第35話 おやっさん
数日後。
わたしは空高くそびえ立つ尖塔の屋根の上に腰掛け、頬杖をつきながら眼下の大通りを観察していた。
やがて、遠くの城門からものものしい護衛に守られた数台の馬車が、ゆっくりと街の中へ入ってくるのが見えた。
窓からちらりとクレメンスさんの姿がのぞく。どうやら無事に到着できたらしい。
馬車の列が壮麗な大聖堂の敷地内へと入っていくのを見届けていると、その最後尾の馬車から、見慣れた顔ぶれがゾロゾロと降りてきた。
カイル、ザンク、それに同行していた元第三騎士団の荒くれ者たち。
(よし、お出迎えに行こうかな)
屋根からスッと身を乗り出し、そのまま虚空へと足を踏み出した。
落下しながら精霊式を編み上げ、足元に上昇気流のクッションを作り出す。
大通りの死角になる路地裏を狙って、スカートの裾を押さえながら彼らのすぐ脇へと音もなくふわりと着地した。
「……で、ミレイユちゃんは?」
「うおっ!? びっくりしたぁっ!!」
背後から突然声をかけられたカイルは、肩を大きく跳ね上がらせて素っ頓狂な声を上げた。隣にいたザンクも「ひぇっ、姐さんか!」と目を丸くしている。
「脅かさないでくれよ……上から降ってきたのか?」
「まあね。追いつくって言ってたのに、先に来ちゃっててごめんね」
ペロリと舌を出して笑うと、カイルは呆れたように大きなため息をついた。
「いいけどさ……ミレイユは、教皇猊下が心配だから大聖堂でしばらく護衛につくってよ。三日後にはこっちへ合流する手はずになってる」
「そっか。さすがに護衛がいないのは怖いもんね」
カイルの計画によれば、ミレイユちゃんが合流するまでの三日間のうちに、ザンクの伝手で拠点となるアジトを探し、バルバロス邸を警備している護衛騎士たちの懐柔を進めておく段取りみたいだ。
ふと、カイルがわたしの顔をしげしげと見つめてきた。
「……あれ。髪色ちがくないか? 前に見たときは銀髪だったし、本来は金髪のはずだろ」
今のわたしの髪は、港町で偽装していた銀色でもなく、目立つ金色でもない。王都の雑踏に紛れやすいよう、少し赤みがかった焦茶色だ。
「あ、気づいた? これね、光の屈折を水蒸気でコントロールして、色んな髪色に変えられるの。すごいでしょ」
「へー」
胸を張ってドヤ顔で自慢したのに、カイルの反応は塩を通り越して無風だった。
十六歳の少年には、この高度な構造色の凄さがイマイチ伝わらないらしい。悲しいね。
「まあ、目立たないに越したことはねえっすからね。姐さん、こっちです」
◇
ザンクに促され、下町エリアへと足を踏み入れた。
大通りに立ち並んでいた豪奢な石造りの建物は姿を消し、細い路地の両側には木造の長屋や小さな商店がひしめき合っている。
ごみごみしてはいるものの、行き交う人々の話し声や夕飯の支度をする匂いが漂っていて、どことなくホッとするような活気と生活感があった。
「この辺りは勝手知ったる場所でしてね。知ってるヤツがいるから、ちょっと待っててください」
ザンクが立ち止まったのは、さまざまなガラクタや工具が乱雑に積まれた、古びた道具屋のような店だった。
「おやっさん、いるかい?」
ザンクがガラガラと扉を開けて声をかけると、店の奥から気難しそうな顔をした小柄な老人が顔を出した。
その老人はザンクの巨体を見るなり、パッと顔を輝かせる。
「おうおう! ザンクじゃねえか! 生きてたのかお前!」
「へへっ、久しぶりだな、おやっさん。相変わらず元気そうで何よりだ」
二人は旧交を温め合うように、ガッチリと固い握手を交わした。
「実は、近くで十人ちょっとが寝泊まりできる小屋を探してんだ。短期でいい。どこかツテはねえか?」
おやっさんは腕を組んで少し考え込んだ後、ポンと手を叩いた。
「それなら、一つ先の通りにある古い倉庫がちょうど空いてるな。俺が持ち主に話をつけておいてやるから、今すぐ行って使っていいぞ」
「助かるぜ、恩に着る」
おやっさんは、後ろに控えているカイルやわたしたちの姿をチラリと見たが、身元や事情を詮索するような野暮な真似は一切しなかった。
「ザンク、あの人とは古い知り合いなの?」
「ええ。オレが第三騎士団長になる前から、色々と世話になってる親父さんでしてね。口は堅いし、信用できますよ」
店を出て歩きながら、ザンクが誇らしげに教えてくれた。
とてもよい関係性が築かれているみたい。
案内された建物は、確かに年季の入った古い倉庫のような外観だった。
中に入ってみると、木箱などが端に寄せられていて、そこそこ広い。
十数人がとりあえず寝泊まりする拠点としては、十分すぎるほどの空間だね。
「奥に居住用の小部屋が二つだけあるみたいだな。一つはレヴィが使ってくれ。俺たちは適当にその辺で寝るから」
「ありがと!」
それぞれが荷物を下ろし、倉庫の中にほっと一息ついた空気が流れる。
車座になって座り込んでいるカイルとザンク、そして第三騎士団の面々に向き直った。
「さてと、ここまでの情報を共有しよっか」
その声に、全員の顔から長旅の疲労が消え、スッと鋭い戦士の顔つきに変わる。
カイルの報告では、道中は怪しい気配は何度かあったものの、暗殺者までは現れなかったみたい。
わたしからは、バルバロス邸の大まかなイメージを伝える。
「今回の目的は、バルバロス邸へ潜入し、悪事の証拠を掴むこと。……決行の日は、五日後にするわ」
「五日後……何か理由があるのか?」
カイルの問いに、ニヤリと笑う。
「五日後、このシュテルンフェルスに『大雨』が降るからよ」
気象研究庁の予測と、前世の気象予報士としての観天望気で間違いないと言える。
「雨風の音と暗闇は、屋敷へ潜入するための最高の隠れ蓑よ。五日後、大雨に乗じてバルバロス邸へ潜入する。それまでにザンクたちは護衛騎士たちの懐柔をできるだけ済ませておいてちょうだい」
広場の「パンとサーカス」も雨ならお休みだろう。当日の準備や逃走の邪魔になるし、周りに人が少ないに越したことはない。
カイルは深くうなずき、ザンクたちも気合いの入った顔で拳を打ち合わせた。




