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足切りのクマは、斧を握る  作者: パスカル


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第3話 練習場と、半歩

ぷぅぷ♪、ぷぅぷ♪、ぷぅぷ♪


枕元のスマホが鳴る。

チロのアラームだ。


「……うるせえ」


舌が乾いて張りつく。

ベッドから半身を起こして、画面を叩いて止める。


いつもの時間だ。

たまに不安を煽るような鳴き声を出す時があるから、そのとき録音したやつを流し    ている。 

効く、ちゃんと起きる。


「とりあえず、砂浴びの飛び散り掃除して、ご飯にするか」


ベッドの下でカサコソと音がした。

チロが遅れて顔を出す。

チンチラは砂浴びが激しい。

女の子だからか、きれい好きなのはいいことだが、現場が荒れる。


「おはよう。今日も一日、頑張ろうな」


再スタートの日だ。

気合を込めて呼びかけたのに、チロは俺に目もくれず、迷わず砂浴びを開始した。


「さっき掃除したばっかだろ。返事くらい、ぷぅでもいいからしてよ」


チロは砂を浴びる。

俺は深呼吸して、キッチンへ向かった。


財布を開ける癖がついている。

残り少ない、期限がある。


「……さっさと朝ごはん食べて、ギルドに行こう」





探索者ギルドには訓練場がある。

新人には利用が推奨され、雨の日以外は公開されている。


受付に向かったら、待機の探索者の列が長かった。

辟易するほど長い。


ここだけの話じゃない。

第七重層区みたいな場所でも、無人の窓口やアプリで済む類いのものは増えている。

それでもギルドは混む。

潜り続けモンスターを倒すほど、ステータスが強化され、スキルが発現する。

だから安全性や個別のアドバイス、ときには〔措置〕まで必要になる。

怖いね。


「国家権力に目をつけられたら、安心してチロのお腹も撫でられなくなるって話だ」


自嘲めいたことを呟く。

今はただ行動に変える、それだけだ。


「次の方、どうぞー」


順番が回ってきた。


「今日はどのようなご用件ですか?」


「訓練場の使用申請をしたいんですが」


「かしこまりました。少々お待ちください」


受付の女性は、美人だった。

アニメとかだとギルド嬢は美人が通例だけど、実物だと威力が違う。


理由もすぐ分かった。

天然のブロンでヘア、耳が尖っている。

エルフだ。


重層化で異世界側から迷い込んだ者は少なくない。

九州第七重層区も例外じゃない。

エルフ、ドワーフ、獣人、etc。

戦える連中は探索者になり、戦えない連中は保護名目で職に着地したりする。


政府としても異常事態のなかで人手とダンジョン知識が欲しくて、

吹っ切れた結果できあがった均衡、みたいなやつだ。

細かい政治はどうでもいい。

今は喉が渇いてて、列が長かったから辟易してる。


「手続きが完了しました。ちょうど近い時間帯に新人向けの実践講習がありますが、よろしいですか?」


まだこの土地に来て一年ほどしか経っていないのに、日本語があまりに流暢で舌を巻く。

それでも体裁だけは崩さず返した。


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


「それでは、どうぞ」


異世界人のスペックに押され気味に踵を返しかけたとき、背後から声がかかった。


「あと、私は慣れてしまいましたが――エルフの耳をあまり見るのは、良い思いをしない方もいますので。気をつけてくださいね?」


にこやかな笑顔。俺は慌てて頭を下げ、手を合わせて謝った。


「すみませんでした! ギルドの方が美人で、つい通例どおりに……いえ、言い訳にならないです。すみません」


プライドなんて最初からない。食い気味の謝罪に、女性はくすりと笑う。


「ふふ。次からは気をつけてくださいね」


「はい! すみませんでした!」


早足で練習場方面へ逃げた。


背中の汗が冷える。


美人の笑顔の注意が一番怖い。

何を考えているか分からない。


扉の向こうにマグマが流れていて、間違えて開けたら押しつぶされる――みたいな想像が脳裏をかすめた。

