植物魔法に例外はありません
「じゃあ一応、全国には同じ派閥の人はいるんですね?」
「いる……少ないけど」
「大事なこと、ボソッと言うのやめてもらえます? 何人ぐらいですか?」
「分からない。派閥の人員は幸運値が低く、運に見放されて死にやすいから、増減が激しい」
「びっくりした。だから、なんでそんな恐ろしいことを言うときだけオブラートに包まずに言えるの? 明日は我が身なんだよ?」
おかしいよ、この人。会話の緩急のブレーキ、壊れてる。
試練を乗り越えられずにノクティア様の元へ旅立つ人が多い、とか──ちょっと神秘的に言えるじゃないか。
ていうか何? うちの派閥、毎日デスゲームしてんのかってぐらい死人が出てるってこと?
呪われてる、うちらの人生。
「それから、ここから義務の話」
「義務? 派閥に入ることが義務だって」
「それは加護を受け入れた場合の話。派閥に入ってからの義務は、別」
またですか。また、入ってからデメリットが出てくるのですか。
そうですか、そうですか、分かりましたよ。税金でもなんでも納めますよ、分かりました。
はい、心構え完了。ばっちこいよ。
「メリットの依頼に関係するけど、信頼できるギルドや国からの緊急依頼に、必ず参加すること」
「……取りあえず、内容はどんなものなんですか?」
「主に、ダンジョンモンスターや魔獣の大規模討伐になる」
いやっ、死ぃぬぅぅ!!!!!
俺が一番相性の悪い依頼内容やん!
は?? マジふざけんなよ。リアルデスゲーム開催してんじゃん。
敏捷が低くなくても死ねるやん。幸運底辺の黒穣の森派閥、ぜったい死ぬやん、それ。
「え? っえ? っえ? っえ?」(言葉に出せない、俺の鳴き声)
「それやめて、嫌い」
「こんな反応にもなるでしょ!!! こんな確定で回ってくる試練イベント、用意されてたらさぁ!!!」
「私じゃなくて、国が決めたこと」
国、最低だな。黒穣の森をピンポイントで根絶やしにしようとしてる。
あーーーーーだめだ。抜けようにも、罰が怖すぎるーーーーーーー。
罰の神様でもあるんだよな、ノクティア様ぁ。
「あぁぁ…………どうしよう」
顔を両手で覆って考え込んでいると、肩を軽く叩かれる。顔を上げると──
「強くなればいい。実際、私はここまで生き残ってきた」(多分、どや顔)
「…………」
さらにうなだれる俺。
(それができれば、苦労しないんだよ!!!!)
◇
「それでは、してなかった《魔力の心得》の説明をする」
「ぷぅ」
義務の話でうなだれ、床の模様を眺めつつチロのお腹のマッサージ機械になっていた俺に対して、ノアリアは話し出した。
鑑定室の灯りの揺らぎが壁に細い影を落としている。彼女の声は相変わらず低いが、言葉の一つひとつには芯があった。
「威力を直接増やすスキルではない。器用が足りない分、体の魔力の通り道や使い方を整えたり、調整したりできる心得」
「身体強化の局所的な集中とか、できてるんですが。これに近いことですか?」
「それは身体強化の派生技術。武器強化に近いもの。
貴方のスキルは、魔力のロスを軽減したり、スキルに流す魔力と、スキルから体に戻す効果を調整できる」
「スキルに流す魔力は、なんとなく分かりますけど。スキルからの効果の調整、おかしくないですか?」
「おかしくない。全てのスキル効果は、魔力を根本にして効力を発揮している。
魔法使いが魔力を使って魔法で魔力を炎に変えるのと、
戦士が魔力を使ってスキルで魔力をスキル効果に変えるのは、同じ」
あー、つまり、ボタンに轢かれたあと、頭から順番に怪我した箇所を意識して直してたけど、今後は治る速度とかも、魔力を注ぎ込めば回復速度を早められる、と。
めっちゃ便利やん。てか、スキルレベルの無かった心得のスキル効果を、底上げできる可能性が出てきたな。
頼れるのはチロと心得先生とオートリペアくんだけやん。ありがとう、ずっと一緒にいてよね。
「チロちゃんも鑑定したので、これが写しだよ」
いつの間にか、チロちゃん呼びしてるし。
チロ:レベル1⇒3
| 項目 | 評価 |
| -- | -: |
| 攻撃 | F(10) |
