第4話 消えた敗残兵
シビルがアジトに戻ってきたのは日付が変わる少し前だった。
入口の扉を勢いよく開け、そのまま軽い足取りで中に入ってくる。外へ出たときとは違い、灰色の面を表にしていた外套も再び裏返され、いつもの濃い茶色に戻っている。フードの中へ押し込んでいた黒髪もいつもの形に戻っていた。
一階にいた構成員たちに「ただいまー!」と大声で挨拶すると、何人かが顔を上げて「お疲れ様です」と返す。彼らに片手を振りながら、シビルは迷うことなく階段へ向かった。
二段飛ばしで二階まで駆け上がり、リオンの部屋の扉に手を掛ける。
「リオン、聞いて聞いて! 調べてみたんだけどやっぱりなんか」
勢いよく扉を開いたところで、言葉が止まった。
机の向こう側にリオンが座っている。その少し離れた壁際には、いつものように大きな身体で腕を組んだブラッドもいた。
二人とも何も言わず、入ってきたシビルだけを見ている。
「……ただいま?」
「座れ」
「はい」
シビルは素直に椅子に腰を下ろした。
普段であれば、なぜ座らなければならないのかと一言くらい反論するところだが、さすがに今回は自分の立場が悪いことくらい理解しているらしい。
もっとも、その殊勝な態度が長続きしないことも、リオンはよく知っていた。
机に肘をついたまま、しばらくシビルを見る。
「ブラッド。どうにかなんねえのかこのバカは」
「すいませんボス。シビルのバカさは俺でも直せなくて」
「調べんなって言ったのに『調べてみたんだけど』って開口一番言えるバカがこの世に存在してるとは、俺には思えねえんだが」
「全くです。このバカ……」
その言葉を聞くたびにシビルの頬が膨らんでいき、とうとう我慢できなくなったように声を上げた。
「二人してバカバカってなに!? ちゃんと無事に帰ってきたじゃん!」
「そういう問題じゃねえ。お前を南の連中と揉めさせたくねえって話だ」
リオンが低い声で返すと、シビルは一瞬だけ言葉を止めたものの、すぐに首を傾げた。
「揉めてないよ」
「尾行されたんだろ?」
「なんで知ってるの!?」
無言で睨み続けるリオンに、シビルはブラッドに視線を移した。
「帰ってくるなり下で喋ってただろ。声がでかすぎる」
「聞かれてたんだ……」
さすがに少しだけ肩を落としたものの、反省は長く続かなかった。数秒もすれば顔を上げ、椅子の上で身を乗り出す。
「でもね、やっぱり変だった!」
「わかったから順番に話せ」
呆れながらも、シビルが机に広げた資料、ギルたちから渡された失踪者の一覧に視線を向ける。出かけたときにはなかった印や簡単な書き込みが余白のあちこちに増えており、それだけでも彼女がどれだけ歩き回ったのかは想像できた。
「八人分聞いてみたんだけど、実際に知ってる人から話を聞けたのは四人。そのうち三人は急にいなくなってるって」
「急に?」
ブラッドが聞くと、シビルは一人目の名前を指差した。
「ミロって男。酒場の常連で、二、三週間くらい前から突然来なくなったって。二人目は荷運びの仕事をしてた人。お金に困ってたのに、何日か働けばまとめて給金を貰える仕事の途中で来なくなってる」
続いて、指が次の名前に移る。
「三人目は娼婦。男と逃げたんじゃないかって話だったけど、服もお金も置いたまま。すごく大事にしてた靴まで残ってたって」
「四人目は?」
「それが、ちょっと変だった」
シビルの声から、先ほどまでの軽さが消える。
「住んでた辺りの雑貨屋で聞いたんだけど、名前を出した瞬間に店主の様子が変わった。知らないって言ってたけど、絶対何か知ってる」
リオンは紙を自分の方に引き寄せ、シビルが書き込んだ内容に目を通した。
四人だけでは何も断定できない。そのうち三人が突然姿を消しているとはいえ、スラムで人間がいなくなること自体は珍しくない。
四人目について聞いた店主が何かを隠していたとしても、それが失踪事件そのものに関係しているとは限らない。
レックスの構成員に尾行された件にしても、見慣れない女が自分たちの縄張りで人探しをしていれば、警戒する理由としては十分だ。
