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騎士団を辞めた俺、今はスラムのボスをやっています ~王都の連続失踪事件を追ったら、王国の闇に辿り着いた~  作者: すなぎも


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第14話 東へ続く道

 翌朝、アジトの一室では卓上にリオンたちの縄張りと周辺を描いた地図が広げられていた。老婆が屋台を出していた場所、自宅、最後に姿を見た者がいる地点。そのどれも、彼女が消えた直後に一度調べていた場所だった。


「シビル。今日からは荷車探しだ。いいな?」


「わかってる。全部調べるから安心して」


 昨日、レックスに潰された組織の旧縄張りで分かったことがある。捕らえられた人間たちは倉庫に集められ、その後、夜中に複数の荷車で東へ運ばれた可能性が高い。


 そして、老婆の場合は本人だけではない。屋台で使っていた焼き台や箱、細々とした商売道具まで家から消えている。


 老婆一人を連れ去るだけなら、荷馬車など使わなくてもできる。だが、焼き台や炭袋、箱までまとめて持ち去ったのなら話は別だ。


「特に東に抜ける方だ」


「昨日の荷車も東に抜けてったって言ってたもんね」


「ああ。目的地はスラム内にない可能性がある」


 言いながらも、シビルの目はすでに地図の上を動いていた。


 何を誰に聞くか。どの時間帯に外にいた人間を探すか。頭の中で組み立て始めているのが見て取れる。


 壁際に立っていたブラッドも地図を覗き込んだ。


「俺は外に抜ける道を見てきます」


「頼む」


「リオンは?」


 シビルが聞く。


「婆さんの店から家までの間をもう一回歩く」


「ボス自ら聞き込みするの?」


「何か見つかるかも知れないからな。見直す価値はあるだろ」


「うん、そうだね。じゃあみんなで動こう!」


 シビルは地図を畳み、軽く手を振った。


「じゃ、おっさきに行きま~す!」


「ああ。周囲には注意しろよ。どこで誰が見てるかわからねえ」


「わかってるって!」


 そう言いながら、シビルが部屋を出る。


 ブラッドもそれに続き、最後にリオンだけが残った。


 老婆が消えた夜。人を探しても何も出なかった。


 ならば、人以外を探すだけだ。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 最初の証言は、思ったより早く見つかった。


