11話 神様とボタンの陰
ボタンとの戦いから三日。正直、充実したとは言いづらかった。
だって防具はボロボロで、探索に行くにも不安すぎる。
だからって何もできないわけじゃない。ここ最近は、朝の散歩がてら礼拝堂にお祈り。
部屋ではネットで斧やら格闘やらの動画や説明記事を見て、
《武器の心得》に使えないか勉強するのが日課だ。
家で貧乏飯と向き合い続けるのは、苦しいのだ。
だが、取り合えず耐えるのもここまで。
今日は待ちに待った、ボタンの防具の納品日だ。
インナーとシャツを着て、すぐ着られるようにしておこう。
何気に、めちゃくちゃ楽しみだったんだ。俺だけのオンリーワン防具。
しかもドワーフお手製だぜ。誰だって興奮する。
ボタンの売却額を手放して、ごねて作ってもらい、
今日まで究極の節約生活をしていた。受け取るまでは、
この節約生活が終わらなそうで、不安もあったからね。
◇
最近のお散歩・早起き習慣のせいで、時間はまだ早い。
今日もこりずに礼拝堂に行くか。
何を隠そう、俺に幸運Fの恨めしさを刻んでくれたボタンの防具を受け取りに行くんだ。
今日は強めにお祈りしておく。
国の運営する宿屋の裏手に、大礼拝堂がある。
マジで、この重層都市の中でいっちゃんデカい。
見た目も「どこのアニメの建物だよ」って感じ。
重層化から一年ちょい。
九州第7重層区の街並みは、異世界人の手でファンタジー寄りに立ち上がったらしい。
魔法とスキルの有無で、建築スピードは天と地ほど違う。元はド田舎だったし、文句を言う奴の方がおかしい。
他の重層区には、まだ近代風の街もあるらしい。
興味はあるが、空や海に何がいるか分からない今、遠出はしたくない。
ドラゴンとかクラーケンが出てきても、驚く暇はない。
礼拝堂の門が解放直前だからか、人はまばらだった。
従魔はさすがに預かってもらう必要があったので――
「いつもすいません」
「大丈夫ですよ。チロちゃん、大人しいので」
俺はチロをシスターに預け、
「いつもありがとうございます」とお礼を言った。
一番人が少ない、端の席に座った。
大礼拝堂には、異世界の神様十柱が並んでいる。
加護を貰えればスキルが増える。信仰に見返りがある世界だから、地球人も目覚めた奴は少なくなかった。
お祈りするだけで得があるなんて、不敬なのか? ……まあ、困ってる側の理屈だ。
正面、左から順に――
白穣女神ルミナリア 市祭神ハカリヤ 地脈慈母神ユラミア 潮境神ナギハラ 境界神ヴェルド
火口炉神アグナヴァル 霧森神キリハ 嵐雨神アマハヤ 開拓神ロウグ 黒穣神ノクティア
それぞれ、異世界人に人気だったり、逆に地球だからこそ信仰されている神様もいる。
神様だって異世界に触れて、信仰逆転現象が起きるんだから、分かんないもんだな。
正直、どの神様を信仰していいか分からんが、願うことは一つ。
(贅沢は言いません。運の向上、金運上昇、どれか一つでもくださいませんか!)
強く願い続けていると、この後のボタンの防具を思い出し、
あの時の川の上でボロボロになり、最後はただただボタンに祈った場面が蘇る。
(ちゃんと俺は前に進むからな)
殺し合って勝ったんだ。ボタンの毛皮まで使って、恥ずかしい死に方はできない。
(神様、見守ってください……)
周りの僅かな音さえも聞こえなくなり、あの時の傷や痛み、深緑色の毛皮、
力強かった黄色の目、血の赤、生と死。
自分はどう生きて、どう死ぬのか。
僅かな間だが、ボタンの生きた軌跡に触れて、
少しだけ神様に聞いてみたいような、聞いてみたくないような、
自分の中で形づけられていない感情が心に残った。
席を立つ足が、妙に重かった。
……考えすぎだ。いつもの俺だ。
◇
「お祈りに来て、心のもやもやが増えたのは皮肉だなぁ」
相変わらず、めんどくさい性格してるとは思う。
席を立ち、邪魔にならないように壁際を歩き、出入り口に向かっていると――
後ろから声を掛けられた。
振り返ると、黒紫の祭服を着た神父がいた。他にも、
赤や白や青と、それぞれ色の入った神父やシスターたちが出てきていた。
「今日はそうなされました? 失礼ですが、疲れていらっしゃる様子」
少し自分のことを言うのは照れ臭かったので、
「さ、最近運の悪い事ばっかりだったので。お祈りに」
と少し茶化して、「不純ですかね?」と言って後悔し、謝ろうとすると、
「いえいえ。人は窮地に立たされた時に、何かに縋りたくなるものです。
家族や友人や愛する人。貴方の場合、神様だっただけのこと。何も不遜ではありませんよ」
「あ、ありがとうございます。恐縮です」
