第11話 古い縄張り
翌朝、アジトの一室にはリオン、ブラッド、シビルの三人が集まっていた。
昨夜、レックスとその取り巻きが酒場へ押しかけてきたことは、すでに組織の一部には伝わっている。
店の前で見張りに立たせていた男は命に別状はなく、ヴェロニカの見立てでは数日休めば動けるようになるとのことだった。
リオン自身には傷らしい傷もない。レックスの取り巻き四人を相手にした結果として残ったのは、酒場の修理代くらいのものだった。
だが、問題はそこではない。
「レックス本人がわざわざ来たんだ。大胆だねー」
テーブルに広げられた王都西部の地図を前に、シビルが確認するように言った。
「ああ。手下まで連れて苦労なこった」
リオンは椅子に深く腰掛けたまま、昨夜の出来事を二人に改めて説明していた。レックスは自分たちの縄張り周辺を誰かが探っていることに気づいていたこと。南側の境界警戒を強めていることまで把握していたこと。
そして、以前潰した組織から生け捕りにした人間について訊ねても、末端の処理までは知らないと答えられたこと。
壁際に立って話を聞いていたブラッドが、太い腕を組みなおす。
「知らない、ですか」
「本人はそう言ってた。使える奴は拾ったかもしれねえし、使えねえのは放り出したかもしれねえ。下の連中に任せてたから覚えてないんだとよ」
「嘘でしょ。そんなわけないじゃん」
シビルがすぐに言った。
「かもしれねえな」
「じゃあ」
「だからって、断定はできねえ」
リオンが遮ると、シビルは開きかけた口を閉じた。
レックスが嘘を吐いた可能性は高いように見える。だが、部下がレックスの知らないところで勝手に動いている可能性も捨てきれない。
「それより気になるのは、あいつがこっちの動きを調べに来たことだ」
リオンはそう言いながら、地図の南側に視線を向けた。
「俺が何を気にしてるのか、何を調べてるのか。そんなことばっかり聞いてきやがった。わざわざ本人が出張ってくるほどのことじゃねえ」
「場合によっては抗争になりますからね」
部下の一人を転がしたのだ。相手がリオンじゃなかったら、その場で後に引けない戦いが始まっていたかも知れない。
「ボスが会いに来るなんて、やっぱり何かあるよ。絶対におかしいって」
シビルが地図に身を乗り出す。
「もっと中まで調べた方がいいと思う。前は様子を見るだけだったけど、今度はレックスの組織の人間が何をしてるかまで洗いざらい調べて」
「駄目だ」
「まだ最後まで言ってない!」
「最後まで聞かなくてもダメなんだから、その後は聞く必要ねえだろ」
明確な否定に、シビルは頬を膨らませた。
「なんで? あっちが仕掛けて来たんだよ!」
「釘刺されたんだよ。縄張りの中に入ってきたらお喋りじゃ済まねえってな。その翌日にお前を潜らせてみろ。宣戦布告だろうが、それは」
これまでとは状況が違う。
以前シビルがレックスの縄張りに入った時は、互いの組織が直接牽制し合う前だった。だが今はレックス自身に警告された後だ。それを無視して真正面から侵入すれば、小競り合いでは済まず、組織同士の衝突に発展する口実を与えかねない。
レックスがそれを狙っている可能性すらある。
リオンには、それを承知の上で踏み込むだけの証拠がまだなかった。
「うーん……」
シビルは諦めきれない様子で唸りながら、地図の上に視線を向けた。指先がレックスの旧来の縄張りから、ここ数か月で新たに奪った区域にゆっくり移っていく。
その手が途中で止まった。
「……リオンはさ、レックスの縄張り、把握できてる?」
「どういう意味だ?」
「ここ数ヵ月で何個か組織潰してるんだよ? それでも正確な位置わかってるの?」
シビルは何か思いついた時、特有の顔をしている。