 昼を過ぎた頃、老婆が店を出していた通りから少し外れた場所にある煙草屋で、リオンはシビルと合流した。


 店主は六十を過ぎた小柄な男で、以前にもシビルから話を聞かれている。店先の椅子に腰を下ろし、煙草を指に挟んだまま面倒そうな顔をしていた。


「荷車ねえ……」


「婆ちゃんが消えた日の夜。店を片付けた後くらい。覚えてない?」


「そんなこと言われてもな。荷車なんざ毎日通るぞ」


「何でもいいの。停まってたとか、邪魔だったとか、変な時間にいたとか」


「荷車で、変な時間……」


 男は煙を吐きながら通りを眺めた。


 しばらく考えていたが、眉間に皺が寄る。


「そういや一台いたな。ここら辺で止まってた荷馬車が」


 シビルの身体が僅かに前に出た。


「どこら辺で止まってたの?」


「あっちだよ」


 店主が示したのは、老婆が家に帰る時に使う通りから一本外れた細い道だった。


「俺が店閉めようとした時だから、夜の鐘が鳴ってからしばらくした頃だな。あそこの角に停まってた。通る奴の邪魔になるような場所だったから覚えてる」


 老婆が屋台を片付ける時間と大きくはずれない。


「前に聞いた時なんで言わなかったの?」


 シビルが訊くと、男は心底不思議そうな顔をした。


「怪しい奴を見なかったかって聞いたじゃねえか。荷車なんて怪しくねえだろ」


「……そりゃそうか」


 シビルはあっさり納得する。


「どっちから来たか覚えてる?」


「東じゃねえかな。南から来たならあの道には入りづらい。東の大通りから入ってきたんだと思うぞ」


「人は?」


「見てねえな。暫く止まってて、気付いたらいなくなってた」


「どんな荷車だった?」


「幌が掛かってた。なにが入ってるかまでは見えなかったな」


 それ以上の情報は出なかった。


 だが、十分だ。老婆が消えた夜、不自然な荷馬車が、東側から縄張りに入っている。


 しかも老婆の帰路近くで停車していた。


「リオン。これってかなり」


「たまたま荷運びしてた可能性はある」


 シビルが言い切るより先にリオンが止めた。


「分かってる。でも追う価値はあるよね」


「十二分に、な」


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 一つ具体的なものが出ると、その後は早かった。


 酒場の従業員、娼婦、夜間の荷運びをしている男、早朝から仕込みを始めるパン屋。普段なら誰も気に留めない一台の荷車でも、場所と時間を絞って尋ねれば記憶に残っている者はいた。


 老婆の店から二本離れた通りで、一人の娼婦が幌付きの荷車を見ている。さらに東へ進んだ場所では、夜間に酒樽を運んでいた男が一台とすれ違っていた。どの証言も、それだけなら決め手にはならない。


 車体の色など、暗くて分からない。


 御者の顔も見えていない。


 ただ、方向だけは一致していた。


 東から入り、時間が経った後、再び東に抜けている。


 そして時間を並べれば、老婆の店付近から徐々に離れていた。


 夕方、三人は再びアジトに集まった。


 地図の上には、朝にはなかった印が六つ増えている。


「同じ荷車だと思う?」


「分からねえ。今の証言だけじゃ断定はできねえな」


「でも、時間は順番通り」


 そこでブラッドが別の一点を指した。


「俺が聞いた人間の証言はここです」


 スラムと通常市街の境界に近い場所だった。


「夜中に荷車が東へ抜けていくのを見たそうです。幌付きで、後ろの板が一部割れていたと」


 シビルが紙を一枚取り出した。


「それ、こっちの情報と同じだ。娼婦の人が見てたやつなんだけど、後ろの板が欠けてて、そこだけ布か何かで塞いであったって」


 リオンは二つの印を見る。


 同じ方向。同じ時間帯。同じ車体の特徴。


 ここまで重なれば、偶然で片付ける理由の方が少なくなる。


「恐らくこいつだな」


「だよね」


 シビルが頷いた。


 リオンは荷馬車が東に抜けた先を見る。


 そこから先はスラムではない、王都の通常市街へと続いていた。


「この先も追えるか?」


「追えると思う。ただ、人が増えるから聞き込みの範囲も一気に広がるよ」


「だが、この時間に荷車が通る道は少ない。夜になると閉じる門もある」


 リオンは地図を少し動かす。


「なら、調べられる範囲だな」


 その言葉を聞き、シビルとブラッドはすぐさま動き出した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 調査は翌日までかかった。


