第二信 不快なものは長く残ります
桜の花も散り、道端の緑が少しずつ濃くなってまいりました。
また、こうしてお手紙を書けることを、
静かに嬉しく思っております。
前回のお手紙で、返信は不要ですと書きました。
その言葉のとおり、
あなたは何も返さずにいてくださいましたね。
もちろん、疑っていたわけではございません。
あなたなら、そうしてくださるような気がしておりました。
余計な言葉で場を乱さない。
そういう静けさを、あなたは昔からお持ちでしたから。
本当であれば、昔話などをしながら、
あの頃のことを少しずつ確かめ合えたらよいのでしょう。
けれど今は、
私の中に残っているあなたの声を思い出しながら、
こうして筆を取るだけで十分なのかもしれません。
声というものは、本当に不思議です。
聞きたい声は、なかなか戻ってきてはくれないのに、
聞きたくもない声ほど、こちらの都合などお構いなしに残ります。
近頃、私を取り巻く環境が、少し変わりました。
小学生くらいの子供が、毎日のように大きな声を出しているのです。
不思議なもので、子供の声というものは、遠くにあっても、居場所を知らせるように大きく聞こえてしまいます。
私は小さい頃から、よそ様に迷惑をかけないよう、大きな声は出さないように気をつけておりました。
躾というものは、その字の通り、人を美しく見せるための所作である。
母から、そう教えられたものです。
子供の声は、ただ大きいだけではありません。
一度入ってくると、なかなか出ていかないのです。
窓を閉めても、
耳をふさいでも、
夜になって部屋が静かになっても、
まだどこかに残っています。
笑い声というものは、不思議ですね。
楽しいはずの音なのに、
こちらの内側に入り込んでくると、
まるで知らない人の手で部屋を荒らされているように感じることがあります。
私はこうして手紙を書きながらも、
あの子たちが、いつかどこかで同じように誰かを困らせるのではないかと、余計なことまで考えてしまいます。
とはいえ、赤ん坊ほど幼いのであれば、話は別です。
泣くことでしか、意思を伝えられないのですから。
それを、うるさいなどと一言で片づけてしまうのは、少し違うと私は思います。
こうして、何が正しいのかを考えてしまう私を見て、
あなたはやはり、学生の心のままだと言われるのでしょうか。
大人とは、我慢を表に出さない人たちのことを言うのかもしれませんね。
私もそうありたいと、日々努めております。
季節柄、寒暖差がございます。
特に夜は急に冷え込むこともございますので、風邪など召されませんよう、どうかご自愛ください。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
返信は不要です。
かしこ
追伸
けれど、うるさいのは、嫌、ですよ、ね。




