【一万PV感謝企画】 閑話 海の王者
いつもお読みいただきありがとうございます。adrです。
先日本作は無事一万PVを迎えました。
感謝企画の閑話を以下にお送りします。
ミストラル号の船尾楼。
やわらかな陽光が差し込む室内で、わたしは革張りのソファーの上にでろりと液体のように溶けていた。
「ヒマ……退屈……海の上って、移動してない時は本当にやることない……」
狙う敵船の通り道を先回りし、沖合に浮かぶ小さな岩礁の影に船を停泊させてから、すでに半日が経過している。
毛布を抱きかかえ、ほっぺたをソファに押し付けてぼんやり宙を仰いでいると、勢いよくドアがノックされ、フリッツがひょっこりと顔を出した。
「レヴィ。釣りをしようぜ」
「……はい?」
満面の笑みで宣言した彼の手には、どこで調達してきたのか、木製の釣り竿と糸、仕掛けの入った籠が抱えられていた。
「予定よりだいぶ早く着いちゃったからな。船上の皆で釣りをすることになった」
「ええ……釣り? わたし、やったことないんだけど……」
「大丈夫。全員分の道具は揃えてあるから」
半ば引きずられるようにして甲板へ出ると、そこはすでにちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
◇
「おおっ、来た来た! また釣れたぞ!」
「すごいな、ルカ! 綺麗な黄金の斑点……『オラータ(ヘダイ)』じゃねえか!」
「こっちもかかった! 『トリリア(ヒメジ)』だ!」
「俺のは『スコルパノ(カサゴ)』だぞ! 旨いスープが出そうだ!」
青空の下、岩礁に横付けされた船の甲板や手すりに思い思いに腰掛け、ワイワイと全員で糸を垂らしている。
特に目立っていたのは、静かに竿を握るルカだった。
「……ここは潮がぶつかるからな。エサを少し沈めるといい」
ぼそりとつぶやきながら手際よく糸を繰り出すと、面白いくらいに竿がしなる。
あっという間に高級白身魚の『スピゴラ(スズキ)』や、強烈な引きをみせる大型の『リッチョーラ(カンパチ)』を次々に釣り上げる。
野郎どもから「おおーっ!」「すげえなルカ!」と歓声が上がっていた。
「へえ……ルカ、上手じゃん」
感心しながら、わたしもフリッツから受け取った竿にエサをつけ、えいっと海へ放り込んでみた。
……が。
十分経過。二十分経過。
周りは「釣れた!」「こっちも来たぞ!」と盛り上がっているというのに、わたしの浮きだけが、まるであざ笑うかのようにピクリとも動かない。
時々コルクが沈んだかと思えば、得体の知れない海藻か、ふやけた木くずばかりだ。
「……ぐぬぬ」
両手で竿を握りしめ、目を皿のようにして海面を睨みつけていると、後ろから二人ほどの足音が近づいてくる。
「おやおや〜? 姐さん、まだ一匹も上がっていないんすかね?」
意地の悪い笑みを浮かべてザンクがのぞき込んできた。
「戦闘での強さと、海の釣りは別物っすな! ま、お魚には姐さんの凄みも通じないようで!」
「まあまあザンク殿? レヴィ殿は初心者なんですから」
隣に立ったフリッツが、爽やかな笑顔でフォロー……と思いきや、ニヤニヤしながら両手を広げて、
「魚の機嫌ばかりは計算通りにはいきませんからねえ! あ、俺はさっき三匹目が釣れたところで。いやホントすいません!」
と、絶妙に鼻につく自慢を挟んできた。
――ピキ。
わたしの額に、小さな青筋が浮かぶ。
(言わせておけば……! このわたしが、たかが魚釣りに遅れをとるなんて……!)
「よーし……分かった。本気出す」
「はい?」
握っていた華奢な釣り竿をフリッツに押し付けると、甲板の隅に転がっていた太い麻ロープの束へと歩み寄った。
「レヴィ? 何をする気……」
「ルカ! さっき誰かが釣った小魚をちょうだい!」
「……? 『サルディーニャ』(イワシ)か? いいけど……」
首をかしげるルカから小魚を受け取ると、わたしは錨用の巨大な金属フックにまとめて三匹ほどぐさりと貫通させ、太いロープの端にくくり付けた。
(……流体力学と海水温の分布想定から見て、あの遠くの潮目――青が濃くなっている境界線の下に、巨大な回遊魚が潜んでいる確率は極めて高いッ……!)
ブツブツと観天望気っぽい何かをつぶやきながら、わたしはロープを頭上でブンブンと高速回転させ始めた。
コオオオオッ、と甲板に妖しい風が吹き荒れる。
「な、なんだあの回転は!?」
「ロープでやる投擲じゃないぞ!?」
「――そこだぁッ!!」
ドォン!!
砲弾のような音を立てて放たれた仕掛けとロープは、綺麗に放物線を描いて遥か沖合の潮目へとダイブした。
◇
静まり返る海面と甲板。
ザンクたちが「いやいや、何してんのこの人……」と呆れ顔で見守っていた、その時だった。
――ギギギギギギッ!!!!
