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足切りのクマは、斧を握る  作者: パスカル


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第15話 黒穣の森へ

 おはようございます、クマです。

 昨日ギルドでソウマと揉め、今日は引っ越しです。

 災厄な気分のまま朝を迎えましたが、やることは決まっている。

 荷造り、届け、新居で種をまく。以上。



 ◇



 引っ越し当日の朝、公認アパートの廊下は妙に静かだった。

 隣室の生活音すら遠のき、足音だけが薄いカーペットを吸い込む。

 管理組合から届いた「お願い」──読めば読むほど退去を促す文面──が、テーブルの上で風で少し揺れている。


 荷物は少ない。あの日から増えたのは、深緑の防具と消耗品、それとチロのケージくらいだ。

 リュックに消耗品を詰め直しながら、窓の外を見る。

 裏手にある大礼拝堂が、朝日を浴びて黄金のように輝き、今日という朝を祝福しているようだ。


「まぁ、うちの神様は明らかに黒色モチーフだから、祝福って感じじゃないよな。

 黒土・闇・腐敗・悲運・試練・再生・罰とか司ってんだもんな」


 後で教えられたけど加護与えた神様きっかけでスキルが発現すると神様由来の物が発現しやすいらしい

 植物魔法の適正って、黒土の部分かよ。後で調べて分かったけど、分かりづらいわ。

 しかも植物魔法にしては内容がしょぼいんだよ。俺の今までの人生の試練、家庭菜園レベルかよ、ってな。


「ぷぅ?」

「うん。今日から場所が変わるだけだ。ごはんは持ってるよ」


 チロが肩に乗ったまま、俺はギルドの指定窓口へ向かった。

 手続きは淡々とした。追放じゃない、配置転換。家賃は今までどおり、と言われた言葉を、もう何度も聞いている。

 そんなに心配?俺が植物魔法で暴れだすとでも思ってるの?


「植物関連の居住区分は、派閥の有無で分かれます」


 職員は、慣れた声で続けた。講習会の堅物顔とは別人だが、言うことは同じ系統だ。


「霧森神キリハ様、白穣女神ルミナリア様──いずれも植物・薬草・収穫と相性のよい神様です。

 所属探索者は、ギルド街寄りの派閥専用宿舎に配置されます。」


 嘘つけ。人気派閥だから人も金も多いだけだろ。

 世界がどうなっても資本主義は正義ですねぇ! ケッ


 窓の外が見える角度から、職員は指で遠くを指した。

 重層区街の内側、壁からまだ距離のある街区。霧緑色の看板が、木と蔦に半分隠れて立っている。

《霧森の宿》──キリハ派の、薬草使い向けの立派な屋根だ。

 その少し東には、黄金色の装飾が日に反射していた。白い壁。

《白穣の館》──ルミナリア派の宿。窓際に花壇があり、探索者らしき人影が、のんびり荷物を運んでいる。


「……いいなぁ」


 ぜってぇ、俺が今から行く所はまともなとこじゃねぇぞ。

 所属人数、二人だぞ。ふ・た・り!


「無所属の植物魔法使い、および、所属先が指定宿舎を持たない方は、ゲート壁際の隔離用廃村へ。

 密集地から離し、監視と報告をしやすくするためです。能力の善悪ではありません」


 隔離。言い換えれば、区画の件で、植物は住む場所まで決められる、と講習で聞いたやつだ。

 聞きましたゲート壁際の隔離用廃村だって。モンスター溢れたら一番危ない場所ですやん、助ける気ないですやん。

 俺は派閥に入ったが黒穣の森だ。ノクティア様の、人数最少の派閥。

 専用の宿舎すら無く、黒穣の森のホームで暮らすことになる。


「黒穣の森の印は、届けと報告の宛先です。申し訳ありませんが、後は自分の目でお確かめください」


 キリハ派なら、森と薬草の神様が背中を押して、霧緑の屋根の下で眠れる。

 ルミナリア派なら、豊穣と幸運の女神に祝われて、黄金の館で茶でも飲めるのかもしれない。

 俺は、ノクティア様の加護と、《芽吹き》と、幸運Fを抱えて、町からすら追い出される。


 おーーーーい、なんだこの扱いの差は!加護貰って結果がこれかよ!

 ホームがあるから首の皮一枚で隔離用廃村行きじゃなかったが納得いかねぇ!