| 耐久 | D(33) |
| 器用 | D(35) |
| 敏捷 | B(63) |
| 魔力 | B(54) |
| 幸運 | A(74) |
| スキル | Lv | 説明 |
| ------- | -: | ----------------------------- |
| 1 | 小物を隠す |
| 1⇒3 | 魔力の匂いを遠方まで感知。複数源の判別 |
称号
《小さな同行者》|効果なし
「おお、すごい。先頭参加しなくても、索敵でも上がるもんだな。流石だぞ、チロぉ」
「ぷぷぅ♪」
わしゃわしゃ、揉むように撫でまくる。掌の下で、小さな体がふわりと温かい。
「してるよ」
「えぇ?」
「鑑定のときに見えたけど。クマくんがボアに撥ねられたあと、ボアに一撃入れて、注意を自分に向けて囮になっていたからね」
「……」
「自分よりはるかに格上の相手に、仲間のために挑む姿勢は、ノクティア様の使徒として賞賛するよ」
チロ、気づかないところでも助けてくれてたんだな。
いっぱいありがとうを込めて撫でてあげる。チロにも、俺の体温と一緒に感謝の気持ちが伝わっててほしいな。
「ありがとうね、相棒」
「ぷぅ?」
「いつか、チロの言葉を理解できるスキル、本当に取れないかな」
「我々の派閥でそれは、難しい」
うっさいな! マジ、レスしなくてよろしい!
いま、俺が感謝してるところでしょうが!!
あんたは会話レベル上げてこいや。まず相手に契約のデメリット、しっかり説明する所から始めろ!
スキルにつられて急いだ俺も悪かったけどさぁ!。
「それでは、私はクマくんの《芽吹きの魔法》の件をギルドに報告してきますので」
「本当に、やめてくれないんですね」(真顔)
はーーー(クソデカため息)。そうですか、分かりましたよ。
◇
おはようございます、クマです。
黒穣の森に加入して一日経ちましたが、現在、私はギルドの一室で植物魔法の講習会を受けています。
はい、昨日の《芽吹きの魔法》のせいで、無事に危険人物判定を受けました。
正面の電子黒板では、懇切丁寧に、なぜ俺たちが危険なのかが説明され続けている。
「植物系魔法・スキルは、一見すると補助に優れた系統です」
講師のギルド職員──いつもの人間の受付嬢じゃなく、植物関連専門の、堅物顔の男性──が、棒読みに近い声で続ける。
「成長促進、土壌改良、固定、足止め。欠点の少ない能力に見えます」
黒板の字が、次々と切り替わる。
俺の席の前と横には、同じく植物関連フラグを背負った探索者が三人。全員、俺より探索者の先輩で、顔が青い。
「しかし、重層化初期に現れた一人の探索者が、この国の常識を塗り替えました」
画面に、とんでもない異名がデカデカと出る。
《花粉マスター》 花守 粉雪
……バカみたいな名前だと思った。日本に住んでる以上、笑えないやつだった。
「異名どおり、花粉の生成・拡散・植物によるアレルゲン源の操作が可能です。
近代日本では、国民のおよそ半数が花粉症を抱えています」
半数。
黒板の横に、くしゃみ・涙・鼻水のイラストと、脱水・アナフィラキシーという文字。
講師は感情を込めず言う。
「高レベル探索者を除けば、理論上、半分の人口に対し、
症状悪化による脱水死、または急性アレルギー反応を引き起こし得ます。
植物魔法で花粉症を促す植物を育て、スキルで花粉を大規模に撒く──
その二つが重なったとき、彼女は《危険人物》として記録されました」
教室が静まる。隣の席の女探索者が、ティッシュを握りしめている。
俺も無意識に鼻をつまんでいた。習慣だ。春が来る前から、日本はそういう国になっている。
「だから、危険人物扱いなのか……」
小声で漏らすと、講師が首を振った。
「いいえ。花守 粉雪本人が危険人物なのではありません。
《同系統の魔法を持つ者が、いつ、どの規模で、連鎖するか》が危険なのです」
黒板が切り替わる。今度は海と空の写真。曇った衛星画像みたいなやつ。
「重層化は地上だけではありません。陸・海・空すべてで環境が変わり、
従来の技術では海上・上空の危険度を正確に測れない時代になりました。