 スラムを出た荷車の痕跡は、市街側へ入ると一度途切れた。


 道幅が広がり、商人の荷車や馬車が増える。昼間に聞き込みをしても、夜の荷車を一台ずつ覚えている者などほとんどいない。


 それでも、シビルは諦めなかった。


 夜に働く人間だけに絞り、結果、一人の男に行き着いた。


 王都西部で夜間の汚物回収をしている初老の男。毎晩ほぼ同じ道を通る仕事だからこそ、普段と違う動きを覚えていた。


「古い荷捌き場?」


 初老の男のところまで出向いたリオンが問いかける。


「ああ。今はほとんど使われてない。昔は西から来た荷物をそこで積み替えてたらしいけどね」


「そこに荷車が入った。後ろの板が欠けてて、布で塞いであったやつだよな?」


「そうだ。あんなとこ壊れてる荷馬車、滅多に見ないから覚えてる」


 となれば探しているものの可能性は高い。


「いつ頃だった?」


「夜中だよ。三日。いや、四日前か? 歳を取ると物忘れが酷くていけない」


 日付は曖昧だが、少なくとも老婆が消えた時期から大きくは外れていない。


「まあただ、あそこは昼間ですらほとんど人が入らないからね。夜中に荷車が入ってくなんて、何事だって思ってた」


「そのあとは?」


「不思議に思って眺めてたんだよ。そしたらさっきのとは別の荷馬車が出て行ったんだ」


「別の? さっききたのが出て行く前に?」


 シビルが目を細めながら問いかける。


「ああ。もっとでかいやつだ。幌もちゃんとしたやつだった。馬も違う。最初に入ってったボロいのとは別物だよ」


「ボロいのは?」


「デカい方が先に出ていって、暫くしたらボロい方が西に帰っていた。デカいのは先に到着してたんだろうな。荷の積み替えでもしてたんだろ」


 それを聞き、リオンは黙った。


 男の証言が正しければ、一台の荷車が古い荷捌き場へ入り、その後、別の大型荷車が東に出ている。


 それだけなら、荷物を積み替えただけとも考えられる。かつてそういう目的で使われていた場所なのだから、不自然ではない。


 だが、今はほとんど使われていない。しかも入っていったのは、老婆が消えた夜に彼女の帰路付近で目撃された荷車だ。


「なにを積み替えてたかわかるか?」


「中にまで入って行ってないからわからないよ」


「……案内できるか?」


「荷捌き場か?」


「ああ」


「別にいいけどよ。どうせ暇だしな」


 言いながら、老人はどこか嬉しげに立ち上がった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その場所は、市街とスラムの境目から東へ入った区域にあった。


 かつて商人たちが荷物の積み替えに使っていたというだけあり、敷地は広い。高い塀に囲まれ、奥には横長の倉庫が二棟並んでいる。


 表門には鎖が掛けられていたが、使われていない場所には見えなかった。


「新しいね」


 シビルがしゃがみ込み、門の錠に顔を近づける。


「錠も鎖も錆びてない」


 足元には荷車の轍が残っている。


 数日前に雨が降ったあとについたものだ。


 リオンとシビルは少し離れた場所へ移動し、周辺を確認した。


「ここ」


 シビルが地図を広げる。昨日まで調べていた、レックスに潰された組織の旧縄張り、捕虜が収容されていた倉庫。そこから夜に三台の荷車が東へ向かった道。


 シビルが指をなぞらせる。


「一本道じゃないけど、東に行ったなら……」


 指が止まったのは、いま立っている荷捌き場の近く。


「ここ、通るね」


「ああ」


 確定ではない。


 リドルは三台の荷車が東へ向かったところまでしか見ていない。その後、別の道へ曲がった可能性もある。


 だが位置としては合う。


 レックスの縄張りから人を積んだ可能性のある荷車が東へ向かった。老婆を攫った可能性のある荷車も東へ向かい、この荷捌き場に入った。


 そして、そこから別の車両がさらに出ている。


「積み替えてるのかな?」


「可能性は高い」


「レックスの奴らが捕まえた連中も?」


 リオンが倉庫の方に目を向ける。


「もしレックスが捕まえた連中もここに運ばれてたなら、途中で別の奴に渡してることになる」


「でもなんでそんなことしてるの? レックスなら普通に売ると思うけど」


「さあな。婆さんの方の可能性は高いが、レックスの方は、まだ微妙なところだ」


 リオンは地図を見た。


 レックスの手下がどこかの施設まで人間を運んでいるなら、そこを締め上げれば終点まで辿れる。だが、途中で受け渡しているなら話は違う。


 前半と後半を切り離せる。


 捕まえる側は、その後どこへ連れて行かれるのか知らない。


 運ぶ側は、どこから人間が調達されたのか知らない。


 そういう仕組みなら、どちらか一方を捕まえても全体は見えない。


「なんか怪しいことしてるね」


「ああ。誰かに何かを渡すなんざ、レックスがしなさそうなことだ」


 シビルはもう一度周囲を見回した。


「どれぐらいの頻度で使ってるのかな?」


「それは……。聞いて回ればわかるかも知れないな」


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 周辺で商売をしている者に何人か当たると、隣の通りで小さな倉庫を管理している男が、荷捌き場について知っているという話を聞いた。