注意の最中、一瞬だけ空気が締まった気がした。

格上生物の圧みたいなもの。


絶対非戦闘員じゃないだろうなと思った。


「……次からは別の列に並ぼう。耳どころか顔も合わせないようにしよう」





練習場は屋外で、柵ごとに用途が分かれていた。

模擬戦、木人、弓や魔法の射撃。

俺が選んだのは入口から右の木人エリアだ。

手前だと目立つ。

奥の端っこを借りた。


まずは身体強化から丁寧にやる。

魔力は体温とは別の暖かさとして胸のあたりを中心に隅々まで走っているイメージだ。

それを肌の外側へ広げていく。

これが身体強化。


高位になると体内魔力が勝手に巡って標準仕様みたいに強くなるらしいが、今の俺には関係ない。


魔力は体外へ触れた途端に霧散しやすい。

だから放出するなら、狙いたい場所のちょっと外側へ載せるイメージになる。

物には定着しやすく、延長線として武器強化がある。


戦闘中に敵へ意識を割きながら魔力を調整するのは難しい。

さっきの受付の時みたいに心が乱れると、途端に操作が不安定になる。



斧を見る。


黒い両手斧。

柄は長く金属製で、軽量化の穴が開いている。

現代の工業技術で作られた量産品の1つ。

刃は大きいが飾りじゃない。

上部は牙みたいに前へ伸び、下部は鉤爪みたいに内側へ曲がっている。

斬る、叩く、引っかける。

探索者向けの実戦兵器だった。


俺の怪我はオートリペアで綺麗に治る。

武器はそうはいかない。

仲間を庇って盾みたいに使った表面には浅い傷が無数にある。

グリップは剥げて自分で巻き直した。

刃には刃こぼれの跡も見えるが、手入れだけは欠かしたことがない。


これらは、未熟さの証だ。

身体強化と武器強化がちゃんとできていれば、こうはならないはずだ。


それでも――仲間を守った痕跡が少なくともそこにある。

体に傷は残らないが、斧が証明していた。


なのに。


「……誇れることなのにな」


虚しさと怒りが喉の奥まで昇ってくる。

ダメだ。


「ダメだ、ダメだ!」


思考を中断させて、いまに集中する。

昔から怒りっぽいと言われた癖だ。


眉間に皺が寄る。

息を吸って、吐く。

怒りごと吐き出すつもりで吐く。

もう慣れた。



 ◆



目の前に木人がある。

ただの木人じゃない。

魔力の籠った木人だ。

ギルドの魔法使いが生成したもので、

生物が身体強化したときの質感をなぞっているらしい。


動きはない。

強弱もない。

実戦とは違う。

でも練習には十分だった。


木人の顔を見て、俺は息を呑んだ。

写真が貼られていた。

しかも顔面が執拗にいじめられたような跡がある。


「陰湿ぅ……」


事情は知らない。

見なかったことにしたかったが、そのままポイ捨てしたら俺が犯人みたいになる。


写真だけはがしてバックのサイドポケットに入れる。


「後で処分しよう。俺がやったように見られるのだけはマジで勘弁」




では打ち込みだ。


ずっと考えていた。

自分の速度を補う方法。

答えはいくつかあるが

相手の速度を奪う、カウンター、捨て身の攻撃。


今回は速度を奪う事に注視する。

起点は足だ。

二足でも四足でも同じだろう。


浅い切り傷では足りない相手もいる。

逆にカウンターを食らう可能性もある。


でも俺には回復がある。

即死や自らの脚を落とされでもしない限り、しぶとく粘れる自信だけはある。

遅いせいで追撃を浴びながら延命してきた回数なんて数えきれない。


スライムは遅い。

ゴブリンやコボルトは追いついてくる。


想定はそのへんだ。

子どもくらいの身長だから、狙うなら股関節周り――そう決めて木人を見た。



構える。

斧を横に寝かせる。

刃は膝の高さ。

柄を両手で押さえ、腰を落とした。

牽制にもなるし、外れても次に繋げやすい。

複数相手ならなおさら、低く広い軌道のほうが現実的だ。


魔力を全身へ回す。

次に斧へ。

狙いは足。

地面を踏む。

腰を回す。

柄を押し込むようにして、横へ払った。


黒い刃が空気を裂いて、低い音が耳の横を通った。


次の瞬間。

刃は狙った股関節からズレて、木人の俺から見て右ももを叩いていた。


ガッ、と硬い音。


斬れた感触じゃない。

弾かれた。

いや、止められた。


