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第17話 アルバトロス

◇フリッツ視点


「おっ、いいもの見つけたわ!」


 カモメの鳴き声と潮風が吹き抜けるミストラル号の甲板で、レヴィが嬉しそうな声を上げた。


 俺達は今、港湾都市から船で三日ほど離れた小さな島の港に停泊して、補給物資を調達している。

 強い日差しと抜けるような青空が、いかにもな南の島を思わせた。


 振り返ると、彼女はメインマストの根元に落ちていた長く白い羽根を拾い上げ、ホコリを払っている。


「アルバトロスの風切羽ね。長旅をしてきたのかな」


「アルバトロス?」


「そう。海風の力だけを利用して、羽ばたくことなく数千キロの距離を飛び続ける凄い鳥よ」


 レヴィは得意げに語ると、赤い三角帽子の側面にその綺麗な白い羽根をスッと刺した。


「どう? これで一人前の海賊っぽくなったんじゃない?」


「……ああ。ずいぶんと様になってるな。少なくとも、うちの野郎どもを力でねじ伏せる女傑に見える」


 俺が苦笑交じりに言うと、レヴィは「ふふっ」と満足そうに笑い、帽子を深く被り直した。


「数千キロも飛び続けるのか。陸地で羽を休めることもなく?」


「ええ。彼らにとって、海の上と風の中が一番の居場所なのよ」


「……休む場所がないなら、ただ風に乗って前に進むしかないな」


 横で黙って聞いていたルカが、深く被ったフードの奥でぽつりとつぶやく。そのボソボソとした声には、どこか自嘲のような響きが混じっていた。


「俺たちと同じだ。帰る場所も、羽を休める場所もない。……ただ、復讐という風に流されて、行き着くところまで行くしかない」


 ルカの言葉に、深くうなずく。

「ああ。俺の故郷は奪われた。奴の喉元を食い破るまで、途中で止まるわけにはいかねえからな」


「おやおや、若い衆がそんな悲壮な顔をしてたら、せっかくの船出が台無しだぜ!」


 船の下から、ザンクが豪快な笑い声と共に階段を上がってきた。


「帰る場所がねえなら、この『ミストラル号』を最高のねぐらにしてやるのが、オレの役目ってもんだ。大将もルカも、心配せずにドーンと前見てりゃいいんだよ!」


 ポンッ、とザンクが俺の肩を太い腕で叩き、そのまま朗らかな声を張り上げた。


「大将! 姐さん! 補給物資と樽の積み込み、終わったぜ!」


「ああ、ご苦労さん。野郎どもは少し休ませてやってくれ」


「へへっ、それにしても大将とルカの操舵、それに姐さんのおかげで、ここ一ヶ月でギルドの船を五隻も狩れちまったからな!

 どの船にも、教会の枢機卿どもを抱き込むための裏金や美術品がたっぷりで、船倉はパンパンだ。軍資金は潤沢すぎるくらいだぜ」


「ああ。……だが、いくら輸送船を沈めて資金源を断っても、親玉が生きている限り、この海の理不尽が終わることはない」


「違いねえ。……で、例の情報屋から引っ張ってきた『親玉の居場所』ってやらの裏は取れたのかい?」


 ザンクの言葉に、レヴィが「船長室で場所の確認をしましょ」と皆に声を掛け、俺たちは船尾楼へと向かった。


 机の上に大きく海図を広げると、ルカがその一角を指差した。


「南の沖合に浮かぶ、名もなき孤島だ。そこで、聖教のトップを決める『教皇選挙《コンクラーヴェ》』が行われる」


 横に立つレヴィが、帽子に刺した羽根を揺らしながら冷たい声で補足する。


「島を取り囲むように、海運ギルドの軍艦がズラリと停泊しているそうよ。そして夜な夜な、教会の中へ向けて小舟で賄賂や脅迫状が送り込まれるらしいわ」


「へっ、神聖な面《つら》を被って、裏で買収や脅迫たぁ。聖職者様たちのほうがよっぽど悪党じゃねえか」


 ザンクが呆れたように太い鼻を鳴らし、海図にツバを吐きかける真似をした。


「血の掟で船長を決める海賊のほうが、まだ裏表がなくてマトモだぜ」


「ああ。俺たちは欲しいものは自分の手で奪う。信頼を裏切って、人を陥れるような真似はしない」


 ザンクの言葉に深くうなずき、胸の奥で黒い炎が渦巻くのを感じる。

 信頼を裏切り、人を陥れる――それはまさに、親父を暗殺したあの男のやり方そのものだ。


「ええ、その通りね。だからわたしたち悪党らしく、嘘や建前は抜きにして、その艦隊をぶっ壊してやりましょう」


 レヴィがふっと不敵な笑みを浮かべ、海図を囲む俺たちの顔を順番に見回した。


「もちろん、艦隊の旗艦である巨大なガレオン船には――」


「……バルバロスが乗っている」


 俺の口からこぼれた声は、自分でも驚くほど低く沈んでいた。

 バルバロス。親父を騙し討ちにした男。

 ギリッ、と強く奥歯を噛み締めたその時、隣にいたルカが引きつった息を漏らした。


 見れば、細い両手は海図の端を握りつぶさんばかりに力み、全身から隠しきれないほどの濃密な殺気が立ち上っている。


「……ルカ」


 声をかけると、ルカはハッとして息を呑み、わずかに顔を背けた。


 バルバロスに対して、ルカもまた深い恨みを抱えていることは知っている。

 詳しい事情までは聞いていないが、その怒りの深さは、親父を殺された俺と同じか、それ以上に見えた。


「行くぞ、ルカ。……あいつの喉元に食らいついてやる」


「……ああ。必ず、あの男を地獄へ送る」


 ルカの暗い瞳の奥に、復讐の業火が燃え上がる。

 そんな俺たち二人を見て、レヴィはフッと口角を上げ、赤い三角帽子のツバを指で弾いた。


「教皇選挙だろうが艦隊だろうが、関係ないわ。……羽ばたかずに飛び続けるアルバトロスには、強い風が必要でしょ?」


「ああ」


 俺は海図から顔を上げ、キャビンの扉を蹴り開けて甲板へと飛び出した。


「野郎ども、錨を上げろ! 帆を張れぇッ! これからデカい獲物を狩りに行くぞ!」


「「「オオォォォォッ!!」」」


 荒くれ者たちの雄叫びが、海風に乗って響き渡る。


 アルバトロスの白い羽根をはためかせながら、ミストラル号は絶海の孤島へ向けて、力強く港を滑り出した。

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