第21話 告発
◇ミレイユ視点
孤島の修道院の中心に位置する、荘厳な大礼拝堂。そこが、聖教の次期トップを決める『教皇選挙』の会場だった。
扉が重々しい音を立てて閉ざされ、外部との接触が完全に断たれる。
薄暗い堂内の壁際には、枢機卿たちの座る天蓋付きの豪奢な椅子がずらりと並び、その背後には私と同じような地味なローブを深く被った従者たちが数人ずつ控えていた。
クレメンス枢機卿の斜め後ろに立ち、フードの奥から鋭く正面を観察する。
ひときわふんぞり返っているのは、バルバロス派の筆頭であり、異端審問のトップを務めるギード枢機卿だ。その背後には、彼に仕える大柄な従者たちが数人、彫像のように控えている。
「ギード卿」「ギード卿」……。
堂内に重苦しい絶望が満ちていく。 集計係の枢機卿が、祭壇の前で投票用紙を一枚ずつ読み上げていく開票作業。
バルバロス派の買収による票が連続して読み上げられるたび、王族派やマイス派の枢機卿たちは苦虫を噛み潰したような顔で沈黙を深めていった。
やがて、すべての開票が終わり、集計係が震える声で結果を宣言する。
「ギード枢機卿、二十六票。……当選条件の二十七票には、わずか一票届かず」
しかし穏健派陣営は安堵するどころか、さらに深い絶望に突き落とされた。
なぜなら、このあとに行われる移譲投票において、「あと一票なら、勝ち馬に乗って恩を売ろう」と寝返る者が確実に出る。
ギードは勝利を確信し、ゆっくり立ち上がって周囲の枢機卿たちをねっとりと見回した。
「さて、諸卿。無駄な腹の探り合いはこれで終わりにしよう。午後の投票を待つまでもない。今、ここで誰か一人、私へ『移譲』を宣言し給え。そうすれば、この選挙は直ちに終わる」
圧倒的なプレッシャー。
誰かが手を挙げれば、その瞬間にギードが教皇になってしまう。 極限の緊張の中、怯えた王族派の枢機卿の一人が、「わ、私は……」と震える手を挙げようとした。
まさにその絶体絶命の瞬間。
「待たれよ、ギード枢機卿!」
静寂を破り、クレメンス枢機卿が凛とした声で立ち上がった。
「バルバロスの手先に祖父を人質に取られ、私を毒殺するよう脅迫された従者が、今朝自ら命を絶ったのだ。
このような卑劣な暗殺を企てる輩と結託する者を、神の代理人に選ぶわけにはいかない!」
クレメンス枢機卿の告発に、堂内がざわついた。 しかしギードは微動だにせず、むしろ嘲笑を深めている。
「証拠はどこにあるのだ、クレメンス卿? 従者が死んだ? 根も葉もない妄言で神聖な選挙を妨害するなど、あなたこそ異端ではないのか?」
証拠がないことを盾にとるギードに、堂内の空気が凍りつき、誰もクレメンス枢機卿を庇おうとはしていない。
「証拠なら、ここにあります」
フードを深く被ったまま、皆の前に進み出る。
「なんだ、その小童は。従者の分際で口を出――」
ギードが苛立たしげに声を上げた瞬間、私は被っていたローブのフードを乱暴に脱ぎ払った。隠していた赤銅色の髪が、ハラリと肩へとこぼれ落ちる。
「私は、ミレイユ・フォン・バルバロス。……あのバルバロスの、実の娘です」
「な、なんだと……!? バルバロスの娘だと!?」 ギードだけでなく、周囲の枢機卿たちからも驚愕の声が上がる。
私はギードを、そしてこの腐りきった聖教の権力者たちをまっすぐに睨みつけた。
「父は母の実家の財産と海運利権を奪いつくすと、用済みとなった母を事故に見せかけて暗殺しました。
私は孤児院へ捨てられ……あの男の悪事をすべて暴き、奪われたものを正すために海賊となってここまで来た!」
過去のトラウマは、もはや私を縛る鎖ではない。一歩踏み出し、激しい怒りを込めてギードを指差した。
「ギード枢機卿! あなたは異端審問と称して無実の人々から命と財産を奪い続けてきた。
そして今度は、母を殺したあの悪党から受け取った血塗られた金で、神聖なる教皇の座を買おうとしている!」
静まり返った礼拝堂に鋭く響き渡る声。
「信仰をビジネスと見なし、己の権力のために非道な買収を繰り返すあなたに、神の代理人を名乗る資格など微塵もない! この神聖な場をこれ以上汚すな!」
一瞬の静寂の後。 理を突かれ、完全な政治的敗北を突きつけられたギードの顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まった。
「黙れェッ!! どこから紛れ込んだか知らんが、バルバロスの娘が男装してこのような神聖な場に潜り込むこと自体が、完全なる異端の証拠だ!」
ギードは狂乱したように立ち上がり、後方の扉へ向かって絶叫した。
「私は異端審問の長であるぞ! このような異端者の戯言に耳を貸すな! 扉を開けろ! 今すぐ外の衛兵を呼べェッ!!」
ドンッ、ドンッ、ドンッ!!
ギードの絶叫に呼応し、閉ざされていた礼拝堂の重い扉が外から激しく叩かれた。
異端審問の権限を盾に、密室のルールを破ってでも外の私兵を乱入させ、力ずくで私たちを排除しようとしている。
枢機卿たちがおびえて道をあける中、私は手首の暗器を解き放ち、クレメンス枢機卿をかばうように立ち塞がる。
強引に扉がこじ開けられそうになった、まさにその刹那。
「――その扉は、開かないわよ」
堂内すべての者へ、透き通るように響く声が落ちた。