流石、神父様。コミュニケーションお化けだ。
いったい何人の迷える人々と会話してきたのか。
「今日はありがとうございました。失礼します」
いたたまれなかったので、深めにお辞儀しようとすると――
「一つ助言をさせて頂くなら、転んだ場所を、忘れないことです」
「ど、どうもありがとうございます」
転ぶ? ……あの川のこと? いや、違うだろ。
人生、このところ転がり続けているだけだ。
やっぱり場違いなのか。さっきから緊張が止まらん。
さっさとチロを迎えに行こう。
◇
今しがた目の前から去った少年の背中を見送っている神父に、声がかかった。
「黒穣神父、そうなされました?」
「これは開拓神父。いえ、今しがた悩める有望な若者が居たので、お話を」
「それは興味深い。そちらと私達の主は共通点も多い。是非、私もお話してみたかったですな」
「お手柔らかに。そちらも有望な方は多数、いえいえ、そんな事は」
などと、それぞれ別々の主を称える神父たちの日常の話の種になっているとは、クマは気づかなかった。
◇
目的地の工房に着いたので、張り切って呼んでみた。
あの時のやり直しだ。今でも怖いのを思い出すからね。
きれいな記憶に塗り替えたいのだ。
「バルガンさーん! 来ましたー! クマですー!」
「おー、来たか。早く中に入ってくれ」
なんかぬるりと対応された。てか、
「バルガンさんですよね?」
「他の誰に見えんだよ。ほら、さっさと入ってくれ。最終調整するからよ」
他の誰にってか、確実に知らん人には見える。
だって頬もこけて、目の隈もできて、心なしか、
パッツパッツだった筋肉も萎れてる気がする。
けど目だけはギラギラしてるから、本当に怖い。
心配とかじゃなく、俺が怖かったから聞いたんだよ、バルガンさん。
「な、何ですかこれは……」
「驚いたか? これが、あの質のいいボアの毛皮を最大限に有効活用した、俺初めての地球産魔獣防具よ」
店に入ると、びっくりした。
そこには、立派な――
ボタンが立っていた。
二足歩行で立つその姿は、まるでイノシシの獣人の店員さんなのかな?
そうなのかな、と思わせるには十分なほど、見た目はイノシシ100%なのだ。
たとえるなら、北欧の蛮族とかで出てくるヴァイキング。
クマとかイノシシの毛皮を丸ごと、上から被ってるやつ――まんまそれ。
「いやー、まさか地球にあんな奇抜な発想があるとは。
まとめて取れた素材を有りのまま有効活用して、魔力の伝達率の低下を防ぐ発想は見事だった」
すみません、それ、他にものがなかったから素材丸ごと使ってるだけだと思います。
だいたい昔は魔力うんぬんは無かったはずだし。
他にもいっぱい話を聞いていると、やっぱヴァイキング元にしてるとしか思えなかった。
待ってくれ。え? これで探索者するの?
異世界人の探索者でも、ここまでは見たことがないよ?
さすがに、ちょっっっっとだけ直してほしい所が十か所ぐらいあるので、口を開きかけたが――
工房の鏡に映ったのは、たしかに探索者だった。
ただし、イノシシの探索者だ。
「いやー、こいつ、素材を生かすために三日で仕上げるといったが、プライドが許せなくてな。
頑張って二日で皮の仕上げまで終わらせて、今日まで完成させたんだ」
最初、十日掛かるって言ってなかった?
そりゃ、そんな疲れた顔つき・体つきになるわな。
(い、言いづれーー。修正してほしいって言いたーーー)
「取り合えず着てくれ。最終調整するからな」
「ハイ」
そこからは、あれよあれよと肩の可動域や腰回りの締め付けなど、
言われるまま動きをとり、完成してしまった。
鎧というより、獣そのものを被っている。
フードには巨大な牙猪の頭骨が残されていて、
額から突き出した牙が、目元に影を落とす。
毛並みは黒に近い深緑。
湿った森を思わせる鈍い色で、光をほとんど反射しない。
胸元では、切り落とした前足の毛皮が縄のように交差して結ばれている。
腰にも同じように、
身体を固定するため、厚い毛皮――後足の皮が巻かれている。
腰から下の前後左右は、エプロンのような一枚布にスリットを入れて、
足回りの機動力を確保しつつ、
重さを減らしながら、急所だけは分厚い獣皮が覆っていた。
頭部と胸板を拳で叩くと、鈍い唸りが返ってきた。
……正面だけは、賭けてもいい音だ。
「どうよ?」
「素敵な防具です。ばっちり宣伝してきます」
「気に入ったか! いやー、肩の荷が下りた。これで三日ぶりに寝れる」
そう言いつつ、奥の部屋に消えて、すぐにいびきが聞こえ始めた。
「チロ? かっこいい?」
「ぷっ!」(魔力圧)
え? 魔力出した? 今の、俺嫌い?