「王都の役所が『今日からここはレックスさんの土地です』って線引いてくれるわけでもないし。わかってないよね?」
「回りくどい言い方すんな。なにが言いてえ」
「知らなかったことにすればいいんじゃない? そこがレックスの縄張りだってこと」
シビルはさも妙案を思いついたように言った。
「わたしたちはレックスの縄張りを調べに行くんじゃないの。そこにあるはずの組織の縄張りに行っただけ。そしたらいつの間にかレックスがそこを取ってたってだけなんだよ」
しばらく誰も口を開かなかった。
やがてブラッドが呆れたように息を吐く。
「子供の言い訳だ」
「違うよ。縄張りなんてころころ変わるでしょ? 昨日も縄張りを広げてるかも知れないし、今日も広がるかも知れない。そんなのわかんないじゃん」
「知ってて行こうとしてるのが問題なんだ」
「でも向こうは、こっちが知ってたって証明できないよ?」
「それを子供の言い訳でしかないって言ってる」
「でもでも証明は出来ないでしょ! 現にブラッドは知らないじゃん! じゃあここは誰の縄張り? ここはレックスのだっけ? ここは? 早く答えてよブラッド!」
「黙れ。殴るぞ」
「都合が悪くなるとすぐ暴力だ! ブラッドなんて何も知らないんだから!」
言い合う二人を横に、リオンは地図を見たまま考えた。
馬鹿らしい理屈ではある。
だが、シビルの言う通り、レックスが最近奪った場所なら話は変わる。
スラムの縄張りには明確な境界線はない。ある路地を越えた瞬間に看板が立っているわけでもなく、勢力が入れ替わった直後なら、どこまでが誰の支配下なのか住民ですら曖昧な場合がある。
まして今回、調べたいのはレックス自身ではなく、彼に潰された組織とその構成員たちの行方だ。
「……まあ」
リオンが呟くと、シビルがすぐに顔を向けた。
「言い訳にはちょうどいいか」
「でしょ?」
「ボス、正気ですか?」
ブラッドが呆れた目を向けてくる。
「縄張りが広がったって、俺に報告しねえ奴が悪い」
「そんな報告しに来る奴、見たことないですよ」
「だから知らねえんだよ。他の組織の縄張りなんざ」
実際、リオンは他所の縄張りの細かな境界など把握していない。必要がなければ踏み込まないし、奪うつもりもないからだ。
「勘違いすんな。知らなかったで何でも許されるとは思ってねえ。見つからねえように入るのが前提だ。これは、万一見つかった時の言い訳に使うだけだよ」
リオンは地図に手を伸ばす。
数あるレックスの新領地の中でも、行き先は最初からほとんど決まっていた。指先を置いたのは、自分たちの縄張りから南に進んだ先にある一角。少し前までダンが所属していた組織が支配していた場所だった。
「行くならここだ」
「ダンのいたところ?」
「ああ。ロイもここら辺から逃げてきた可能性が高い」
抗争後、捕らえられた者たちがその場で殺されたのなら、何らかの痕跡が残っていてもおかしくない。別の場所に移されたのなら、その様子を見ていた住民がいる可能性もある。
現地を直接見る価値はある。
「ただ、入って片っ端から聞き込みするのは目立ちすぎるな」
「もう開き直っていっちゃおうよ! レックスが先に仕掛けてきたんだし!」
「んなことするわけねえだろ。面倒事は避けるに越したことはねぇ」
「じゃあ、どうするの?」
リオンは少し考えた。
その地理に詳しい人間。そこに住んでいる者たちと顔見知りで、組織が潰される以前の街の様子も知っている人間。
条件に合う男は、一人しか思いつかなかった。
「案内役にちょうどいい奴がいるな」
「ダンですか?」
問いに、リオンは悪そうな笑みを浮かべた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「嫌だ」
