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足切りのクマは、斧を握る  作者: パスカル


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第8話 アスファルトの音のあと

昨日手に入った魔草と魔石で、しめて総額19100円になった。

うますぎる!

ソロになってから今まで、ギリギリの

その日暮らしみたいな収入だったけど――

昨日は今までの何倍もの収入だった。

何度でも言う。 うますぎる!!


「けど今日も同じ所に行く勇気はないなぁ」


俺はゲートを潜り、東に伸びる路地に足を向けた。

ゲートを抜けた瞬間、街の空気が一段薄くなる。

車の音も、コンビニの自動ドアの音も、

ぴたりと消えた。

代わりに耳の奥に届くのは、舗装の継ぎ目から伸びた雑草が、

自分のすねを撫でる、しゃり、という音だけだ。


無人になって長い、0層の市街地区。

電柱は立ったまま、信号は黒い。

昨日のあの音はまだ、頭蓋骨の内側にこびりついている。


魔石を掻っ攫う豪胆さを持つ未知の脅威に挑むほど、自分に自信があるわけじゃない。


「だから今日は別の方向で採取をしていくぞ、チロ」


「ぷぅぷぅう」


リュックのサイドポケットから顔だけ出したチロが、

鼻先を空に向けてふごふごと鳴いた。

連日の外だからか、毛艶がいい。


昨日の帰りは頑張ったご褒美に、外で砂浴びを好きなだけさせてやった。

穴を掘り出したときは、ここに住む気なのかと思ったけどな。




昨日は北西方面の住宅街だったが、今日は東。

建物の密度が薄れて、田畑が広がる方で活動しようと思う。


チロの《魔香識別》はまだ効果範囲が狭いから、目視で分かりやすい立地の

探索をしていく。

それに田畑が多いって事は、昨日みたいな群生地に当たるチャンスも多いって事だ。


たのみますよぉ、チロ先生。

今日はなんぼでも魔草が取れていいように、大きめの袋を何枚か持ってきた。

これがいっぱいになれば、夢のナイフや拳用の小手、防具の夢が叶う。


「たまんねぇぜ!!たまには良いご飯も食べたいしな」


我が家の食糧事情は金欠の為、チロより俺の方が食事レベルが低いのだ。

流石に現代文明のサプリメントに頼りすぎてる気がする。

タンパク質が恋しい。



三十分ほど歩くと、街は徐々に痩せていった。

コンビニ、クリーニング屋、町工場と看板が薄れていき、シャッターの錆と蔦に呑まれた長屋が連なるだけになる。


その先に、東エリアの入り口がある。

塗装の剥げた、一車線の小さな石橋。

苔に覆われた手すりに手を添えて渡ると、橋は高さがあるが下を流れる川は浅く、川底の石が緑色の藻と一緒に見えた。


水の匂いと、底の腐葉土の匂い。


橋を渡り終えると、景色が変わった。

舗装が砂利混じりになり、一車線の道が

雑草に半分埋もれて、田畑の方へくねくね伸びていく。


道の左右はもう住宅街じゃない。

寂れた平屋。

用水路。

枯れた稲の残骸が並ぶ田んぼ。

ところどころに、屋根が半分崩れた

廃屋がぽつんと残っている。

電柱に絡んだ蔓が、風もないのに小さく揺れていた。


昨日の道具持ちレベルアップ個体に

二体同時に来られたらたまったもんじゃない。

数の暴力に質が加わったら、余裕で死ねる。


だからまず、橋の下を流れる川に沿って歩く。

右の川から此方まで一段、コンクリの坂になっていて、容易には近づけない。

これで死角が一つ潰せる。


このまま道なりに歩いて、チロの反応を

見つつ探索する。




一軒の民家の前で、チロが鳴いた。


瓦屋根の、二階建て。

塀は俺の背丈と同じ高さの石垣で、玄関の引き戸は

半分開いたまま、蔓に絡まれている。

庭の物干し竿には、色の褪せたタオルが

一枚、風もないのに揺れていた。


だが前みたいに、チロは自分から跳ねていかない。

魔草があるなら一人でも飛び出すはずだ。


だったら後の可能性はモンスター――。


斧を握る手の力が強くなる。

柄の革巻きが、汗で少しだけ滑る。


――大丈夫だ。

昨日の鳴き声じゃないし、音も聞こえない。


斧を正面に構え、いつ来ても大丈夫なよう

にスキルを最初から並列起動。

