勇者だけなら
西直道の通行札には、サラの名だけが先に書かれていた。
一人用担架。共同巡回四人。白い帯では次の組を入れない。
午前九時半に配られた麦粥の椀が、まだ十二班の輪の中にある。出発用の封印水は使わず、オナが待機分の槽を空まで掻いて百五十食を作った。
試行で使った三台ぶんの縄が、話し合いの輪を横切っていた。三台目の後ろに置いたラカたち四人の短縄だけが、白い土を塗った板の上にある。
道と行き先の説明札は、七時から回っていた。
余白には質問が重なっている。東へ帰る者も同じ水を飲めるか。三台を残すなら誰を棚へ置くのか。勇者だけ先に西へ出せないか。
最後の一行だけ、答えがなかった。
午前九時四十五分。
サラは通行札を裏返した。
「利点から聞きます」
マレクが立った。
「お前の腕と肋を、西の療護へ早く渡せる。向こうへ着けば、大反潮の予測を伝えて追加の巡回を動かせる。古塩道の本隊は、ヴェスとイェルの記録で進める」
父は帰ってこいと言わなかった。その言葉を抜いたことが、かえって分かった。
「危険は」
「一人用担架を縦にする場所が二か所。途中で大きな反潮が来れば、全員を置ける黒岩はない。本隊とは合流できない」
ドムは列縄を、古塩道の札へ置いた。
「勇者が西へ出れば、門と軍は動く可能性がある。残れば、地脈の判断が一人増える。ただし、原因を作った者が判断へ残ることを拒む者もいる」
反対箱の上に、折った札が一枚あった。
原因を作った者は、最後まで残れ。その下へ別の筆で、原因を作った者へ、また道を決めさせるな。
同じ人を責める二行が、反対の行き先を求めていた。
サラは右腕を固定した帯へ左手を入れ、緩みを直した。
西へ出れば、母に会える。
その欲を、判断から消したくなかった。
「西直道を使えば、私は地脈役から外れますか」
ヴェスが石の札を持ち上げた。
「道は俺とイェルが決める。古塩道なら、あんたに決めさせるのは反潮の可否だけだ」
イェルは東返し枝へ青い案内札を置く。
「二十九人は、この枝を残すなら本隊に入る。中立野より先は、各自でもう一度選ぶ」
二十九枚には、ヴェスの鑿のほか、畑、井戸、墓、焼けた家の印が混じっていた。
サラは自分の通行札を、未決の場所へ戻した。
「私は古塩道を歩きます。地脈を読む。列順と水、誰を何で運ぶかには口を出しません」
輪の端で、返し損ねた椀の縁が石へ触れた。
マレクは通行札を見ている。
「傷が悪くなれば」
「セナが止める。私は支え歩行の札に従う」
セナがサラの札を皆へ向けた。右腕を使わず伴歩者をつけ、呼吸が浅くなれば止まる。出発前にもう一度、歩くか乗るかをサラへ聞く。昨夜サラ自身が決めたことだった。
フィアの母は娘の札を古塩道へ入れても指を離さない。ラカは経路だけを選び、四つの行き先を空白のまま持ち帰った。
オナは水の賛否を取らせなかった。
「赤に二樽、黒に一樽、桶六、革袋四。行き先がどこでも、黒鈴窪までは同じ順で飲む」
ヴェスとイェルが猟師尾根を本隊案から外す。ドムは試行で白地へ残った四人を八列へ組み直し、セナは道中ずっと運ぶ二十六人を確定した。そこにサラの名はない。
古塩道には賛成だけでなく、反対と保留も残った。
サラが西直道を断ったあと、賛成から保留へ移された札も一枚あった。
「あなたが残るせいで遅くなる」
札の裏に、そう書かれていた。
サラは消さなかった。
午前十時十五分。
正午まで、百五分。
トーマが青縄車の下へ膝をつき、最初の楔へ油を落とした。




