ひとりぶん西へ
担架の男は、事情より先に自分の名を言った。
「ハルン。四日前に腹を縫い直した。西へ行くと、自分で決めた」
担いでいたのはヴェスと、ナド、ペル、セイの四人だった。全員の肩に、交代した回数だけ布の濡れた跡がある。
二つ黒岩継ぎ場。
棚から西へ五キロ。東西の共同巡回が負傷者と伝言を受け渡す場所だ。アダルが巡回記録へ時刻を書いた。十一時三十分。
セナはハルンの腹へ当てた布を外す前に尋ねた。
「棚で、何を聞いた?」
「ここまで四時間。救援がいなければ戻る。西の受け手は、ここで聞く」
「断れば?」
「棚へ戻してもらう」
声は弱いが、答えは途切れなかった。
セナはエルナから預かった受入名簿を開いた。
「灰口関の西詰所。療護係はネラ。外科の手が一人、寝床を二つ空けて待ってる。そこまで、アダルと共同巡回二人が運ぶ」
脇道から、東詰所の外套を着た二人が現れた。昨日、灰口関で東西へ分かれた混成巡回の者だ。
「水と食事は巡回側のものを使う。棚から持ってきた袋は?」
ハルンが胸元の小袋を示した。本人の待機食だけで、救援車の干し麦や豆には触れていない。
「西詰所へ行く?」
セナがもう一度聞いた。
ハルンは自分の白縄札を読んだ。名前、腹部創、棚での説明。行先欄だけが空いている。
「ネラという人へ。行く」
セナが行先と再同意の時刻を書いた。本人に読み返し、ハルンは頷いた。
セナはそこで初めて腹の布を外し、傷の開きと滲みを記録した。新しい布へ替え、意識が鈍った時は進まず休止所から合図を返すよう、巡回の二人に伝えた。
マレクは黒縄車の覆いを見た。
寝かせる場所は作れる。ここで一度、ハルンを荷台へ乗せて西へ戻れば、揺れは少なくなるかもしれない。
だが三台を戻せば、棚に残る百四十七人へ着くのがまた遅れる。
「巡回の担架へ移す」
セナが決めた。
「腹の下へ板を一枚。歩幅は、棚側がここまで来た速さより落として」
ヴェスたちは担架を置いたあと、棚へ戻る。ハルンを手渡したからといって、四人が西へ吸い込まれれば、棚の運び手が減る。
アダルは、自分も西へ戻ると告げた。
「通行を認めた理由を、会議へ報告する。負傷者を通した記録も、私が持つ」
「席は止められたんじゃないのか」
マレクが言うと、欠けた角を少し傾けた。
「席がなくても、報告は置ける」
東進する五人は、ここで四人になった。
担架を先に西側へ出すため、三台を黒岩の奥へ寄せる。トーマとイェルが地面を確かめ、赤縄車、青縄車の順に通した。
黒縄車を動かす前に、黒縄馬を外す。
若い馬は手綱を短くされるのを嫌がったが、トーマが鼻先へ手を置くと、黒岩の高い場所へ自分から上がった。
「右だけ、半輪下げます」
トーマが車輪の下へ平石を置いた。
マレクは膝を曲げず、轅の角度だけを見る。白い泥へ車輪を入れない。黒岩の端も、杖と木槌で二度確かめた。
担架が通り過ぎた直後、地面の奥で低い音がした。
白地ではなく、黒岩そのものが一度持ち上がる。
車体が跳ね、右車輪の輪金が石へ当たった。乾いた音がして、二本の輻が車輪枠からわずかに浮く。
「動かさないで」
トーマが腹ばいになり、輪金と木部の隙間へ爪を入れた。
「輪金が曲がってます。楔も一本、奥へ入った」
締具で輪金を押さえ、浮いた輻へ新しい楔を打つ。白縄を車輪へ一周させ、損傷箇所の現在位置へ結び目を置く。動けば指幅で分かる。
黒縄車の荷を、他の二台へ積み替えはしなかった。同じ荷台の水樽を軸の真上へ下ろし、天幕と工具を左右へ分ける。車を軽くするために共同工具の一部を歩ける四人が背負った。
「棚までは?」
マレクが聞く。
「ゆっくりなら。黒縄の印が指一本動いたら、そこで止めます」
トーマは黒縄馬をもう一度つなぎ、自分で最初の十歩を引いた。
午後の道は、朝より遅くなった。
西へ向かうハルンの担架は、もう見えない。棚へ戻るヴェスたちも、先の黒岩へ消えている。
アダルは五人一隊の通行札を開き、自分の名を二本線で外した。四人の救援通行が続くことを裏へ書き、マレクへ渡す。
「ここからは四人で行け」
自分の停戦札は胸へ戻した。
アダルはハルンの担架を西へ向け、マレクたちは三台を東へ向けた。