一体なら、後の先を最速で取りに行く。


《心得》が、瓦屋根の隙間で動く

微細な揺らぎを感じとった。


太陽光で少し見にくいが――半透明の、ゼリー状の塊。

深い緑色の表面が陽光を受けて、鈍く粘る光を返している。

瓦と瓦の継ぎ目にぴったり張り付き、

身体を平たく薄く伸ばしていた。


スライムだ。


久しぶりに見て感動したが、上から顔全体に組み付かれたら窒息死する。

一層から三層までのスライムは天井に隠れられる所が無いから、戦法としてはこちらの方が凶悪だ。


どうなってんだ、0層は。

本能か知性かしらんが、殺し慣れすぎだろ。



屋根上から跳躍する瞬間を潰す。


昨日の教訓から、左右のサイドポケットに

ゴルフボールぐらいの投石を四つ、入れてある。

素早く右手で一つを掴み、バックステップ

を踏もうとした瞬間――。


「ぷ! ぷ!」


チロの鳴き声と魔力の警告。

違う魔力を、左の石垣の陰から感じとった。


バックステップを再開しつつ、左を一瞬

見ようとしたが――中止。

《心得》を意識にして命中率を少しでも

カバーする。


ポケットの石を可能な限り掴み、

スライムにではなく、左側の魔力を

感じとった場所に、ノールックで投げる。

どうせスライムは跳躍した後だ。


右手を離したことで右下に下がっていた

斧を握り直し、そのまま

右斜め下切り上げの構えに移行。

地面に近かった刃を、更に地面近くまで

落とすように体を沈める。


斧を持ち上げるんじゃない。

身体ごと、地面の反力も使い下から

跳ね上げる。


ただ相手はスライムだ。

斬撃ではなく、斧の腹で叩くよう打撃を

当てる。


その場で地面を抉るように踏み込み、

腰から肩、肩から斧の柄へとひねりを

加える。


ベチャ、と濡れた音。


スライムが空中でひしゃげ、衝撃が

コアまで伝わったのか、緑色のしぶき

を四散させて霧散した。


次だ。


左に何がいる?

振りぬいた状態で、急いで目だけ

動かして目視する。


見慣れたゴブリンだ。

家の台所から拝借したのか、刃こぼれした包丁を握っている。

こめかみから血を流して、ふらりと膝をついていた。

投げた石は十分機能したらしい。


時間なんか与えない。

姿勢を戻し、斧を正面で短めに持ち、

距離を詰める。


「料理中にすいませんねぇ!!」


短く持った斧の刃を、柄に沿わせるよう寝かせる。

走る速度はそのまま、拳と刃が一直線になるように調整。

メリケンサックの要領で、相手のがら空きの喉元に打ち込む。


骨と肉の潰れる、鈍い手応え。


ゴブリンは声も出さずに後ろへ倒れ、

そのまま動かなくなった。


終了。




「昨日の反省も生かせたけど、また反省が出たな」


サイドポケットの石はナイスだった。

咄嗟の判断も良かった――だが。


チロの索敵に頼りすぎた。

《観察の心得》を信じすぎた。

魔力の肌感覚を軽視した。


「チロとの意思疎通は無理だから、

 俺の警戒意識の問題だったけど」


残りの二つは――。


「金欠で急いていたとはいえ、

 また修行みたいな事をした方が良いな」


チロの警戒の鳴き声は、常に複数体を意識する。

《観察の心得》は相手を捉えると面白いぐらい情報が分かる。

今回の不定形のスライムでも、跳躍の

タイミングが分かったように。


だけどそれ以外の意識が削がれる、これがいけない。

そこをカバーするのが魔力の肌感覚――

魔力の感受性なんだけど、敵から強めに

魔力や意識を向けられていないと

感じづらいのが今の現状。


さっきの石垣の陰のゴブリンに気づけ

なかったのも、これのせいだ。


「でもさっきから明らかに、

 昨日のダンジョンより難易度高いぞ」


投げつけた石を拾い集めながら

少し気持ちを整える。

土と腐葉土の匂いに混じって、わずかに青臭い、薬草の匂いがした。


チロが、今戦った民家の正面から入って庭で鳴いてる。


「けど金は貯まるんだよなぁ」


大自然に感謝しつつ、素材を失敬する。




「ありがてぇ、マジで今日はごちそうだな。

 チロも好きなハーブ食べていいぞ」


昨日に続き――。


 ・魔力草  ×9束

 ・下級薬草 ×5束

 ・止血草  ×4束


頂きましたぁ!!