「その店の後、レックスのところの奴に尾けられたんだな?」
「二人ね。どっちも顔は知ってた。わたしのことには気付いてないと思う。変装してたし」
「捕まらなかったのか」
ブラッドが聞く。
「わたしを誰だと思ってるの? そこいらの女じゃないんだよ?」
「ああ。そこら辺の女の方がよっぽど利口だよ」
「酷い! そりゃ学はないとは思うけど!」
「そこは否定しないんだな」
「もちろん! ま、ブラッドとわたしはスラム育ちだし、同じだけどね!」
「同じスラム出身だが、お前と一緒にされたらかなわん。勘弁しろ」
リオンは騒ぐシビルとブラッドを無視し、紙に視線を落としたまま考える。
そのとき、シビルが少し真面目な声を出した。
「この三人、家族いないんだよね」
「全員か?」
「ミロはなし。荷運びの人は別の街から流れてきた人で、こっちには親族なし。女の人も家族とはほとんど付き合いがなかったって。数年前に縁を切ってから絶縁状態らしいよ」
シビルは頬杖をつきながら、資料を見つめる。
「まだ三人しかわかってないから偶然かもしれない。でもさ、もし誰かが人を選んでるなら、消えても探されにくい人って都合よくない?」
部屋が静かになった。
リオンはすぐには答えず、ブラッドも机に広げられた資料を見つめている。しばらく考えた末、リオンは椅子に深く背を預けた。
「考えすぎだ。たった三人で結論を出すな」
その言葉に、シビルは不満そうに口を尖らせた。
リオンはそんな彼女を横目に、机の引き出しから別の紙を取り出す。広げたのは、王都を大雑把に記した地図。北西部にリオンたちの縄張りがあり、その南側にレックス・ボクサーの組織が勢力を持っている縄張りがある。
「ブラッド。先月潰れた二つ、どこだ」
「ここですね。それと、こっちです」
ブラッドが地図の二か所に指を置く。どちらもリオンの縄張りから見れば南側だ。
「その前は?」
「三か月前に一つ。その辺です」
さらに一か所。
失踪者が多く出ている地区と完全に一致しているわけではない。しかし重なっている場所はある。
「わたしが今日見てきたのはこの辺」
「どんなところだった」
「すっごく貧乏」
「殴るぞ」
「なんで!」
「貧乏じゃねえスラムはねえんだよ」
抗議しながらも、シビルはすぐ地図へ身を乗り出し、指で地区をなぞった。
「でも本当にそうだよ。こっちなんかほとんど家ばっかり。大きい賭場もないし、娼館も見当たんなかった。市場もないし、荷運びに使う大きな道からも外れてる」
「酒場は」
「あるけど、儲かってる感じじゃなかったかな。人も少なかったし」
そこでブラッドが首を傾げる。
「妙ですね」
「ああ」
縄張りを奪うには人も金も必要になる。抗争になれば怪我人が出るし、場合によっては死人も出る。それだけの犠牲を払ってまで土地を奪うなら、それなりの理由が必要になるはずだ。
賭場や娼館、市場、密輸に使える道、商人が多く通る場所。狙うのであれば、まずはそうした利益を生む土地。
「レックスって、そんなに頭悪かったっけ?」
シビルが首を傾げる。
「馬鹿ではある。が、金勘定ができねえほどじゃねえ」
リオンはレックス・ボクサーという男を何度か見たことがある。粗暴で、自分より弱い相手に暴力を振るうことに躊躇しない。気に入らない人間を半殺しにするような男だが、それでも組織を維持し、ここまで勢力を広げてきた。
単に喧嘩がしたいから土地を奪っている、と考えるには少し引っかかった。
「ボス。先月潰された連中の生き残り、居場所を一人知ってますけど」
ブラッドが低い声で言った。
「誰だ」
「元幹部です。名前はダン。レックスのところにやられた後、一人で逃げたって聞いてます」
「仲間置いてか?」
「はい。王都の隅に身を潜めてるみたいで」
「情けねえ奴だな」
「会います?」
リオンは少し考えた。
横ではシビルが期待に満ちた目を向けている。こちらが何か言うより先に、すでに椅子から腰を浮かせていた。
「行くか」
「やった! そう来なくっちゃ!」