 ノクティア様ぁ!資本主義に胡坐をかいて、貴方の信仰者に無礼を働くこの国に、罰を与えてくださいませ!!!!


 渡された地図には、ギルドを中心にした重層区都市の全体像が載っている。そして、町の壁外の東西の位置に、小さく《黒穣の森》の印。


「いや、ここ、地図上で何も無いんですけど。マジで言ってます?」

「マジです。ここから先は徒歩です。お気を付けください」



 ◇



 ギルド街を出て、壁に向かって歩く。

 内側の街区を振り返ると、霧緑と黄金色の屋根が、まだ小さく光っていた。肩に乗っているチロが「ぷぅ」と鳴き、俺の耳を舐める。

 慰めてくれているのかな、お礼に撫で返す。


 壁外に近づくにつれ、アスファルトは割れ、雑草が継ぎ目から顔を出している。人の気配は薄く、たまに探索者装備の背中が遠くに見えるだけだ。

 風の匂いが変わった。街の活気が遠のき、土と苔と、どこか腐った葉っぱへ。

 空は晴れているのに、日差しの温度が一段低い。重層区街の壁が背後にそびえ、俺を街の外へ押し出していくような気がした。



 東門を抜け、壁沿いに西側へ歩くと、小さな廃村密集地が見えた。

 半壊した家並み。瓦が落ち、窓は板で塞がれ、蔦が壁を這っている。風が抜けるたび、朽ちた木材がかすかに鳴る。

 ギルド街の温室や花壇とは、別世界だ。

 他より綺麗に見えた、大きな建物の扉の横に、《黒穣の森》の印。


「昨日から予想外な事ばかり起きるなぁ」


 ここまでとは思わないじゃんね。0層の廃村と見分けつかないよ?

 二階建てで、大きめの、どこにでもある田舎の家って感じだ。

 見た目がいつ崩れるか不安になる外観を除いて。

 恐らく仮称《黒穣の森》ホームの扉を開ける。

 中は意外に掃除されている。


「……広いな」


 声が、妙に響いた。アパートの六畳一間とは違う。

 ここに住むのかと思っていると、奥からノアリア様がひょっこり現れた。


「何やっているのですか?貴方の家は隣ですよ」

「えぇ?」


 案内されると、腰の高さまで伸びた草が生い茂る庭が正面に広がる。

 先ほどの家と同じ二階建ての民家を紹介された。


「ここが、今日からあなたの家です」


 白かったはずの外壁は雨染みでくすみ、窓ガラスには薄く埃が張りついていた。軒先の雨樋は錆び、庭の草は風に揺れ、どこか人の手が入った跡と、放ったままの自然が混ざっている。