昼前、いつもの安宿を訪ねたリオンが用件を切り出すと、ダンはそう答えた。
今日はまだ飲み始めてはいなかったらしく、寝起きのような顔で椅子に腰掛けている。リオンが昔の縄張りへ行くと言った途端、露骨な警戒と拒否の返事が出た。
「今はレックスの縄張りだろ? 俺が何のためにあそこから逃げたと思ってんだよ」
「生きるためだろ」
「分かってんなら連れて行こうとすんな。殺されに行くようなもんだろ」
「そう言うと思った。別に無理に連れてくつもりはねえよ」
リオンはあっさりと答え、持ってきた紙とペンをテーブルに置いた。
「昔使ってた道と店、話を聞けそうな奴がいる場所を書け」
「そ、それだけでいいのか?」
「ああ。お前に教えてもらったとも言わねえから安心しろ」
「本当にそれだけでいいんだな?」
「しつけえな。さっさと書け。お前の仕事はそれだけだ」
リオンが睨みつけると、ダンは椅子に座り、紙を受け取った。
おおまかな通りの位置、以前の組織が使っていた建物、自分たちが頻繁に出入りしていた路地。思い出しながらいくつか印を付けていくうちに、手が止まる。
「ここに酒場がある。……レックスに潰されてなきゃだけどな。気前のいいオヤジで、俺もよく飲みに行ってた。死んでないといいが」
「話は聞けそうなんだな?」
「俺が行けば教えてくれると思うが、他所者には冷たいからどうだろうな」
言ってから、ダンは自分で気づいたように黙った。
リオンは何も言わず、ダンの顔を見る。
「な、なんだよ」
「お前がいれば事情を聞けるってわけか」
「その顔やめろ」
「生まれつきだ」
「じっとこっちを見て来るな」
ダンは面倒そうに頭を掻いた。
「そんなおっかねえ顔した奴が潰された組織の話を聞いたって、警戒されるだけだ。今はレックスの縄張りなんだから、余計なこと喋りたがる奴なんかいねえよ」
「だからお前がいれば話は聞けるわけだな?」
「だから、そんな顔でこっち見るなって」
「生まれつきだって言ってんだろうが」
「ならこっち見るなって」
言われるが、リオンは表情を表に出さない不気味な真顔でダンを見続ける。
ダンはしばらく黙っていたが、結局諦めたように息を吐いた。
「そもそも何をしに行くんだよ。こんな危ないところ」
「生け捕りにされたお前の仲間の行方を調べに行く」
「ロイの死に方が引っかかってるのか?」
「そんなところだ。明らかに不自然だったからな」
全ての情報は出さない。だが、それも間違いではない。
それを聞いたダンは、ペンを置いて、深く息を吐いた。
「……お前。レックスに襲われたらしいじゃねえか」
「籠ってる癖に耳が早いんだな」
「たまたま聞こえてきただけだ。……あんな奴に襲われて、よく平気でいられるよ」
「仲良くお喋りしただけだ。あいつとはやりあってねえ」
「あいつとは、な。取り巻きをボコしたんだろ?」
「取り巻きはな。レックスとは話しただけだ。生け捕りにした奴等をどうしたかって」
頭を下げながらも、横目をリオンに向けるダン。
「……あいつ、なんて言ってた」
「知らねえとさ。使える奴は拾ったかもしれねえし、使えねえのは放り出したかもしれねえ。下の奴に任せたから覚えてないらしい」
「んなわけあるかよ」
ダンがすぐに吐き捨てた。
それまでの怯えた様子とは違う声だった。
「何人捕まえたと思ってんだ。五人や六人じゃねえぞ。動ける奴も、怪我してる奴も、まとめて縛ってた。わざわざまとめて縛っておいて、知らねえで済むかってんだ」
「だから、俺はそれを確認しに行くんだよ。さっさと続きを書け」
促すが、ダンは暫く動かなかった。
しばらくすると、指先が机の上の紙を強く押さえつける。
あの日、自分が置いて逃げた仲間たちの顔でも思い出しているのか、しばらく何も言わなかった。
