第44話 獅子の詩篇
◇やさぐれた元女騎士視点
『この盾は女神様から直接賜った、かつての精霊騎士団長、聖レオニーが遺されし聖遺物! 誇り高い『赤き盾』である! 』
クレメンス新教皇の力強い叫びが、天から響き渡った。
(え⋯⋯? あ、赤き盾!? ほ、本物⋯⋯!?)
ドクン。
心臓が大きく跳ねた。
幼い時から叩き込まれた誓いの詩、その一節にある「獅子姫の赤き盾」。それを見せられて、騎士が平静でいられるか。
「軍神が護ったこの地を、これ以上穢させはしない! 私は民の殿となる!」
―― つい先日出会った不思議な女の言葉が、唐突に脳裏をよぎる。
『そのあと、あなたがその剣を誰のために振るうのか……自分で決めなさい』
軍神の御前で無様は晒せぬ。そう、私は騎士なのだ。
騎士の剣は――
「――国と民を護るために、振るうのだ!」
燃えかすとなっていた心の炎がカッと大きく燃え上がり、目に力強い光が宿った、その時。
誰もいないはずの大聖堂の奥から、突如として空気を激しく震わせる音が響いた。
それは、パイプオルガンの重厚な和音。
天上の神が、彼女の覚悟を後押しするかのように。
(獅子の⋯⋯詩篇⋯⋯!!)
◇シュテルンフェルス大聖堂前広場
ねずみ色の外套が大空へと高く放り投げられた。
宙を舞う布が陽光を遮る刹那、露わになった白銀の軽鎧がまばゆい光を弾く。
「――見よ、死の陰の谷に立つ、猛き獅子の乙女を」
赤毛の精霊騎士が、響き渡るオルガンの重低音に乗せて悠然と、凛とした声で高らかに聖句を紡ぎ始める。
その声は、教皇の演説と同じように天からシュテルンフェルス全域へと降り注いだ。
同時に、彼女は大階段へ向かって地を蹴った。
襲いかかる神殿騎士の凶刃。その懐へと深く潜り込み、下から長剣で斬り上げる。
キィィンッ! と甲高い金属音と共に敵の剣が天高く弾き飛ばされ、その首筋から鮮血が舞う。
「――彼女の背には弱き者たちの命があり、故に彼女は恐れを知らず」
その背中をかすめるように飛び込んできた、布で前髪をかき上げるように留めた精霊騎士。
粛としたソプラノボイスで祈りを繋ぐ。
彼女は低い姿勢で敵の間を縫い、流麗な剣技で群がる神殿騎士たちを次々と切り伏せていく。
オルガンが荘厳な和音を刻む中、ダァンッ! ダァンッ! と、それを断ち切るように二つの破裂音が広場に轟いた。
「――敵の剣がその身を刻めども、彼女の眼差しは決して揺るがず」
広場の後方、一段高い階段にいた精霊騎士が、二丁の短銃から硝煙を立ち昇らせている。
厳かに、滔々と聖句を紡ぐ彼女の冷徹な眼差しは一切揺るがず、放たれた銃弾が次々と敵の急所を正確に撃ち抜いていく。
「――彼女がその手に掲げし赤き盾は、ただの鋼にあらず」
教皇の元へ到達した神殿騎士から振り下ろされる刃の前に、大盾を持つ黒髪の精霊騎士が聖句を紡ぎながら割り込んだ。
ガガァァンッ!! と敵の剣が騎士の盾に直撃した瞬間、彼女は全身の力を伝え、衝撃を盾ごと受け流す。
そのまま反転して繰り出した強烈なシールドバッシュが、敵の身体を階段の下まで一直線に吹き飛ばした。
「――その不屈なる意志こそが、最も堅牢なる城壁なり」
雲を抜けるような、どこまでも伸びる声が広場の端まで響き渡る。
吹き飛んだ敵と入れ替わるように、小柄ながら鉾槍を担いだ精霊騎士が赤き盾の前に仁王立ちした。
彼女の揺るぎない体幹から放たれた重い横薙ぎの一撃が突撃してきた敵をなぎ払い、教皇を守るための絶対的な防衛線を構築する。
陽光を一身に浴びてキラキラと輝く金髪。芸術的に――ただし特盛気味にリボンでまとめられた縦ロールをばねのように揺らしながら、細剣を構えた精霊騎士が観衆の中から跳躍する。
「――主よ、御使いの群れとともに、彼女の誉れ高き武勇を称え給え……ですわッ!!」
凛烈たる美声で朗々と聖句を紡ぎながら、タンッ、と彼女のブーツが石畳に着地した。
その一音を境にすべてが止まったように見えた次の瞬間――爆発じみた超速の乱れ突きが吹き荒れる。
残っていた数人の神殿騎士たちは、何が起きたのかを理解する間もなく風穴を空けられていった。
暴徒はまたたく間に一掃され、広場は嘘のように静まり返る。
「――その勇気、我らが胸に宿らん」
そのとき静寂の中から、答唱を捧げる声が聞こえた。
「――その勇気、我らが胸に宿らん」
少し離れた場所から、もうひとつ響く。
精霊騎士たちは赤き盾を掲げているクレメンス教皇を護るように円陣を組み、血濡れた剣を天高く掲げた。
おりしも雲の合間から一条の光がさして、壇上の教皇と精霊騎士たちを神々しく照らし出す。六人の祈りの声が一つに重なっていく。
「――永遠に我らが騎士の光として、星々の間に刻み給え」
大聖堂から響くパイプオルガンの、どこまでも荘厳で優しい和音。
「――その光、我らとともにあれ」
呼応した声は、壇上の誰の声でもなかった。
「――その光、我らとともにあれ」
今度は広場の反対側。
さらに広場のあちこちから。
「――その光、我らとともにあれ」
明日月曜朝に、記念短編を公開予定です!