狙いが外れたのは言わずもがなとしても、

攻撃力に自信のある俺が、動かない的に止められる時点で話にならない。


新人が練習する場だ。

切断までいかなくとも、脚の半分くらいは抉れるような感触がないと、

実戦で速度を奪えるとは言えない。


誰も後ろでフォローしてくれない。

甘えるな。


 「甘えんな」


思考を切り替えろ。自分に言い聞かせる。

静かに修正しろ。

身体強化で一瞬だけ踏み込みを誤魔化しつつ、相手の足を削る――それができないならソロは続かない。


斧の腕も磨く必要がある。

教えてくれる人はいない。

実家で薪割りみたいな経験があったから選んだだけで、メイン武器に斧を選ぶ奴は少ない。

剣はバランスが良くて師匠も見つけやすい。


じゃあどうするか。


俺の中にあるスキル、〔冒険者の一つの心得〕だ。

武器全般の扱いが少し上手くなる。

振る動作をアシストしてくれる。


さっきの打ち込みも、これを使えば狙いはもう少し通っただろう。

だがそこまでだ。

下地の腕が伸びない限り、永遠に斧術の劣化コピーで止まる。


アシストされた動きは再現可能で、初期よりは幾ばくか上手くはなっている。

練習する時間もなく、パーティではそこまで突き詰めなくていい環境だったので現状維持だった。


答えはある。

やるしかない。


「……もう一度」



柄を握り直す。

身体強化と武器強化に加えて、〔心得〕を並行で起動する。

構える。

斧を横に寝かせる。

刃は膝の高さ。

腰を落とす。


さっきと同じ構え。

同じ木人。

同じ距離。


でも、今度は少しだけ違った。


足の裏に妙な感覚がある。

床を踏んでいるだけなのに、体の重さがどこへ逃げているか分かる気がした。


斧の刃が、木人の表面をほんの少し深く削った。

そこで止まった。


「……少し、入った」


感覚を焼き付ける。

スキルを切って振る。


違う。

修正する。都度繰り返す。


オンにして答え合わせ。

足元だけは近い気がするが、結果がオン時と同じにならないから自信が持てない。


もう一度オンで打ち込むと、肩と手に違いがある。

オフのときは逆に肩に力が入りすぎている。

柄を握る指が硬い。

力みの結果だ。修正する。


オンとオフを挟んで反芻する。

上半身ばかり意識しすぎ足がぶれたら汚い言葉が漏れた。

そのたびに地面へ視線を落としてやり直した。



 ◆



――隣の広場で講習が始まった気配がした。

区画から号令が飛ぶ。

新人が木槍を構え、ギルド職員が木剣を片手で受ける。

見える位置まで距離を取って立ち、俺は止めていた呼吸を吐いた。


職員の動きは速い。

速すぎて嫉妬すら無い。

ただ「普通に強い」が眩しい。


新人が突く。

職員は一歩も動かずに受ける。

槍と剣の切っ先が触れる瞬間、地面が踏み潰されたように見えた。

魔力は見えない。

ただ身体強化込みじゃないとありえない拮抗の仕方をしている。

だからあくまで推測だ。


新人の槍の突進に対して足裏で爆ぜた魔力の流れを、

身体強化で一本の線みたいに剣の先まで逃がして、衝撃を相殺したように見えた。


俺は無意識に自分の足の裏を抓る。

さっき覚えた感覚と、あの職員の足元を重ねた。


敏捷Dの俺が真似できるのは形だけだ。

それでも足元が先だと分かるだけで、胸のつかえが一寸ほど動いた気がした。


自嘲も混ざる。

講習を見てちょっと前向きになる自分が、ちょっと情けない。

でも助かる。




何時間続けたのだろう。


床を踏む。


半歩、深く入れた。

腰が遅れない。

斧の重さに身体が引っ張られない。

むしろ身体のほうが先に斧を連れていく。


低く、横へ。


黒い刃が走った。


ゴッ、と重い音。

木人の股関節に刃が食い込む。

今度は弾かれなかった。


「……上出来だろ」


満足はしない。

でも達成感はあった。

暗かった未来が、ほんの少しだけ明るくなった気がしたから。



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ここまで読んで頂きありがとうございました!

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