第27話 大宴会
かつてレオニー団長も招いたことのある、見晴らしの良いバルコニーが続くリビングルーム。
カイルやミレイユちゃん、クレメンスさんにはふかふかのソファーを勧め、ザンクたち第三騎士団の面々には、他の部屋から椅子を持ってきて座ってもらう。
「部屋はいっぱいあるから心配しないで。もう遅いから、込み入った作戦の話は明日にしよっか」
皆を見渡し、にっこりと微笑んだ。
「今日はみんなの無事と、クレメンス新教皇就任のお祝いにしよう。簡単だけど、ご飯を用意するね」
「お、お祝い……っ!?」クレメンスさんが目を大きく見開いた。彼は床に平伏し、大粒の涙を流して号泣し始めた。
「畏れ多くも女神様自ら、私めのような者の教皇就任を祝福してくださると……!? あ、ありがたや……! なんという奇跡……生きていてよかった……っ!」
「ほら、また教皇様が拝みだして泣いてるぞ。誰か起こしてやれよ」
呆れたように言うカイルの言葉に、皆が苦笑する。
(聖職者だから仕方ないけど、毎回リアクションが大きいね……)
やれやれと思いつつ、「ちょっとまっててねー」と言い残してキッチンへ向かおうとしたわたしの背中に、声がかかった。
「あの、私も手伝います」
ミレイユちゃんが、すっと立ち上がって申し出てくれた。
(ほほう。できた子!)
◇
彼女を連れて、リビングの奥にあるお気に入りのキッチンへと向かう。
このキッチンは、前世のシステムキッチンを思い出しながら造り上げた自信作。材質のほとんどがクリスタルガラスでできているんだよね。
引き出しの中も冷気を循環させている冷蔵庫も総ガラス張りで、どこにどんな食材がしまってあるか一目でわかる超実用的な設計なのだ。
もちろん、火を扱う部分はガラスではなく、熱に強い花崗岩で出来ているけど。
「機能的で美しいでしょ?」
振り返ると、ミレイユちゃんはキラキラと透き通る総ガラス張りの空間に完全にドン引きして、入り口で固まっていた。
(……まあ、普通の台所とはちょっと違うもんね)
わたしは彼女と一緒に、ガラス張りの冷蔵庫から保存容器を次々と取り出した。
「えっと……これは、お野菜と、お肉ですか?」
「うん。今日はせっかくのお祝いだから、わたしの故郷の『オードブル』っていうのを作ろうと思って」
薄くスライスしたパンの上に、冷やしてある常備菜を乗せていくカナッペ。
前世のちょっとしたパーティー料理だけど、火を使わなくていいからすぐできるし、見た目がすごく華やか。
小さなナイフを手渡し、お手本を見せる。
「こんな風に、パンの上に薄切りの肉とチーズを乗せて、最後にこのオリーブを飾ってね。こっちはサーモンの冷燻と玉ねぎのマリネ。色合いが綺麗になるように、ミレイユちゃんの好きに組み合わせて並べてみて」
「は、はいっ。こうですか?」
少し緊張しながらも、楽しそうに具材をトッピングしていく。
赤や黄色、緑の鮮やかな具材がガラスの大皿に並んでいくのを見て、彼女の口元がふふっと微かにほころんだ。
「……こういうの、初めてですが……綺麗ですね。とても楽しいです」
頬を染めて微笑むその顔は、影のある操舵手ではなく、等身大の可愛らしい少女そのもの。
「上手上手。すごくセンスいいよ」
楽しそうにカナッペを作ってくれている間に、わたしは男たちのお腹を満たすための準備に取り掛かる。
別の保存容器から、香草と一緒にじっくりと火を通しておいた大きな牛肉の塊を取り出した。
ナイフを滑らせて『ローストビーフ』へと切り分け、カナッペとは別の大皿へたっぷり重ねて盛りつけていく。
さらに酸味を効かせた白身魚の冷製マリネなんかも綺麗に並べれば、ガッツリ派も満足してくれるはず。
「飲み物は、これにしようかな」
グラスにレモンと蜂蜜を合わせたシロップを。そこへ地下の貯蔵庫に溜めてあった『炭酸水』を注ぐ。
炭酸の気が絶対に抜けないように、密閉した樽の中を精霊式で常に高気圧状態に保ち続けている……という、神の力の平和利用である。
試しに小さなコップで彼女に飲ませてみると、未知の刺激と爽やかな果実の酸味に、びっくりして目を丸くしている。
その反応にふふっと笑いながら、全員分のグラスに炭酸水をたっぷりと注いだ。
色鮮やかなカナッペやローストビーフの大皿、そしてグラスをキャスター付きのガラスのワゴンに手際よく乗せる。
「ミレイユちゃん、一緒にみんなのところへ持って行ってくれる?」
「わかりました!」
ワゴンを押しながらリビングルームへ戻る。美しく並べられた料理の数々に、カイルやザンクたちが目を丸くした。
「おいおい、なんだこの宝石みたいな料理は……!」
「うおお、見たことねえ食い物ばかりだぜ!」
わたしは全員を見回した。
「激戦を乗り越えたみんなの無事と、クレメンス枢機卿猊下の新教皇就任を祝いましょう!」
「「「おおっ!!」」」
みんなが炭酸水を呷り、食事に手を付ける。
「ぷはーっ! なんだこの弾ける水は!? 冷たくて美味え!」
「すごいな……これ、ルカ……いや、ミレイユも作ったのか?」
「うん……私が飾り付けたの。食べてみて」
ミレイユちゃんが少し恥ずかしそうに頬を染めてお皿を手渡すと、カイルは一口食べて「すげえ美味い!」と満面の笑みを向けた。
野郎どももワイワイと身を乗り出し、神聖なパレスのリビングは完全に港の酒場のようなノリになっていた。
「この赤い肉、柔らかくて最高だな! おいザンク、そっちの厚いやつは俺が先に見つけたんだぞ!」
「何言ってやがりますか若! 飲み食いと戦場じゃあ、油断した方が負けなんですよ!」
「お、お二方とも、聖域でそのような……落ち着いて……っ!」
カイルとザンクがローストビーフを巡って睨み合い、涙目のクレメンスさんがオロオロと止めに入っている。
わたしは呆れるよりも先に、思わず声を上げて笑ってしまう。
「こらこら、ケンカしないの。みんなが食べられるだけたっぷりあるから、安心しておとなしく座りなさい」
ミレイユちゃんも、自分の分のカナッペと取り分けた肉や魚を上品に頬張っていた。
「ん……、おいしい……」と顔をほころばせる姿を見ているだけで、こちらまで幸せな気分になってくる。
ザンクたち第三騎士団の面々も、クレメンスさんも、そしてカイルも、未知の洗練された料理と炭酸の刺激にすっかり満足してくれたようだ。
難しい作戦の話は、また明日。
普段は静寂に包まれる夜のクリスタル・パレスは、数百年ぶりの賑やかな笑い声で温かく満たされていた。