「ああ、たまに荷馬車が入っていくのを見るぞ」


「時間帯は?」


「俺は夜にしか見たことないな」


「頻度は?」


「月に何度かぐらいだと思うが。俺も気にして見てるわけじゃねえから」


 シビルが訊く。


「どんな人が使ってるか見たことある?」


「さあな。夜中にわざわざ覗きに行くほど暇じゃねえよ」


「荷車はいつも同じ?」


「それも知らん。ただ、何台か一緒に来ることはある」


「なに運んでると思う?」


「知らんて。たまたまここに近いから見かけてるだけで、興味はないからな」


 男は面倒そうに手を振る。


「昔から荷物を積み替える場所だ。今の持ち主が誰かも知らん。夜だけ使いたい奴がいるんだろ」


「じゃあ今の持ち主は誰なの?」


「さあな。何年か前に変わったとは聞いたが」


「誰に?」


「そこまでは知らん。興味ないって言ってるだろ。もういいか?」


 男の表情に嫌悪が現れ、二人はすぐに身を引いた。


 夕方の市街を歩きながら、シビルが口を開く。


「んー……。持ち主を調べてみる?」


「ああ。ただし、それだけじゃ足りねえ」


 シビルが横目でリオンを見る。


「張るぞ」


 今の持ち主が分かったところで、名義だけの人間である可能性もある。


 それより、実際に誰が出入りしているのかを見る方が早い。


「でも、いつ来るか分かんないよ」


「なら来るまで見張る」


「簡単に言うなあ。見張りって退屈で大変なのに」


「安心しろ、お前は外す。他の奴等を何人か交代で付ける」


「リオンはアジトで連絡待ち?」


「いや、俺も見る」


 その返事が意外だったのか、シビルは大きく瞬きをした。


「珍しい、リオンが見張りなんて。っていうかボスが見張りする組織なんて聞いたことないけど」


「うるせえな。シビルは持ち主を調べろ」


「んー……。いや、両方やるよ」


「無理すんな。ここのところ動きっぱなしだろ。少し休め」


「リオンに言われたくないけどなぁ~」


「俺は寝てる」


「うっそだ~。情報屋のシビルちゃん情報によると、最近はゆっくり寝れてないように思えるけど」


 大袈裟な言い回しに、リオンが溜息を吐く。


「わかった。ただし、シビルは俺とだ」


「なら安心だ。見張りながら寝ても問題なさそう」


「だったら家で寝ろっての」


 嬉しそうに笑うシビルを横目に、リオンは足を止めた。


 振り返れば、古い荷捌き場の屋根が建物の向こうに見える。


 老婆がなぜ狙われたか、その疑問だけは消えない。


 金を持っているわけではない。誰かと争っていたわけでもない。


 子供も夫もなく一人で暮らしてはいたが、街から切り離されていた人間でもなかった。毎日同じ場所で屋台を開き、客と話し、ブラッドのように昔から知っている人間もいる。


 消えても誰も気づかない人間ではない。


 それなのに、連れて行かれた。


「リオン? どうしたの?」


「……なんでもねえ」


 理由は分からない。


 だが、道は見え始めていた。


 老婆が消えた夜、彼女の帰路近くにいた荷馬車は東に抜け、その特徴と一致する車両が古い荷捌き場へ入っている。そこから別の荷車が、さらに東に出て行った。


 そして、レックスに捕らえられた者たちを乗せた三台も、もしかしたら同じ場所に入って行ったのかも知れない。


「人数が必要だな。五人一組で行くか」


「そんなに連れてくの?」


「何が出てくるか分からねえ。荷捌き場も広いしな」


「……うん、そうだね」


 二人はもう振り返らなかった。


 荷捌き場へ来る人間が、ただの運び屋なのか。


 レックスと繋がっているのか。


 そのさらに奥にいる誰かなのか。


 まだ何者が使っている場所なのかは分からない。だからこそ、まずは誰が来て、何を持ち込み、何を持ち出すのかを見る。それを確かめてから、次にどう動くか決めればいい。


 日が傾き始めた王都の向こうで、古い荷捌き場は何事もなかったように静まり返っていた。

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