傷ついたが、このまま宿に帰る事はできなかった。
どんな姿になってもいつも通りカッコイイ相棒である事を
見せつけてあげないといけないからね。
◇
工房が北門近くだから、受けっとった後裏手に進めば
そのままゲートに繋がっている。
このままだと恥ずかしくて帰れない。流石に。
せめて戦える自信をつけて、堂々と帰らせてくれ。
すれ違う人たちのヒソヒソ声が、さっきから煩い。
こっちはドワーフ製オーダーメイドだぞ、ごらぁ!
そこらの鎧と比較にならん価値があるんだぞ!!
とは言えず、背中を丸めながらここまで歩いてきた。
てなわけで、0層にやってきました。
「まずは手ごろなゴブリン一匹がいい。攻撃を受けられるか確認したい。チロ、よろしくね?」
「ぷぅ」
このあいだボタンと戦った土地に来たわけだ。
目の前には、ボタンを落とした橋がある。
「いくぞ」
恥ずかしい所は見せられない。気持ちを切り替えて、橋を渡った。
順にスキルを起動して、いつもの通り身体強化をした瞬間だった。
「何これ」
いつもと違う。魔力が、ボタン防具の部分だけ張りやすい。
俺の肌から放出された魔力を、毛皮の内側から吸い上げて、
外側の表面に張っている感じだ。
「いや、マジですごいぞ」
触りながら《観察の心得》で見て分かった。細かな毛に浸透して、
小さな枝毛にも薄く広がり、毛皮の表面が一種の緩衝材みたいになっている。
「おもろ。二日に短縮してまで仕上げたの、このためか。納得だわ」
いや、本当にすごいのだけど、これが俺の実力だと勘違いしないようにしないとな。
過信しすぎて、ボタンの防具以外の所で怪我して死にましたなんてなったら、
あの世でボタンに食い殺されそうだ。
あと、本当に些細なことだけど、魔力を流すと――
ボタンが生きていた頃、たまに見えていた紫色の光彩が、
黒に近い深緑の毛皮にチラつく。
殺されかけた記憶がフラッシュバックするが、今はその力が味方だ。心強い。
「プッ!」(魔力反応)
「来たか!」
右と左を石垣で挟んだ通路の先に、見慣れたニヤケ面の鉄パイプゴブリンくん。
「こんにちは!ゴブリンくん!」
斧を縮めて持ち、前詰めの構えで突進する。
フードがある今なら、正面の斧を前回より下げて構えられる。
次の構えに移しやすいし、視界も確保しやすい。
《観察の心得》で、少しだけ相手の動きが読みやすい。
最初の一撃は、わざと胸板で受ける。
鉄パイプが深緑の毛皮を叩いた瞬間、鈍い唸りが胸の奥まで響いた。
以前なら、ひびぐらい入ってたはずだ。
(……ひび一つ入らなかった、少し苦しかったぐらいだ)
強気になった俺は、二撃目を斧ではなく、腕の毛皮――小手部分で弾いてみた。
タイミングは大事だが、重心と脚運びが読めるなら外さない。
左肩に打ち込もうとする軌道で迫ってきた鉄パイプの右側面に、
右小手を盾のように見立て、誘導するように受けた。
そのまま角度を変え、左斜め下へパリィした。
地面のアスファルトを、鉄パイプが打ち付ける音が響く。
渾身の振り下ろしを空ぶったゴブリンの喉に、斧のヘッド部分を
右手で押し付けて、試合終了。
◇
「ちょっと左腕の肘あたりにかすったか」
正面は厚い。横は、まだ甘い。
パリィの精度も要練習だ。小手パリィは、たしか昔の侍が刀を弾いていたらしい。
ネットで探して、また学習するのもありかもしれない。
俺は怪我しても回復する。だからこそ、日和らず、過信しすぎず試していかないとな。
(……これで、次の一撃に賭けられる)
「ボタン防具、満足だ」
遅さ前提の俺の作戦で、相手の“先”を取るのに大いに役立ってくれた。
今更ながら皮装備ってのもいい。
攻撃やパリィの衝撃をかなり減らして、
衝撃で俺の行動が遅れないようにしてくれていると実感した。
今の戦闘だけで、それがはっきり伝わってきた。
「リピート確定だな。金はないけど」
進めてくれたガルド様に感謝
「チロ、ちょっとだけ魔草探して返ろう?」
「ぷぅ?」
しょうがない。これ以上の節約生活もきつい。
それに、チロに約束した明日のご褒美もあるし
三日も稼いでいない。
魔草を摘んで売ったあと、今頃眠りこけているバルガンさんに
差し入れでも持っていけば、罰は当たらないだろ。
やっぱ酒かな?