「うるせえ、お前は留守番だ。言うことを聞かねえバカと一緒に行動すんのはごめんなんだよ」
「酷い! 横暴! そんなこと言うならクーデター起こすからね!」
「おーおーやれるもんならやってみろ。付いてくんのはお前が面倒見てる、野良猫一匹ぐらいだろうがな」
「も、もうちょっといるよ!」
「ブラッド、詳しい場所は知ってんのか?」
「はい。すぐにでも行けます」
「なら行くぞ」
「ちょっと! 無視しないで! ……ねえ、冗談じゃん!」
背後から飛んでくる抗議を無視し、リオンとブラッドは部屋を出た。
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ダンという男が潜んでいたのは、王都市街の外れにある安宿だった。
スラムからは離れているものの、決して治安のいい場所ではない。宿というより、金さえ払えば素性を聞かずに寝床を貸してくれるだけの建物で、外壁は雨に削られ、軒先に吊るされた看板も半分ほど朽ちていた。
入口を潜ると、酒と汗、それに湿った布の臭いが入り混じって鼻につく。
二人で狭い階段を上がり、一番奥にある部屋の前で止まった。
「ここです」
ブラッドが扉を叩くが、返事はない。
もう一度、今度は少し強く叩く。
「誰だ」
ようやく、中から掠れた声が返ってきた。
「ブラッドだ」
その名を聞いた途端、室内が静かになった。
しばらくして鍵が外れる音がし、扉が少しだけ開く。
「……何の用だ」
男がこちらを覗いた。
三十代後半ほどだろう。髪も髭も伸び放題で、頬にはまだ黄色く変色した痣が残っている。鼻も一度折れたのか僅かに曲がっており、片方の目の周囲にはまだ腫れが残っていた。
そして、ブラッドの後ろに立つリオンに気づいた瞬間、露骨に顔をしかめる。
「お前までいるのかよ」
「話が聞きてえ、邪魔するぞ」
「話すことなんかねえよ」
「すぐ終わる。そんなカリカリすんな」
リオンは返事を待たずに扉を押した。
「お、おい!」
ダンが抵抗するものの、その背後からブラッドが無言で見下ろしただけで力を抜いた。正面から揉めても勝てないと理解しているのだろう。
「……好きにしろ」
部屋の中は狭く、古びた寝台と小さな机があるだけだった。机の上には空になった酒瓶が何本も転がっており、窓は閉め切られている。長く隠れて暮らしている人間特有の淀んだ空気が漂っている。
リオンは椅子を引き寄せて座る。ブラッドは入口の近くに立ったままで、ダンだけが居場所を失ったように部屋の中央に立ち尽くした。
「レックスにやられたそうだな」
「はっ。それを笑いに来たのかよ」
「事実確認だ、そんなのには興味ねえ。お前らの縄張りのことを聞きに来たんだよ」
「今更なんだ。もう俺等の縄張りじゃねえだろ」
「レックスはなんでお前らの土地を欲しがった? 金になる場所でもあったのか?」
「ねえよ、そんなの」
ヤケクソな返事だが、嘘を吐いているようには見えない。
「ボロ家ばっかりで、まともな店もねえ。住んでんのも金持ってない奴ばっかだ。やれることなんてなにもねえ」
「なら何で守った。戦って勝てる相手じゃねえことぐらいわかっただろ?」
「縄張りだからだよ」
ダンが吐き捨てる。
「一か所でも好きに取られりゃ、他の連中まで舐めてくる。金になるかどうかじゃねえ。俺達にはメンツってもんがある。あんたならわかるだろ」
それはリオンにも理解できた。むしろ、スラムの組織としては普通の考え方だ。
「そんななんにもねえ場所をレックスが奪ったのか? 戦ってまで?」
「俺だって意味わからねえよ。未だにな」
ダンは机に置かれた酒瓶を手に取ったが、空だと気づくと舌打ちして元に戻す。
「俺達の縄張りより良い場所はある。少しズレれば賭場だって酒場だって。それなのに、あいつら俺らの場所を狙って来やがった」
「それで?」
「それでって……。ボコボコにされて終わりだよ」
ダンの声が低くなった。
「レックスのところは数が多かった。それに、やたら手際が良かった。気付いた頃には囲まれて、あとは数で潰された。それだけだ」
