第四信 返事とは文字だけではありません
夜の空気が、思いのほかよく音を運ぶ季節になりました。
前回のお手紙にも、お返事はございませんでした。
お会いする約束についても、あなたは何もおっしゃいませんでしたね。
ええ。
急かすつもりはございません。
約束というものは、
言葉にした瞬間から少しずつ重くなるものですから。
実を申しますと、
私はもう故郷にはおりません。
それなのに、夕方になると、
あの声が聞こえたような気がすることがあります。
あの場所は、もう静かなはずです。
あの声も、もう誰の耳にも届かないはずです。
けれど音というものは、
ときどき、あるべき場所を間違えるのですね。
では、どこにいるのか。
何をしているのか。
あなたは、そうお考えになるかもしれません。
けれど、それはあまり重要なことではありません。
人は思っているより、
どこにでも行けるものです。
懐かしい場所にも。
忘れたつもりの場所にも。
誰かのすぐ近くにも。
もちろん、あなたを驚かせたいわけではありません。
ただ、距離というものは、
思っているほど確かなものではないと、近頃よく感じるのです。
もし、この手紙を読んでいる途中で電話が鳴っても、
すぐには出ないでください。
通知音が鳴っても、
すぐには見ないでください。
誰かに名前を呼ばれたように感じても、
すぐには返事をしないでください。
返事とは、
文字を書くことだけではありません。
読むこと。
黙っていること。
破らずに置いておくこと。
音に反応して顔を上げること。
誰かの声に振り向くこと。
それらもまた、
ひとつの返事なのだと思います。
私は、あなたに何かを強いたいわけではありません。
ただ、静けさというものは、
思っているよりも簡単に破れてしまいます。
一度破れた静けさは、
なかなか元には戻りません。
声も。
音も。
呼び出しも。
入ってきたものは、
いつまでも内側に残りますから。
ですから、どうか、
今は静かに読んでいてください。
最後まで。
あなたなら、できるはずです。
これまでずっと、そうしてくださったのですから。
夜は、音がよく通ります。
壁の向こうの声も。
廊下の足音も。
遠くの電話の音も。
どうか、今夜は静かにお過ごしください。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
返信は不要です。
かしこ
追伸
あなたの声は、
まだ聞かせていただかなくて結構です。




