第五信 返信は不要です
朝晩の冷え込みに、季節がひとつ移ったことを感じるようになりました。
これが、最後のお手紙になります。
まずは、ここまでお読みいただいたことに、
心よりお礼申し上げます。
五通。
すべてを、読んでくださいましたね。
もちろん、あなたは否定なさるでしょう。
同意などしていない。
ただ読んでいただけだ。
勝手に手紙が届いたから、仕方なく目を通しただけだ。
そうおっしゃりたいのだと思います。
ええ。
よくわかります。
けれど、前にも書きましたね。
返事とは、
文字を書くことだけではありません。
一通目を開けたこと。
二通目も開けたこと。
三通目を読み終えても、封筒を捨てなかったこと。
四通目のあと、物音に顔を上げたこと。
それらを、私は返事として受け取りました。
以前、手紙を書いた方から返事をいただいたこともありました。
もう送らないでください。
そう書かれていました。
短い文でした。
丁寧な字ではありませんでした。
けれど、その言葉は、
ずいぶん長く残りました。
気味が悪い。
怖い。
迷惑です。
そういう言葉は、不思議ですね。
紙の上にあるだけなのに、人の声よりも、ずっと大きな音を立てることがあります。
ですから私は、いつからか手紙の終わりに、
こう添えるようになりました。
返信は不要です。
けれど、あなたは違いました。
五通、すべてを読んでくださいました。
途中で破ることも。
捨てることも。
誰かに渡すことも。
私に、やめてくださいと告げることもなく。
最後まで、静かに。
あなたは、初めての方です。
最後まで、静かでいてくださった方は。
私は、あなたのその静けさを、
同意として受け取ることにいたしました。
今、あなたは私を気味が悪いと思われたかもしれません。
それで構いません。
私のような人間は、いなくなればいい。
もう二度と手紙など送ってこなければいい。
そう思われたかもしれません。
けれど。
誰かに対して、
いなくなればいいと思うこと。
それは本当に、私だけのものでしょうか。
私は、あなたを責めているのではありません。
むしろ、少し安心しているのです。
人は誰しも、自分の静けさを乱すものを遠ざけたい。
その願いに名前をつける前に、たいていの人は目を伏せるだけなのでしょう。
夕方になるたびに響いていた声は、
ある日を境に聞こえなくなりました。
あの静けさを、私は覚えています。
風の音がしていました。
湯の沸く音も、紙を滑るペン先の音も、
何もかもが、以前より正しく聞こえました。
けれど、正しく聞こえたからといって、
正しいことをしたのだとは限りません。
そのくらいのことは、
私にもわかっているつもりです。
本当は、私には行かなければならない場所があるはずです。
あなたのところではなく。
何を願い、
何をしたのかを、
順番にお話ししなければならない場所へ。
それでも、足は、
静かなほうへ向いてしまうのです。
ですから本当は、あなたにお会いしたいなどと、願ってはいけないのでしょう。
あなたの声を聞きたいと思うことも。
あなたの静けさに触れたいと思うことも。
きっと、許されないのでしょう。
けれど、あなたは最後まで読んでくださいました。
最後まで、静かに。
私は、あなたのその静けさを、
忘れないと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
返信は不要です。
かしこ