「どうやってお前は逃げたんだ? 仲間はどうした?」
ダンは拳を握ったが、それでもリオンに向かってくることはなかった。その反応を見るだけでも、あの日どれほど徹底的に心を折られたのかは想像できる。
やがて、ダンは視線を床へと落とした。
「ボスは殺された」
ぽつりと漏らす。
「俺も途中まで戦った。けど、無理だった。腕折られて、顔ぐちゃぐちゃにされて……。気づいたら地面這ってた」
自嘲するような笑いが喉の奥から漏れた。
「そうなったらな、仲間とか縄張りとか、どうでもよくなった。裏口から這って逃げたんだよ。一人で」
リオンもブラッドもなにも言わない。
それは、死ぬまで戦うことだけが正しいとは思っていないからだ。
「その仲間はどうなった」
「知らねえよ。死んだんじゃねえか?」
その言葉に、リオンが首を傾げる。
「知らねえだと?」
「ボスが殺されるのは見たが、他の奴らは知らねえよ。逃げたんだから当たり前だろ? どうなったなんて俺は知らねえ」
リオンとブラッドが目を合わせる。
「まあ、逃げる時にはまだ生きてた奴はいたけどよ。レックスの連中に囲まれて、殴られて、縛られてた」
その光景を思い出したのか、ダンは苛立ったように頭を掻く。
「そんな仲間を見捨てて俺はその日のうちに逃げたんだよ。王都の反対側までな。知り合いのところ転々として、ここに来た」
「他に逃げた奴はいないのか」
「聞いてねえ」
「生き残りはお前だけか?」
リオンの問いに、ダンが黙り込んだ。
その顔を見る限り、これまで深く考えたことがなかったらしい。逃げ延びたことだけで精一杯で、仲間がその後どうなったのかまで確かめる余裕がなかったのだろう。
「……俺以外に誰の名前も聞いてねえ」
「お前らの組織の規模は?」
「全部で三十ちょい」
「なのに、表に出てきたのはお前だけ? 全員その場で殺されたってか?」
ダンが再び口を閉ざした。
ブラッドも表情を険しくしている。
「レックス側に寝返った可能性は?」
「それはない。さすがに知ってる顔なら噂くらい入るはずだ」
今度の返答には迷いがなかった。
「俺だって完全に縁切ったわけじゃねえ。知り合いはまだあっちにいる。酒場の奴とか、女とか。その辺から聞けば、誰がどこに行ったかくらい多少は分かる。けど」
「誰かがレックス側に寝返ったって話は聞いてねえ」
ダンが黙り、リオンは椅子に深く座り直した。
敵対組織を潰すこと自体は珍しくない。生き残った構成員をすべて殺す必要もなく、使える者なら自分たちの組織に吸収するのが普通だ。もっと性質の悪い連中なら、捕虜を人買いへ流すことさえある。
どちらにせよ、人規模の組織で生き残ったという噂が出ているのが目の前の一人だけというのは不自然だ。
「レックスが取った後、あの辺どうなった」
「知らねえって。もう俺には関係ねえんだから」
「何でもいい。噂でも」
ダンはしばらく考え込み、やがて眉を寄せた。
「……静かになったって話は聞いた。住んでた奴が減ったとか」
「逃げただけじゃねえのか?」
「俺もそう思ってはいる」
ダンは肩を竦める。
「レックスの連中なんかが来たんだ。金取られるし、殴られるし、女なら何されるか分からねえ。逃げられるなら逃げるだろ」
「いつ頃から減り始めた」
「さあな。俺らが潰れて、その後だ。時期はもう忘れた。随分昔に感じるよ」
それを聞き、リオンは目を細めた。
最初に姿を消したのは潰された組織の構成員たち。その後になって住民まで減り始めている。敗残兵は抗争のあとに殺され、住民はレックスたちの支配を嫌って逃げた――そう考えるのが一番単純だ。
それでも、何かが引っかかった。
「気に食わねえな」
「何がだよ」
「こっちの話だ」
椅子から立ち上がる。
「邪魔したな」
「本当に邪魔だったよ」
「酒ばっか飲んでねえで、さっさと仕事探せ」
「余計なお世話だ」
リオンは扉へ向かった。
その背中へ、ダンの声が飛んでくる。
「リオン。お前、レックスとやる気か?」
「そんな気ねえよ。くだらねえ」
「そうか、ならいい。……あいつとは、関わらない方がいい」
