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第45話 答唱詩篇

◇クレメンス視点


「――その光、我らとともにあれ」


 広場のあちこちから聞こえる答唱は、まだ止む気配を見せなかった。


 祭壇の前で私を護るように円陣を組んでいた彼女たちが、静かに剣や銃を収めた。そして一斉にこちらへと向き直ると、美しい所作で頭を下げる。


「教皇猊下。ご無事で何よりです。精霊騎士が一人、ミルドレッドにございます。ミレットとお呼びください」

 先頭に立つ赤毛の騎士が、代表して口を開いた。


 もう、声が天から降ってくることはなくなっていた。女神様の奇跡は終わったようだ。


「おお……そなたたち。よくぞ駆けつけてくれた」


 安堵の息を吐き出すと、彼女たち自身も互いの顔を見合わせ、驚いたように目を丸くしていた。


「カテリーナ、あなた地方の砦に左遷されてたはずじゃ?」


 ミレットが尋ねると、額を出した髪型の騎士、カテリーナは苦笑した。


「ええ。任地を無断で離れるなど騎士の規律に反する行為ですが……教皇猊下の大演説があると聞いて、居ても立っても居られず。ディアナこそ」


「そうだな。どうやら皆、考えることは同じだったようだ。なあ、フローデ」


 二丁の短銃を懐にしまったディアナが応じると、大盾を持つ優しげな顔をしたフローデが深くうなずいた。


「本当に。皆さんお越しで何よりです。エリーゼ、セリーヌもね」


「事前の打ち合わせもなしに、皆この広場に集結するとはね。さすがは我ら精霊騎士といったところか」


 小柄ながら鉾槍を担いだエリーゼも、誇らしげに微笑んで周囲を見回す。


「当然ですわ!」


 ひときわ熱を帯びた声で身を乗り出したのは、金髪の残念縦ロールを揺らすセリーヌだった。


「教皇猊下と軍神様のお役に立てるなら、我ら精霊騎士が駆けつけないわけがありませんわ!」


 互いの無事と、言葉を交わさずとも通じ合っていた絆を確かめ合うように、六人の騎士たちは誇らしく微笑み合う。


 だが、彼女たちの視線はすぐに、私が胸に抱えているものへと吸い寄せられるように釘付けになった。


「教皇猊下……その、お持ちの盾は……」

 ミレットが、恐る恐る尋ねる。


「これが……」まるで信じられない奇跡を見るように、カテリーナが身を乗り出した。


「我らは幼き頃より詩篇でその存在を叩き込まれてきましたが、実物など誰も見たことがありません。そちらが、古より歌われる『赤き盾』なのですか……!」


「ホッホブルクと精霊騎士団の紋。騎士団長の位置に猛る獅子……赤い盾、ああ、これは本当に……」

 感嘆の声を漏らすフローデ。


 他の騎士たちも、畏れ多くて触れられないといった様子で、食い入るようにその深紅の盾を見つめている。

 そんな彼女たちの真剣な眼差しに、ゆっくりとうなずいた。


「いかにも。私は神域に赴き、ホッホブルクの血と誇りを守るため……女神様より直接、この盾を下賜いただいたのだ」


「……ッ!!」


 精霊騎士たちの間に、息を呑む音が響いた。


 盾の威光に他の五人が畏れおののく中――セリーヌの様子だけが完全におかしくなった。


 盾には目もくれず、両手を口元に当てて顔を真っ赤にすると、私に勢いよく詰め寄ってくる。


「め、女神様に、お会いになった!? ち、直接!? 

あああ、信じられませんわ! 教皇猊下! 女神様はどのようなお姿でしたの!? や、やはり、あの聖画のままの、美しく神々しいお姿でしたの!?」


「ちょ、ちょっとセリーヌ、落ち着きなさいよ!」

「猊下が困っておられるでしょう!」


 あまりの興奮っぷりにミレットとカテリーナが慌ててセリーヌを両脇から羽交い締めにして、引きはがそうとする。


「すみません、この子は女神様のことになると、いつもこうで……」


 その微笑ましくも騒々しい光景に、私は張り詰めていた緊張が解け、思わず苦笑を漏らしてしまった。


 広場から、再び獅子の詩篇が聞こえてくる。

「――見よ、死の陰の谷に立つ、猛き獅子の乙女を」

 先ほどとは違う。今度は精霊騎士たちではなく、名も知らぬ信徒たちが歌っている。


「しかし、バルバロスがあのような……公爵様を……療養されている、などと嘘をついていたのですね」

エリーゼが悔しそうに口を開いた。


「卑劣な。許せない」

冷たい眼差しでディアナがつぶやく。


「バルバロスの私邸には、いまカイル殿たちが行っているはずだ」


「……カイル殿?」


「亡くなったとされていた公爵様の実子、最後のホッホブルクの血を引く御方だ」


フローデが目を見開く。

「若! 若が生きておられるのですね!」


 ふいに、上層階からかすかな気配を感じた。

 視線を上げると、先ほどまで見事なパイプオルガンの伴奏を響かせていた部屋の窓に、一つの人影が見える。


 麻の青いドレスを身にまとった、焦茶髪の女性。

 一見すれば平民の町娘にしか見えないが、私は知っている。女神レヴィナ様だ。


 目が合うと、彼女はいたずらっぽく、しかし優しげに手をひらひらと振り、スッと奥へと姿を消した。


(――どうか、この後の戦いも見守っていてください)


 誰もいない窓に向かって、心の内で深く、深く感謝の祈りを捧げた。



◇


 ミレットが、広場の入り口にあったホッホブルクの旗を抜き取った。


 カテリーナが群衆に向かって叫ぶ。

「我らは城に向かう!」


 群衆から答唱が返る。

「――その勇気、我らが胸に宿らん!」


 ミレットが高々と旗を掲げる。

「皆のホッホブルクを取り戻す!!」


「――その光、我らとともにあれ!」

 幾千の声が重なり、広場を揺らした。



いつもお読みいただきありがとうございます。


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本編第4章にも登場する、とある人物のお話です。

独立した1話完結ですので、よろしくお願いします。


下にある「関連作品を読む」リンクからも行けます。

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