第12話 ご褒美と義務
街を歩きながら、目的地に向かっている。
「チロ、いつも助けてくれてありがとう。昨日までお金あんまり無かったから、やっとチロに日頃のお礼ができるよ」
両手の中に丸く収まるチロに語りかけながら、石で舗装された道路を歩く。
昼に近い時間帯だからか、通りはそこそこ賑わっている。それでもメインの通りから少し外れた路地は、喧騒が遠のき、穏やかな時間だけがゆっくり流れていた。風は乾いた石の匂いを運び、屋根の向こうからは、遠くの市のざわめきがかすかに届く。
「ここが噂の従魔喫茶か」
目の前には、石畳の道に面した木造の二階建て。
窓際には、様々な動物のぬいぐるみが並んでいる。毛並みの色や大きさが違うだけで、どれも同じように丸く、まるで本物の仔が窓の中で眠っているかのようだった。
従魔喫茶《しっぽ亭》。従魔喫茶というには、かわいらしさが浮き出る丸みを帯びた字体の看板が、柔らかな日差しの中で目を引いた。
入口の横には黒板が置かれている。
『従魔用おやつあります』『小型従魔・魔獣同伴可』『暴れる子は店主が泣きます』
最後の一文だけ、妙に字が震えていた。
だいぶ先延ばしになってしまったが、今日までチロの活躍により魔草の採取が捗り、生活費に少し余裕ができた。
ボタンとの戦いのときに約束していたご褒美のために、俺たちは喫茶店に来ていた。
この街は見た目は異世界風の外観になっているが、現代社会の風習も取り入れたニッチなものを生業にするお店もできている。
その中でも、ここは探索者の中でも数少ない従魔同伴OKの喫茶店だ。
調べた限り、ここしかなかった。相当ニッチなお店になる。
「チロ? 準備はいいね?」
「ぶぷう」
心なしか、新しい場所に来られてチロも元気いっぱいで、俺も嬉しい。
俺は扉に手をかけ、中へ入った。
古い鈴が、からん、と鳴る。
扉を開けた瞬間、温かい空気が頬に触れた。
珈琲の香り。焼き菓子の匂い。木材の落ち着いた香り。それらが重なり、店内だけ別の季節にいるような気がした。
店内は森を意識しているのか、木材以外は緑や青など、従魔たちが落ち着ける設計になっている。壁や柱の木目まで、無理に整えず、自然のまま残されている。
見える範囲では、全ての席が特徴的な形をしていて、様々な従魔のニーズに対応したお店のようだ。
入った瞬間、店内の客の視線が集中して、俺は思わず背筋を伸ばした。
「いらっしゃいませ。初めてのご利用ですか?」
女性の店員さんから声をかけられたので、チロを見せながら尋ねる。
「はい、あの、この子、チンチラの従魔なんですが」
「わぁ! この子、チンチラなのに従魔なんですか!? かわいぃ。触ってみてもいいですか?」
「ど、どぞ」
「ぷぅ?」
ごめんな、チロ。推しが強い人に弱いんだ、俺は。
◇
「失礼しました。今回はこちらの席でお寛ぎください」
「ありがとうございます」
店員さんがチロを愛で終えると、案内された席は二畳半ほどの広さだった。
半分はよくあるファミレス風テーブル。もう半分はキャットタワーや、中に穴が開いたハニカム構造のジャングルジムのようなラック。大中小のボールが転がっている。
床は滑りにくい素材で、小さな足でも勢いよく駆け回れるようになっている。
チロを手の中から解き放ち、自由にさせる。
最初は大きな耳をぴんと立て、周りの状況を観察して鼻をひくつかせる。
他の席にも生き物がいるせいか、少し警戒しているようなので、ボールをチロに転がして「大丈夫だよ」と言葉をかける。
やがて、少しジャンプと停止を繰り返したあと、道具で遊んだりキャットタワーを上り下りして、楽しみ始めた。
「今の部屋じゃ、あんまり走り回れないからなぁ。我慢させて悪いな、チロ」
防具もそろったし、0層の魔草採取がかなり安定するはずだ。
あとはサブウェポンで、ナイフや拳用に防刃グローブなどが欲しい。
現状、斧の間合いに入られたら取れる手段が限られる。ナイフなら投擲にも使えるし、悪くない選択だと思う。
飼って後悔しても、何にでも潰しが利きそうだしな。
「さ~て、チロ~。何も遊びに来ただけじゃないんだ。鉱物のハーブとかドライフルーツもあるらしいからな」
俺は意気揚々と、かわいらしい動物たちがデフォルメされているメニュー表を開き、まずは適当に自分の分を選ぼうとして、硬直した。
「え、たっ」
(高ぁ!!)
嘘? こんなに高いの、奥さん?