振り返ると、ダンの顔から先ほどまでの苛立ちが消えていた。代わりに浮かんでいるのは、明確な恐怖だった。
「あいつら、前となんか違う」
「なんかって?」
「昔からクソみてえな連中だった。でも今回のは……。なんつーか、喧嘩して土地取る奴らのやり方じゃなかった」
「じゃあ何がしたかったんだよ」
「分かんねえよ」
「なら何で言った」
ダンは言葉を探すように口を開き、それでも上手い説明が見つからなかったのか顔を歪めた。
「怖かったんだよ。……レックスも、その下にいた連中も」
それだけだった。
リオンは数秒、ダンを見つめる。
「そうか。……せいぜい、達者で生きるんだな」
それだけ言って、部屋を出た。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
安宿を出ると、夜の空気は思った以上に冷えていた。
人通りは少なく、王都中心部に並ぶ魔力灯だけが、暗い空の下で規則正しく光を放っている。リオンとブラッドはしばらく無言で歩き続けたが、先ほど聞いた話が頭から離れることはなかった。
「どこに消えたと思います? 潰された組織の連中」
問われ、リオンは歩みを止めない。
「三十人全員消えたとは限らねえ。ブラッドは知らねえのか?」
「はい。あいつの名前以外は噂も聞いてません」
「三十人だぞ? 死体を処理するにも証拠が残るはずだ。しかも価値がねえ土地でそれだけの抗争を吹っ掛けた。レックスは何がしてえ」
それを聞き、ブラッドが僅かに口元を緩めた。
「ボスも気になってるじゃないですか」
「お前までシビルみてえなこと言うんじゃねえ」
「俺はあいつほどバカじゃありません」
「比べる対象が悪すぎるんだよ」
リオンは小さく息を吐いた。
気になること自体は、もう否定できない。
レックスは利益になりにくい土地を優先して奪った。その土地を支配していた組織は潰され、生き残った構成員の行方がほとんど分からない。その後になって、住民の失踪まで増え始めている。
一つ一つなら偶然で済ませられる。
だが、偶然と言い切るには材料が増え始めていた。
「もう少し調べますか?」
「まだだ。俺らが動いたって向こうに知られたら、それだけで揉める」
シビルとは違う。
彼女が一人で嗅ぎ回るのと、リオン・バレル本人が別組織の縄張りに探りを入れるのとでは意味が変わる。場合によっては宣戦布告と受け取られてもおかしくない。
「シビルにも勝手させんな」
「無理では?」
「お前が諦めてどうすんだ」
「ボスがずっと言うこと聞かせられてない女ですよ?」
「俺の言うことだから聞かねえ可能性もある」
「なら、努力はします」
「……まあ、期待はできねえな」
二人が話しながら通りを進んでいると、前方から慌ただしい足音が近づいてきた。
かなり速い。
ブラッドの表情が変わり、すぐに一歩前へ出る。しかし暗がりから現れた人物を見て、警戒を解いた。
リオンの組織の人間だ。
「ボス! ブラッドさん!」
男は二人の前まで駆けてくると、膝に手をついて激しく息をした。
「何だ。こんな時間に走り回って」
「ア、アジトで……。シビルさんに、行き先を聞いて……。追ってきました」
「落ち着けよ」
リオンに言われ、男は何度か大きく息を吸った。
ようやく呼吸が整ってきたところで顔を上げる。
「人が倒れてます。しかもかなり変な感じで」
「知らねえよ。そんなもん騎士に対応させろ。うちは関わんな」
「それが……。うちの縄張りなんです」
その一言で、リオンの足が止まった。
「どこだ」
「南の境です。裏路地で倒れてました」
「うちの奴か?」
「違います。少なくとも、俺は見たことありません。それと……」
男はそこで言葉を詰まらせた。
「ちょっと、変なんです。腹が切られてて。ばっさりと」
夜風が三人の間を通り抜けた。
リオンは何も言わず、南の方角へ顔を向ける。
「まだ生きてんだな?」
「はい」
「案内しろ」
リオンは男に言った。
返事を待たずに歩き出し、ブラッドもすぐにその後に続いた。




