の灰封五十リットルは棚の内側から動かさない。
青縄車から外した荷鞍を、バロへ載せる。
十食の束を十八、人用百八十食と、バロ自身の燕麦一袋。
トーマは腹帯の炭線を見て、もう一束を持ってきた手を止めた。
「老馬です。線を越えた分は、人が持つ」
残る通常食と灰封の緊急十五食は、二十一人へ分けた。緊急袋だけは封の数を声にする。ユラと若い黒縄馬には燕麦一袋ずつを載せ、人用の麦とは混ぜなかった。
午前十時五十五分。短橇の最後の継ぎへトーマが体重を掛けても、軋みは出ない。
そこから二十分、セナは麻布の縁が傷へ触れないか、背負い枠で足の色が変わらないか、乗る者が嫌だと言っていないかを見た。
一人の返事が遅れるたび、出発の時刻も遅れた。
それでもマレクは、代わりに答えなかった。
十一時十四分、ドムが八列の先頭へ縄を渡す。ヴェスとイェルは古塩道へ立ち、オナは最初の配水札を閉じた。
十一時十五分、先頭が棚を離れた。
青縄車の車輪と車軸だけが、回収札を巻かれて黒岩に残った。