ありがとうございまぁす!!!


魔力草の葉脈は、つや消しの蛍光緑。

触ると、指先がほのかに痺れる。


この土地に住みたくなったな。

ひそかに栽培できないか試してみようかと

考えてしまう。



「チロ、取り合えず帰ろうか」


砂浴びしそうにウズウズするチロを、

魔草をリュックにしまいながら呼んで

いると――。


「プッ!! プッ!!」


嫌な不安が、胃の奥から這い上がって

くる。

あの時の鳴き声だ。


音が聞こえる。

チロじゃない。


カッ。

カッ。

カッ。


四足の重みが、舗装を蹴る乾いた打音。

あの時のアスファルトを叩く、固い音。

あの時より近く、明確に聞こえる。


俺たちの来た方向の右から、迫って

来てる。

スキルを並列起動――さっきの反省を

生かせ。


魔力の感受性が、ぞっとするぐらいの

圧を感じた。

吐き気にも似た、肌の裏側を撫でられる

ような違和感。

うなじの毛が逆立つ。


それでも見ないわけにはいかない。

俺は迎え撃つ構えをしつつ、

右を振り返った。


瞬間、分かったのは――。




 深緑色。




目の前に迫ってきたのが、深緑色の何か

ってだけだった。


俺は木でも倒れてきたと思い、地面に

叩きつけられるのかと身構えた。


だが次の瞬間――。


腹に風船が破裂したような衝撃が走り、

斧から伝わった反動が体を突き抜けて、

俺の体は地面から斜め上に、ほとんど

真上に近い角度で打ち上げられた。


視界が、空の青と屋根瓦の黒で

交互に回転する。


ガシャ、と。


さっきからお世話になってる民家の

屋根に、瓦を割りながら背中から

叩きつけられた。

肺の空気が一気に押し出される。


体の痛みと一緒に、遅れて――

何かに襲われていると理解した。


いつもの慣れた手順で《オートリペア》

を全開。

頭を最優先で回復させるよう意識

しながら、屋根から転げ落ちそうに

なるのをなんとかこらえる。

割れた瓦の破片が、背中の下で滑った。


衝撃で回らない頭を回して、次を考える。

周りを見渡す。


「な、何が」


何が居たんだ、今。

それより――チロは無事なのか。


《オートリペア》がだいぶ効いてきた。

聴覚も視界もクリアになる。

次に損傷している内臓を優先。

もしもの時は飛び出せるよう、他の

スキルも全開にして、下を覗き込み

チロを探す。


畑を挟んだ横の家が騒がしい。

中で何かが暴れてる。

家が揺れるほどに――。


壁を内側から突き上げる音、家具が

跳ねる音、そして低い、地響きのような唸り。


凝視しつつ、チロの魔力と痕跡を探して

いると、音と共に、隣の家の

ひしゃげた玄関からチロが飛び出した。


遅れて、庭ごしの窓ガラスを派手に

ぶち割りながら、さっき見た深緑色が顔を出した。


ガラスの破片が、雨みたいに庭の植え込みに降り注ぐ。


クソデカいボアだ。

体高は俺の胸下ぐらいまである。

全身を覆う剛毛は、良く言うと湿った黒に近い「深緑」。

悪く言うとサイケデリック野郎だ。

背中だけが妙に濡れたような艶で、

緑が紫に滲んで見える時がある。


くわっと開いた口から覗く牙は、

湾曲した黄ばんだ刃物。

口元から黒く粘る涎が垂れ、チロが踏みつぶした植木鉢の土に

ぼたりと落ちた。


うちのチロから離れろ、クソボタン。


チロは更に俺から遠ざかるように、

左の家に逃げ込んだ。

小回りを生かしてうまく躱している。

一瞬、安堵が漏れた――だが。


「相棒…いつも助け……られてんな」


今は持ち前の敏捷性でチロが逃げきれてる。

だがスタミナは持たない。

