第29話 中枢へ
朝食を終えたパレスの一室で、わたしたちは大きな円卓を囲んでいた。
卓上には精緻な市街地図が広げられている。いよいよホッホブルク奪還作戦だ。
「さて、どうやってバルバロスの館に踏み込むかだが……」
腕を組んだカイルが、地図の『バルバロス邸』あたりをトントンと指先で叩き、口火を切った。
「俺としては、腕の立つ傭兵を集めて夜中に奇襲するのが確実だと思う。街中で大軍を衝突させれば、関係ない領民に犠牲が出るからな」
「若の案に賛成です。十分な資金さえあれば、腕の立つ傭兵は雇えます。少数精鋭で館の守りを突破すれば、領民への被害を抑えつつ確実な打撃を与えられるでしょう」
カイルの提案に、ザンクが低く落ち着いた声で同調する。
領民の安全を考慮した、彼らなりの理にかなった作戦だ。でもわたしは小さくため息をつき、手にした羽ペンを地図の上に静かに置いた。
「……却下よ。一瞬で片がつけばいいけど、もし少しでも戦線が膠着したらどうなる? 相手の数と装備が勝っていれば、結局は市街戦へと発展してしまうわ」
「うっ……たしかに、少しでも手こずれば領民を巻き込む危険はあるが……」
痛いところを突かれたようにカイルが言葉を詰まらせると、ミレイユちゃんが冷徹な事実で彼の案をさらにバッサリと切り捨てた。
「それに、バルバロスも馬鹿ではありません。聖堂騎士団がガッチリ警備を固めています。
奇襲などすぐに察知され、無駄に血を流すだけですよ」
バルバロスの実の娘として、多少なりとも内部事情を知る彼女の言葉は、この奪還劇がいかに難しいかを全員に突きつけていた。
「じゃあどうするんだ? 大軍での正面突破も、精鋭での奇襲も無理となれば、いつまで経ってもホッホブルクは取り戻せないぞ」
カイルが苛立たしげに髪を掻きむしる。
その後も「別動隊で陽動をかける」「補給馬車を襲って兵糧攻めにする」といった案が出たものの、決定打には欠ける。重苦しい沈黙だけが何度も場を支配した。
円卓の向かいで、目を閉じていたクレメンス教皇が静かに口を開いた。
「皆さんが武力でバルバロスを討ちたい気持ちはわかりますが、あの男の力の根源は『教会の庇護』と『莫大な資金』です。それらを断ち切らねばなりません」
「権力の根源を断ち切る……」
「ええ。ですから、私は一足先に大聖堂へ戻ります」
その言葉に、全員が息を呑んだ。
「戻るって、敵のど真ん中へ!? 殺されるかもしれないんだぞ!」
「命を懸ける覚悟はできています。教皇としての権限で内部を掌握し、大衆の面前で悪事を告発できれば、バルバロスを『異端』として正式に破門にできるでしょう」
クレメンスさんは、ゆるぎない決意でカイルを見据えた。
「問題は、告発のための『決定的な証拠』がないことです。海賊として拿捕した船の積荷だけでは、バルバロス個人の罪を立証しきれません」
「……証拠なら、心当たりがあります」
張り詰めた空気を破ったのは、ミレイユちゃんだった。
「館の地下に隠し金庫があります。教皇選挙の裏帳簿や、逆らう者を消した……カイルのお父様を暗殺した時の指令書も、確実に保管されているはずです」
「なんだって!? だったらそこへ忍び込んで盗み出せば……」
「言ったはずです。館の警備は厳重だと。ネズミ一匹入り込めません」
再び、重い絶望感が部屋に沈み込む。
失敗すれば、カイルたちの命はない。クレメンスさんも暗殺されてしまうだろう。
綱渡りどころか、蜘蛛の糸の上を歩くような作戦。
でも、その息の詰まる静寂の中。ザンクがニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「警備の数が多すぎるなら、減らせばいいじゃないですか」
「ザンク?」
「若。ホッホブルクの街には、聖堂騎士団とは別に、元々領地を護っていた『元ホッホブルク騎士団』の連中がいるはずです」
元第三騎士団長としての顔を持つザンクの言葉に、全員の視線が集中する。
「オレが不満を溜めている騎士どもを丸め込んでみせますよ。若が『正当な公爵家の後継者』として名乗りを上げれば、あいつらは必ず味方につく。
潜入のときに館の警備をしないよう伝えておけば、手薄になるはずです」
「……なるほど。それなら、街の被害も最小限に抑えられるな」
カイルの目に、わずかな希望の光が宿った。
「あとは、手薄になった館の地下金庫へ、誰にも見つからずにどうやって潜入するか、だが……」
「そこは、街に入ってから探りましょう。まずは普通に街へ入って、目立たない下町あたりにアジトを確保するの。そこを拠点にして、館の図面や死角、警備の穴を洗い出すわ」
地図の上、バルバロスの館の周辺を丸く囲む。
「……探せば必ず、どこかに安全な潜入ルートがあるはずよ」
「わかった。まずはアジトの確保と情報収集からだな!」カイルが立ち上がった。
「俺たちで館の潜入ルートを探り、証拠を盗み出す。そのあと、教皇様が大聖堂で奴を破門にする……!」
「ええ。 ……これなら、街を傷つけずにバルバロスを追い詰められるわね」
わたしもカイルの隣で、力強くうなずいた。
「よし……これで、方針は決まったな」
作戦の全貌が定まった瞬間、極限まで張り詰めていた部屋の空気が、ふっと緩む。
気づけば窓の外はすっかり暗くなり、夜の帳が降りている。朝から始まった会議は、白熱したまま夜まで続いていたのだった。