 玄関の扉を押し開けると、湿った木の匂いが鼻をついた。


 中は薄暗い。

 正面には細い通路が奥へ伸びていて、右手には二階へ続く階段があった。階段の板は古く、踏めば簡単に軋みそうに見える。

 左手には居間らしき部屋があり、半開きの引き戸の隙間から、倒れた座椅子と低いテーブルが見えた。


 俺はすぐには奥へ進まず、玄関で足を止めた。


 正面の通路の先には、さらに分岐がある。

 奥へまっすぐ進めば茶の間。その先には台所が続いているようだった。右へ折れれば水回り──トイレと風呂場。左へ行けば寝室らしい。


 生活の跡が残った、普通の民家。


「どうですか?なかなかの物でしょう?」

「まぁそうっすね。正直、外観よりしっかりしていてびっくりしました。掃除してもらったみたいでありがとうございます。」

「私は何もしてませんよ?」

「いや、謙遜しないでくださいよ。さすがにここまで綺麗にするのに時間掛かるの、俺でも分かりますって。」

「前まで貴方の先輩が住んでましたからね。」

「えぇ?」

「もうお亡くなりになってしまいましたから。」


 玄関から一歩下がって、恐らくインターホン辺りがあったであろう場所を見ると、「オグラ」と書いてあった。


「オグラさん、安らかに……それじゃ、細かいところの説明とか、お願いしてもいいですか?」

「私が言うのもなんですが、どおじないのですね。」

「事故物件ならともかく、試練にやられたとかでしょ?さっきまで顔も名前も知らない先輩のために、心痛めたりしないっすよ。」


 冷たいかもしれんが、重層化以来、自分の心の中で大切な人とそうじゃない人の線引きは済んでる。

 こんな時代だ、仕方ないね。

 話を聞くとここ一帯の廃村が我らが黒穣の森の敷地らしい。

 弱小派閥に金などあるはずなく、格安でここ一帯を売られたらしい。

 インフラは使えるが普通に詐欺られてね?買い手無かっただけだろ。


 荷物を置き、チロをケージから出す。

 小さな足が床を駆け、物置の陰に消え、すぐ戻ってきて「ぷぅ」と鳴いた。合格らしい。


「チロ、冒険してきていいよ。ここなら走り放題だからね。」


 俺は買ってきた野菜の種の袋を、テーブルに並べた。

 講習会のあの日の「気晴らしに新居で魔法実験」──計画を、ここで始める。



 ◇



 ついでだから、ノアリア様にも付き合ってもらった。


「何故私が……」

「芽吹きの魔法のせいで、俺がこんな引っ越しになったんだから、魔法ぐらいアドバイスしてくださいよ。ていうか派閥に入った特典の訓練の事、忘れてるでしょ。使徒様が口から出まかせですか?」

「ぐっ、貴方、だんだん私に遠慮なくなってきましたね。…いいでしょう。生意気な後輩に教えてあげましょう。」


 ったりめぇだろうが。ただでさえ人生のレール乱れまくってんのに、横からスキルで釣って俺のレール魔改造してくれたんだから、口約束ぐらい守れよなぁ!!!

 てか、なぁぁぁに忘れてんだよ。自分の後輩に、少しは進んでアドバイスをするぐらいの事しろよ。

 そんなんだから、オグラもお亡くなりになってんだよ!

 そうだよなぁ、オグラぁ!!


「オグラの仇は俺がとる」

「何ですか、急に気持ち悪い。まずは種を、そこの庭に植えてください。」


 気持ち悪いとはなんだ、気持ち悪いとは。失礼な。

 取り合えず、言われた通り、昨日の帰りに買ったピーマンとミニトマトの種を、一粒ずつ植えてみる。


「最初は、イメージしやすい掌に魔法を集め、対象に向けてください。まずは《発芽》から。」


 言われた通りにやってみる。

 原理的にはスキルと同じだって言ってたからな。

 自分の中の《芽吹きの魔法》の《発芽》を意識して、魔力を流し、発動させた。

 初めての感覚だった。今までスキルは自分の体の中で完結し、身体強化は皮一枚、外側で留まっていた。

 身体強化の定着に失敗して体外に霧散した魔力は、何度だってあった。

 いま、俺の手のひらから流れ出た魔力は種に定着し、目の前の地面から、芽が出てきた。


「すげぇ。これが魔法か……」

「何を呆けているのですか。次、行きますよ。」

「感動してんだよ!」

「だから大きな声を出さないで。おサルさんみたいですよ。」


 俺があのクソガキソウマと一緒だと?