金欠貧乏生活が板につきすぎて、知らなかったわ。
飲み物一杯でこの値段……(ゴクリ)
横目でチロを見ると、楽しそうに遊んでいる。ビビってんな、今日はチロに恩返しの日なんだ。
店員さんを呼んで、注文する。
「紅茶を一つと、この子用のドライハーブとドライフルーツ。あと、ミネラルウォーターをお願いします」
「かしこまりました」
と去っていく店員さん。すんません、俺には紅茶一つしか頼めませんでした。
いつか一緒に、この店でご飯が食べられるようになるからね、チロ。
情けなさで頭を下げつつ、心の中で決心する。
少しすると、注文したものが運ばれてきたので、チロをテーブルに呼んで手渡し、食べさせてあげると、黙々と食べ始めた。
「取ったりしないから、ゆっくり食べな」
「ぷぷ」
小刻みなチロの齧る音を聞きながら、紅茶を飲もうとすると――
不意に、テーブルの右からコツンと音がした。
店員さんが来たのかと思ったら、そこには――
「……」
「え、どちら様」
鳥がいた。
全身の羽毛は、炭を塗り固めたように黒い。闇夜に溶け込むような羽の質感は、まるで黒鉄を薄く打ち延ばして、そのまま羽の形に仕立てたかのようだった。光が当たっても、輪郭だけがかすかに浮かび、色は深いままだった。
カラスみたいなのがいた。いや、正確には全然違うけど。
こんな厳ついカラスがいるわけないから、明らかに魔獣だ。ほんのりと魔力も感じる。
いきなりの来訪者に、チロも固まっている。
さっきまで、チロは周りの生き物に警戒していたのに、ここまで接近するまで気づかなかった。異常だ。俺も、音が聞こえるまで分からなかった。
そんな俺たちの驚きを気にするそぶりもなく、俺とチロを交互に見つめてくる仮称カラス。
敵意はなさそうだが、このまま見つめられたら、俺もチロもくつろげない。
満を持して、コンタクトをとってみる。
「こんにちは~」
「……」(見つめてくるだけ)
まぁ、ですよね。言葉を話せるわけでもない。
ならば、もうボディタッチでコミュニケーションだろ。俺はもう一度「こんにちは~」と言いつつ、手を伸ばして、なるべく下の方の羽毛を撫でようとしたら――
ピト(伸ばした手に、添えられたくちばしが拒否した音)
「あっ」
ショック。すんごい丁寧に拒否られた。
えぇ、じゃあ何しにここに来たん? 威圧でもしに来たんか。店の中で縄張り意識でも生まれたか。
俺は断固として戦うぞ、おい。チロがまだ食べ終わってないでしょうが!!
とは思いつつも、トラブルを起こす気はないので、店員さんを呼んで対処しようとしたら、いきなり目の前で音もなく飛び立っていった。
「マジで音しないじゃん。気づいたときの音も、着地した音じゃなかったかもしれないな」
こわ。従魔喫茶、こっわ。
あんな暗殺者みたいなカラスが、平気でテーブル横断して飛んでくるの、怖すぎだろ。
今だって、無音で突っ込んでこられたら分からんぞ。
俺はそのあと、紅茶をすすりながら目視で周りを見渡し、警戒を続けて、チロのディナータイムを守り続けた。
◇
今日はもう探索しに行くには遅いし、ボタンを倒してから鑑定をしていなかった。
そのままギルドに行って、鑑定をしてもらうことにした。
受付を見て、いつものエルフさんの列に並ぶと、前のチャラ男に舌打ちを食らう。
は? 顔も悪ければ頭も悪いのか、こいつ。
無視だ、無視。ここで怒ったら、発情したチンパンジーと柵ごしに威嚇しあうのと一緒になってしまう。
発情チンパンジーの順番が終わり、俺の番が回ってきた。開口一番、不思議なことを言われた。
「探索者クマ様、鑑定の予約が入っていますので、鑑定室までお進みください」
「え、俺、予約とかしてませんけど。直接、鑑定室にですか?」
「お進みください」(圧)
最近、露骨に俺だけ塩対応だな。アンケート用紙あったら、最低ランク付けてやるのに。
少しの反抗で、チロを一切見せずに、そのまま鑑定室まで移動した。
◇
「失礼します」
いつもの控室を経由せず、直接鑑定室に入るので、緊張している。
テーブルの向かいには、初めて見る神瞳族の人物がいた。
肌が黒く、耳が長い――ダークエルフと言われる種族。ただ、何故か額の紋章から下の顔のパーツが隠れるように、薄い布を顔の前に垂らしている。
テーブルには水晶が置かれ、怪しい占い師みたいな見た目をしている。
言葉をかけたけど、目も見えないから、起きてるのか寝てるのか分からん。
「すいません、失礼します」
と言いつつ、向かいの椅子に座ると、正面の人物がいきなり、一瞬だけ震えたような気がした。
「す、すいません。何か失礼なことをしてしまいましたか?」
恐る恐る尋ねつつ顔を見ると、顔を反らされる。
(なんでやねん)
なんだ、この人。さっきから挙動不審すぎるぞ。さっさと終わらせてもらおう。
「すみません、自分、なんで鑑定予約が入っていたのか理解できていなくてですね。よろしければ説明していただけると嬉しいのですが」
「……」
本当に何なんだ、この人。この職業向いてないよ。占い師にジョブチェンジしな。
なーーーんで、恐らく呼んだ側が無言で塩対応なんだよ。終わってんだろ。
せめて爆速で鑑定して、写しの紙をくれよ。やることはやって、終わらせてくれ!!!
もういい。沈黙に耐えられん。ここで伝家の宝刀《お花摘み》を発動するために、腰を浮かしかけたら――
「私の名前はノアリア、貴方は女神に認められた加護を受け入れ、私の派閥に入る権利がある。いや、義務がある」
いきなり、早口でマシンガンみたいに重要な言葉をぶつけられた。
俺は言葉の意味を追いかける間もなく、背筋が冷えた。予約も説明もなく、いきなり「義務」だと?
女神に認められた、と言われても、幸運Fの俺が何を間違えたのか――分からないまま、鑑定室の空気だけが、重くのしかかってきた。