それにさっき感じた魔力と、くらった一撃はとんでもなかった。


でかいっちゃデカいが、それでも地元じゃ

たまに見る、110キロ前後の常識の範囲内

の大きさだと思う。

だけど食らった一撃はやばかった。

緑の車に轢かれたかと思った。




内臓も直った。

たぶん。

とにかく動かないと――。


また玄関からチロが出てきた。

と思ったら、ゴブリンが数匹後から

出てきて、道路に出たところで二匹

まとめて轢かれ、魔石になった。


――ボアはそのまま停止。

鼻先で魔石を転がし、丁寧に、まるで

ドングリでも噛むように、ぼりりと

噛み砕き始めた。


…………待て、まさか。


あいつかよ。

この前、魔石を盗んだ泥棒は――。


魔石をモンスターが食うなんて

聞いてない。

ダンジョンでも出てくるのは四層以降の

レッドボアだ。

あんなサイケデリックボア聞いた事ない

から――特殊個体か。

しかもさっきからもりもり魔石を食って、

レベルも高そうだ。


ふらつきながら屋根から飛び降りる。

だが、まだ足がおぼつかず、正面の石垣に縋りつく。

石垣の苔の冷たさが、掌に染みた。


脚――脚の何処かが直りきってない。


《オートリペア》で再度修復しつつ、

魔力の感覚で今現在回復が行われている箇所を探す。

大まかな個所を掴んだら《観察の心得》で

精度を補い、より細かく回復が出来るよう

《オートリペア》を意識して更に動かす。


膝の裏で、千切れた腱が縫い合わさる感触。

皮膚の下で熱が走る。




――はっ。


一発でガードの上からこんな状態に

出来るなら、この辺の生き物食い放題、

成長し放題だわな、クソが。

今日ほど耐久の高さに感謝したことはないぞ。



脚は直った。

行くしかない。


俺は民家から出て、チロを呼ぶ。


「チロ! こっち来い!!」


チロはこっちを見たが、少しずれて、

正面の川の方に走り出した。


コツ――。


アスファルトを叩く、あの音。

チロを狙うボアが、魔石を呑み込み

ながら、チロに鼻先を向ける。


「チロッ、違う、こっちだ!!」


代わりに、生き残ったゴブリンが

こっちに来て、にやつきながら俺の横を

通り過ぎ、チロの代わりに逃げようとする。


「相棒……頼りなくてごめんな。

 でも次は俺の番だぜ」


スキルを並列起動。


斧の柄尻ギリギリを左手で押さえ、

右手で柄の中ほどを握って、右側に

大きく振りかぶる。


斧の返しの部分――刃の付け根の鉤型の

出っ張りを、通り過ぎかけたゴブリンの

首筋にぐっと引っかける。


ハンマー投げの要領で、その場で

ゴブリンごと回転。

靴底が地面を抉り、土と砂が遠心力で

スカートを描いて飛ぶ。


一回転。


一番速度が乗る位置で柄を内側に捻り、

斧の刃から解放するように、ゴブリンを

――食事が終わりチロに向かって

走り出そうとするボアに、まっすぐ

投げつけた。


回転しながら飛んで行ったゴブリンが、

ボアの横腹に鈍い音を立てて命中。

ボアの巨体が、一瞬、左に揺れた。


巨木の化身みたいな色のボアが、


首をゆっくり俺へ向ける。


濡れた苔色の眼光が、俺を貫いた。




「選手交代――来いよ、クソボタン鍋にしたらぁ」




怒りのスイッチを入れる。

痛みも恐怖も、頭の中で全部塗りつぶす。


深呼吸――。


魔力を体の中心から過剰に引き出す。

それを体全体と、両手の斧と、全スキル

に流し込む。


頭の中で、いくつものスキルが同時に

立ち上がる音が、確かに聞こえた。


斧を前に構えた。

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