リオンが椅子を蹴り飛ばそうとした時、ダンがいきなり紙を掴んで握り潰す。ぐしゃぐしゃに丸めて壁に投げつけ、なにか吹っ切れたような目でリオンを睨みつけた。
「案内するだけだからな! 揉め事になったら俺は逃げるぞ!」
リオンは真正面からその目を見返し、しかし表情は崩さない。
「ああ。逃げる時は勝手に逃げろ。俺はお前が逃げても責めはしねえ」
「……くそっ! お前のそういうところが嫌いなんだよ!」
「で、どうすんだ? 来てくれんのか?」
「ああ行くよ! 俺だって仲間がどうなったかは気になってんだ! だったら、いま行くしかねえだろ!」
なぜか身体を大袈裟に動かしながらも、ダンは出発の準備をする。
それを見たリオンは、懐から出した小さな革袋を彼に投げる。
「なっ、なんだよ、これ」
「案内料だ。受け取れ」
ダンが袋の中を覗く。想像していたより多かったのか、目が大きく開いた。
「な、なんでだよ。それに、こんなにいいのか?」
「危ねえ場所に付き合わせるんだ。それくらいは払う。それに、どうせこれから行く予定の酒場にもツケ残してんだろ?」
「……なんで分かった」
「お前、典型的なダメ人間って感じするからな」
「お前は本当に……。失礼な奴だ!」
「気前よく払えよ。口が乗るぐらいにはな」
ダンは革袋を手の中で転がしながら、どこか気まずそうに鼻を鳴らした。
「けっ。そこまで考えてのことかよ」
「さあな。行くって言ったのはお前だ。俺は強要してねえ」
「ああ。わかってるよ!」
怒ってはいるようだが、返事だけは素直だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
リオン、シビル、ダンが旧縄張りに向かったのは、その日の午後だった。
三人とも普段とは姿を変えている。
シビルは以前レックスの縄張りに入った時とは別の外套を選び、黒髪を布の下に隠している。
リオンも髪を普段とは逆に流し、安物の外套で身体を隠していた。腰の剣も布を巻いて特徴が分からないようにしている。
その二人の少し前を歩くダンも、いつもの姿ではなかった。
深く被った帽子の下では髪型を変え、口元には長い付け髭がある。着ている服も普段より一回り大きく、肩や背中の輪郭まで違って見えた。
もっとも、本人は落ち着かないらしい。先ほどから何度も帽子のつばに指を掛け、そのたびに思い直したように手を下ろしていた。
「そわそわしないでよ。怪しまれるでしょ」
シビルが後ろから言う。
「んなこと言われても。付け髭が気になってしょうがねえんだよ」
「絶対に取らないでよ。バレたら大変なのはおじさんなんだから」
「分かってる。分かってるけどよ」
ダンは髭の辺りを触りかけ、途中で手を握った。
「こんなんで本当に分かんねえのか?」
「知り合いに近くで見られればバレるんじゃない? だから、誰にも近付かないで」
「簡単に言いやがる」
「堂々としてればいいの。隠してますって顔してる方が目立っちゃうんだから」
その言葉に、ダンは無理矢理背筋を伸ばした。
しかし数歩も進むと、今度は歩き方まで不自然になった。
「普通に歩いてよ。なにその歩き方」
「お前が堂々としろって言ったんだろ」
「どこが堂々としてるのかわからないんだけど。リオン、こいつバカなの?」
「そうだぞ」
「うるせえ、文句ばっか言わねえでくれ! こっちも必死なんだよ!」
小声で文句を言いながらも、ダンが立ち止まることはなかった。
三人はリオンの縄張りを南に抜けていく。
壁はひび割れ、道は舗装すらされていないところが増えた。通りの角には、住民とは明らかに雰囲気の異なる男が立っている。腰には武器を下げ、通行人を一人ずつ値踏みするように眺めていた。
店の前では客でも店員でもない男が壁に寄り掛かり、出入りする者に無遠慮な目を向けている。