 この人、コミュ障っていうより、感受性が……


「なるほどね。次に行きましょうか。」

「何で、いきなり残念な物を見る目になっているのですか。」

「ノアリア様、一緒に成長していきましょうね?」

「魔法は、あなたと比べ物にならない差があるのを、忘れないでください。」


 はいはい、分かりましたよ。

 良い所もあれば悪い所もある、俺が大人になりますよ。


「《活着》、いきます。」

「活着は、根を伸ばし地に繋ぐ段階です。発芽した苗が迷子にならないためのもの。……まずは、それだけで十分です。」


 掌を土に近づけ、魔力がピーマンの芽の根元に触れた。

《活着》を意識する。目には見えないが、根が伸びて地面に食い込んだ感覚が、伝わってくる。

 面白いと思った。続けて《促進》まで行い、上に伸びろと念じてみる。


 土の養分と水分を、根が吸い上げる。そこに足りない分を魔力で穴埋めし、細胞を活性化させる。

 茎が急に伸び、葉が開く。根っこが地面から水分を吸いだす音が、耳の奥で鳴ったような気がした。

 途中で詰まったような反応が出て、一定の高さで促進が止まる。体感、まだいけそうだ。

 少し魔力を継ぎ足してみると、さらに伸びだした。


「やっぱり、すげぇ魔法。」

「もう止めた方が良い。」

「え」


 ノアリアからの忠告虚しく、ピーマンの芽は一瞬で枯れ、目の前に塵だけが残った。


「あれ?」

「急に《促進》で無理やり成長させ、魔力だけでごり押ししたからです。」


 やれやれと言わんばかりに、首を振ってダメ出ししてくるノアリア。

 うっざ。すんませんねぇ!男の子は、目の前に新しいおもちゃがあると夢中になっちゃうんですー。


「貴方の魔法は、普通の植物魔法と違って、実態の植物の初期成育に重きが置かれたものになっています。」

「劣化版って事っすか。」

「そうは言っていません。実体に重きを置く分、魔力の燃費は良いし、普通の植物魔法で実体を対象にする場合、《発芽》《活着》《促進》なんて細かく細分化されていません。」

「あーー、成長って項目の魔法を使ったら、取り合えず伸びるって感じですか?」

「そう。正確には、実体の植物に『成長』という魔法のワンアクションで、その植物が成長可能限界を上限にして、使用者の想像する高さまで伸びる。それだけに魔力は結構使うけれど。」


 こんな細かく魔法使ってないって事か。

 そのせいで、目の前で塵みたいになったけどね。

 短い時間だったが、俺のかわいいピーマンが消えちまった。難しすぎだろ、《芽吹きの魔法》。


「俺、ステータスからスキルから魔法まで低燃費に偏りすぎだろ、しかも魔法使いずらいし。」

「さっきの促進は、本来その植物が届く高さまで来たあと、限界を無視して促進を使ったから壊れたのです。」

「えーっと。つまり俺の魔法は、普通より燃費が良いだけで、伸ばせる高さ自体は同じって事ですか?」

「そう。実体の植物限定。発芽・活着・促進を途中で止められる──

 一般魔法は『成長』で一気に限界まで行くだけ。伸ばせる高さは同じでも、止められるかどうかが違うのです。

 その分、発芽と活着が足りないまま促進や継ぎ足しをすると、さっきみたいに耐え切れず崩れる。根の広がりが浅かったのも理由です。」

「バランスが大事って、そういう事ですか。」

「そう。次は促進まで行かず、活着だけで止めなさい。隣のミニトマトで。」

「ういっす。」


 やっと頼れる先輩みたいになってきたんじゃない、ノアリア様。

 言われた通りに、ミニトマトに発芽と活着まで進める。

 ここまでは難しくない。ぱっと見、小さな目が出ている状態までいけている。

 それよりも、さっきから気になる事を質問してみる。


「根っこから茎まで、なんとなく輪郭が分かるのは、俺の魔法だからですか?」

「正確には、クマくんの魔力だからですね。自分が他人に身体強化や強化魔法を使った時と、似ています。」


 へぇ、と思いつつ、ミニトマトに取り掛かる。

 俺の魔力由来が理由で身体強化に似ているなら、観察の心得で、植物の魔力から伝わってくる、目に見えない根っこの輪郭を観察し、根っこが限界になるまでじっくり成長させる。

 かなり広がったと思う。感覚としては、水平80cm、深さ30cm。


「そこから促進で、無理のない所まで成長させなさい。」


 再度促進を進めてみると、あれよあれよと成長限界まで来た。8cmぐらいかな。

 ただ、地面の栄養が足りなかったせいで、栄養を魔力で補完した。


「実や花を作る段階は、苗全体に負荷がかかるので、今のあなたではやめた方が良いでしょう。」

「魔力ガンガン持っていかれるの、それが原因ですか。」


 俺たちが庭で実験していたのが気になったのか、いつの間にかチロが寄ってきていて、ミニトマトの苗に鼻を近づけ、クンクンしている。


「興味津々だな、チロ。これからは、おいしい乾燥野菜いっぱい食べれるからな。」

「ぷぷぅ?」


 もしかして、《魔香識別》で俺の魔力を感じ取ったのは良いけど、植物に反応があって不思議なのかな。まぁ、そのうち慣れるだろ。


「記念すべき野菜一号は、敬意を称して、偉大なる先輩からちなんでオグラと名付けよう。チロ、オグラに挨拶して。」

「ぷぅ?」

「絶対嫌だ。」


 ノアリア様、わがままはやめてください。オグラのミニトマト、食べさせてあげませんよ?


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