輸入に頼っていた日本は、一気に食糧難に陥りました」
……知ってる。ニュースで見た。スーパーの棚が空くやつ。
「そこで、花守 粉雪の能力が、国にとって不可欠になりました」
画面のトーンが変わる。荒れた山が、何年かの早送りみたいに緑と畑へ変わっていくCG。
魔法とスキルによる開墾。大規模農業。ほぼ一人。
「魔法による山の開墾、大規模農業の成立。
日本の食料自給率は、公表値で百分の百まで回復しました」
百分の百。
教室のどこかで、誰かが小さく「すげぇ」と言う。
講師は相変わらず棒読みのまま続ける。
「現在、彼女は各重層区に存在する勇者・聖女と並び、
単独で日本の命運を担う存在として《国飼い》と認定されています。
戦闘特化の勇者とは異なり、扱いに困る──希望と恐怖を同時に孕む存在です」
希望と恐怖。
黒板の左右に、同じ顔の花守 粉雪さんの写真が二枚並ぶ。左は麦畑と笑顔、右は花粉の渦とマスク。
国飼い。
救世主と天災のどちらにもなれる、二律背反の女性が映っている。
「この国飼いの存在により、全国の植物関連探索者には厳重な管理体制が敷かれています。徒党を組み、日本に危害が出るのではないか──そう恐れられてきました。だから、皆さんはここにいます」
講師が俺たちの方を見る。四人目が、俺。
「新規登録者向け・植物関連スキル説明会。使用届、報告義務、花粉類似操作の禁止項目、居住区域の区分変更。能力の善悪ではありません。密集地での植物の操作リスクです」
黒板の最後に、条例の条文と、壁際の廃れた集落の地図。
三十日以内の転居届。未届なら、依頼受注制限。
「……は?」
声が出た。講師は平然と頷くだけ。
「追放ではありません。配置転換です。低密度指定区域は、探索者用の公式区域です。派閥に所属される方は、派閥の専用宿舎で問題ありません。国飼いの件で無所属の方は、植物を『育てる場所』だけでなく『住む場所』まで規制されています」
俺の《芽吹きの魔法》は、現状、家庭菜園程度だ。
花粉なんか出せない。なのに、帳簿上は危険事物と同じ欄に載る。
「植物魔法に例外はありません」
講師が俺の名簿を見て、一言添える。
「スケールが小さいのは、監視の頻度の話です。住居区分は、同じです」
最悪やんナニコレ。
花守 粉雪さんが日本を救ったのは、本当かもしれない。
でも、そのありがたみの全部が、今日の俺の強制引っ越し届けに変換されている。
黒板の締めに、講師が最後だけ少し声のトーンを上げた。
「植物魔法は、欠点のない優しい力に見えます。
しかし、この国が皆さんに求めているのは、花守 粉雪のような奇跡ではありません。──暴走しないこと、届けを守ること、住む場所を守ることです。以上です。質問は?」
質問?
俺の頭にあるのは「ふざけんな、バカ」だけだった。
口には出さない。出したら、堅物講師がマジレスしてきそうで嫌だったから。
講習会が終わると、手渡しされたのは届け用の封筒と転居案内。
案内先の欄に、小さく《黒穣の森》の印が押されていた。
派閥の宿舎、ってやつか。……二人しかいない派閥の。
◇
渡された荷物を持ち、部屋を出てギルドの入り口側まで歩いていくと、受付のホールで懐かしくも会いたくない奴に出会った。
俺がクビになったパーティーの、ハヤトだ。
別に話すこともなかったが、ハヤトが少し気まずそうに声を掛けてきた。
「よ、よぉ、クマ。調子はどうだ?」
「まぁ、ボチボチかな。ハヤトは?」
「なら良かった。俺らの方も、ボチボチだ……」
話すこともないのに気まずいなら、声をかけるのはやめとけよ。
まぁ、こんなやつだから、少しは俺をパーティーに置いといてくれた。
今でも感謝してる。
特に話すこともないし、こいつにこんな表情させとくのも嫌だったから、切り上げようとしたところで、横から俺より身長の高い、盾を背中に抱えた男が割り込んできた。
「ハヤトさん、この人が、ヒスイさんが言ってた、足切りされた前のタンク兼荷物持ちのクマですか?」
あ? 誰だ、このチャラついたクソガキ。初対面で、ずいぶんな挨拶だな。
初対面の人には、年上・年下関係なく敬語だって、習わなかったか?