自分たちの縄張りとは違う。とはいえ、リオンにはそれが珍しい光景ではない。むしろ、スラムという場所ではこちらの方が普通だった。
やがてダンの歩みが遅くなる。
「……ここからだ」
「お前らの縄張りか」
「元、な。この道から先、二つ向こうの大通りくらいまでだ。細かいところは別の組織と揉めてたけど、今は全部レックスのもんだよ」
声に、先ほどまで変装に文句を言っていた時の軽さはない。
三人はそのまま境界を越えた。
もちろん、道の上に線が引かれているわけではない。
ただ、少し進めば変化はすぐに分かった。
壁に描かれていた古い印の上から、別の印が塗り重ねられている。以前の組織が使っていたのであろう色は消されている。
「よかった。消されてるだけじゃレックスの縄張りだって証明にはならないね」
「ああ。ここは誰の縄張りでもねえってことだな」
「そんな言い訳、通じるわけねえだろ。なに能天気なこと言ってんだ」
路地沿いには閉まっている店がいくつかあった。扉に板を打ち付けた建物もあれば、中が空になったまま放置されているところもある。
ダンは時折、足を止めかける場所があったが、それでも進み続けた。人が変わった家。潰れた店。以前は仲間が立っていた路地。本人にとっては見覚えのあるものばかりなのだろう。
戻りたくないと言っていた理由は、怖いからだけではないのかもしれない。
「もう少しだ」
大通りから一本外れ、さらに細い路地へ入った。
人通りは減ったが、完全に静かなわけではない。奥から酒に酔った笑い声が聞こえ、どこかの家では鍋を火に掛けているらしく、香辛料と焦げた肉の匂いが漂ってくる。
その先でダンが足を止めた。
「あそこ」
古い酒場だった。
木造の建物は周囲と同じように傷んでおり、壁には何度も補修された跡が残っている。入口の上に掲げられた看板には酒瓶らしき絵が描かれていたが、長年雨風に晒されたせいか色はほとんど落ちていた。
それでも扉は開いている。
「よかった。残ってたんだな」
ダンが小さく息を吐いた。安堵したのか、それとも余計に緊張したのか、その声音だけでは判断できない。
シビルがさりげなく周囲を確認する。酒場の入口近くにレックスの人間らしき姿はない。向かい側の建物にも見張りはいないようだ。
「入れそう」
「なら、まず俺から行く」
前に出るダンに、リオンは目線だけで意図を問う。
「オヤジがまだいるなら、たぶん俺のこと覚えてる。いきなりあんたらが顔を出す方が警戒されるだけだ」
「変装してても気付くほどの仲か?」
「声を掛ければ気付くはずだ」
ダンはそう言ったものの、扉へ向かう前に深く息を吸った。帽子のつばに触れかけた手を途中で止め、そのまま下ろす。
怖くないはずがない。数か月前、この一帯で自分の組織を潰され、仲間たちを残して一人逃げた。その場所へ、今度は自分の意思で戻ってきているのだ。
「……行くぞ」
誰に言うでもなく呟き、ダンが扉を押した。
古い蝶番が軋んだ。
店内には昼間から酒を飲んでいる客が何人かいた。外より薄暗く、酒と煙草、古い木材に染み込んだ油の匂いが鼻につく。壁際には小さな卓が並び、奥には長いカウンターがある。
その向こうで、白髪混じりの男がグラスを拭いていた。
「いらっしゃい」
何気なく顔を上げた店主の視線が、三人を順番に通り過ぎた。
そして、先頭に立つダンに戻る。
帽子を深く被り、髪型も服装も変え、口元には普段にはない髭がある。
それでも男は、しばらくダンの顔を見つめていた。
ダンも黙ったまま、その視線を受ける。
店主の手から、グラスを拭いていた布がゆっくりと下がった。
「……お前」
眉間に皺が寄る。
「ダンか?」
「……久しぶりだな。オヤジ」
ダンは小さく、口元を歪めた。