あのときの嫌な記憶と、いま生まれた怒りが、俺のこめかみに皺を寄せているのが分かる。
ダメだ。こんなガキが目の前にいるだけで、気が滅入る。
引っ越しもしなきゃならん。さっさと行こう。
「ハヤト、俺急いでるから。じゃあな」
「そ、そうか。じゃあな」
横を通り過ぎ、ため息が出そうになった瞬間だった。
「待ってよ、もっと話そうよ」
俺の左肩を掴んで、引っ張ってきやがった。
予想外だったため、反射でガキの手を振り払ったせいで、手元の荷物を落としてしまった。
最悪だな、このカス。拾えや。
俺はさっきの講習会で渡された資料を、黙って拾っていると、カスが騒ぎ出した。
「え、この植物魔法の講習会資料と居住区域の区分変更書類って」
クソガキの手には、さっき落とした資料が握られていた。
「おい、返せ」
「もしかして、あんた、植物魔法持ちの危険人物なのかよ!」
バカが、バカみたいに大きな声で個人情報をペラペラと宣伝してくれた。
あーーーーダメだ、我慢できないわ。
左のサイドポケットをポンポンと叩き、チロを他の所に行かせる。
「ね、ネズミ飼ってんのかよ」
「阿保みたいに、他人の個人情報ばらすんじゃねぇよ、クソガキ」
「あ!? なんだてめぇ」
「本当のことだろ。動物園の猿かよ、少しは黙れよ」
怒りの沸点に達したのか、右手で俺の胸倉を掴んで、鳴りたてるように続けてきた。
「足遅すぎて足切りされた情けないお前に、言われたくないね!」
「お前こそ、人前で他人を下げて自分を上げないと、自分の価値を証明できないカスだろ。いい加減、離せよ」
外し方が分からない、残念な頭をしてるみたいだから、俺がしてやろう。
胸倉を掴んでるカスの右手首を、左斜め上から左手で掴み、左回りに丁寧に捻じってやる。
すると、なーんと不思議。目の前のクソガキが、嬉しそうに笑顔で外してくれた。
「いだっ。は、離せ」
「親に、人の胸倉掴んじゃいけませんって、習わなかったかよ」
「っ、この野郎!!!」
次は、余った左手で殴りかかってくる。
なんだよ、今頃ガチギレか。こっちはとっくにキレてんのにさ、遅いぜ、ガキ。
握ったままの左手を、俺の左下後方に引っ張りつつ、俺も一歩後ろに。
ガキの体勢が少し崩れ、左後ろ足を前に出してバランスを保つ瞬間に、軸足の右膝を蹴り上げてやる。
俺自身、次は逆に半歩前に出て、体勢が崩れて抱きつきそうな姿勢のガキの前に出て、
顔面が落ちてくる場所に右ひじを置いて、おしゃべりな口をお出迎えしてやる。
右手は握りっぱなしだ。受け身なんてさせねえよ?
「がぐっ」
口でも切ったのか、少し口元を抑えて転がるガキ。今は、最初見た印象より小さく見えるのは、気のせいか。
しかし、あーーやっちゃった……ま、こいつが悪いか。
「俺より上等な足持ってんだろうけど、その分、お前より力はあんだよ。自分より身長が低いからって、力でも勝てると思ったのか、ガキ」
俺を見上げて、怯えるような、怒るような目をするガキを見ながら言ったが、
全然すっきりしない。俺が弱い者いじめでもしてるみたいだ。
てか、このダメージの通り方てきに、レベルは大差ないにしても、耐久は低めなのか?
すぐ立つかと思ったけど、まだ床ペロしてるし。
騒ぎを聞きつけたのか、ギルド職員が駆けつけた。
「ギルド内で騒ぎはご遠慮ください」
「すいません。胸倉を掴まれて、お互いについヒートアップしちゃって。すぐ解散します」
何が騒ぎを起こすだよ。こんなクソガキ探索者にしてるてめぇらの職務怠慢だろうが。
あぁ、ダメだ。頑張って取り繕ってる愛想笑いが、限界にきそうだ。
「ヒスイに直してもらえよ。ハヤト、すまんかったな」
「あ、ああ。こっちこそ、ソウマがすまなかった」
名前、ソウマっていうのか。どうでもいいや、早くモンスターに食われてくれ。
俺はそのままチロを拾って撫でながら、嫌な気分を晴らしつつ、明日のことを考えた。
「明日から引っ越しなのに、災厄な気分だ。途中で野菜の種でも買って、気晴らしに新居で魔法実験でもしてみるか」
弱々しくも睨みつける視線が、最後までクマの背中から離れなかった。