甲板の木枠に巻きつけていたロープが、煙を上げるほどの猛烈な勢いで引っ張られた。
「ああッ!?」
「うおあっ!? かかった!?」
一瞬でピンと張り詰める太縄。あまりの引きの強さに、ロープを握っていたわたしの体がずるずると海へ引きずられそうになる。
「フリッツ! ザンク! 手伝って!!」
「お、おおっ!!」
「野郎ども、支えろ! ロープを引けぇっ!」
全員がわっと群がって、太縄をがっちりと掴んで踏ん張る。
「くっそ、重いッ! クジラでも引っかかったんじゃねえか!?」
「引きが強すぎる! 船ごと引っ張られているぞ!」
ギチギチと船体が鳴り、太縄がミシミシと悲鳴を上げるほどの凄まじい重圧。
そのとき――遥か沖合、紺碧の海面が前触れもなく爆発した。
ズドッパアァァンッ!!!
大空へと立ち上がる巨大な水飛沫。
逆光を浴び、海面を切り裂いて大空へと躍り出たのは――巨大な、海の王者。
研ぎ澄まされた銀色の魚体。
降り注ぐ光を乱反射させながら滑らかな曲線を描き、鍛え上げられた長剣のごとき上アゴを天へと衝き上げている。
空中でもがき、青空を背に威風堂々と巨体をくねらせるその躍動は息をのむほどに美しく、そして荒々しい。
魚体から飛び散る水滴の一粒一粒が、陽光を受けて黄金色に煌めいていた。
ドッシャァァァン!!!
巨大な水柱を立てながら水中に潜っていく。
――「『ペシェ・スパダ』(メカジキ)じゃねえか!! あんなバケモノ、ロープだろうと人力じゃ上がりきらんぞ!」
ザンクが必死にロープを引きながら悲鳴を上げる。
確かに、人間の力だけであの巨体を水中から引き揚げるのはどう見ても至難の業だ。
(人力で無理なら……)
ロープを引きながらニヤリと唇を吊り上げた。
――再度跳ね上がった海の王者が、空中で最高到達点に達した瞬間。
わたしは巨体の下に高気圧の塊を配置した。
ぼよん。
次の瞬間――
落下するはずだったペシェ・スパダは気圧のクッションによって弾かれ、そのまま風を切り裂いてミストラル号に向かって一直線に飛来してくる。
「なっ……」
「翔んだぁぁぁぁっ! なんでえぇぇっ!?」
――ドウゥゥゥン。
巨体が、宙を滑ってくる。
フリッツの目が見開かれる。
ザンクの口が、ぽかんと開く。
ペシェ・スパダの影が、甲板の端を呑み込んだ。
一メートル。二メートル。
影がこちらへ這ってくる。
そのとき。
握り締めていたロープが、ふっと軽くなった。
「……あ」
テンションが、消えた。
スポンッ。
「「「どわーっ!?」」」
バランスを崩して、みんながドミノ倒しのように重なり合ってバタバタと甲板の上にへたり込む。
直後。
ドスゥゥゥンッ!!!!
巨大な質量が甲板の中央に叩きつけられ、船全体が大きく揺れた。
ビタン! ビタン! ビタン!
甲板の上で、三メートルを超える怪物メカジキが、尾ヒレを猛烈に叩きつけてのたうち回っている。
「「「………………」」」
重なり合って倒れたまま、口をぽかんと開けて巨体を見つめる一同。
ビタンビタンと暴れる音だけが響く甲板の上で、わたしはロープをパンパンと払い、尻もちをついた姿勢のまま、ドヤ顔で胸を張った。
「ふふん! どうよ! これがわたしの本気よ!」
◇
大鉄板でジュウジュウと音を立てて焼き上げられるのは、巨体から切り出された厚切りの『ペシェ・スパダ』のステーキ。
オリーブオイルと塩、レモンの香ばしい匂いが一気に広がり、鼻腔をくすぐる。
さらに大鍋では、スコルパノやトリリアの頭と骨から出汁をとった濃厚な魚介スープ「ズッパ・ディ・ペッシェ」がグツグツと煮立っている。
隣の浅鍋ではルカたちが釣ったスピゴラやオラータが、海水と白ワイン、ハーブでふっくらと蒸し煮にされていた。
「うわぁ……美味しいっ!」
一番大きなメカジキのステーキ肉にかぶりつく。まるで極上の肉のような歯ごたえと旨味が口いっぱいに広がった。香ばしい皮目と引き締まった身の脂が絶品だ。
「うおお! こいつは最高だな!!」
フリッツとザンク、野郎どももステーキ肉を夢中で頬張っている。
「魚介スープも濃厚でうめえ!!」
「さすがレヴィ、スピゴラのアクアパッツァも美味いな。身がふわふわで汁まで絶品だ」
ルカも仮面の下から満足げだ。
みんなで料理を囲み、歓声を上げる。さまざまな極上の味わいで甲板の上は大宴会状態になっていた。
◇
「ふぅ……満腹、満腹……」
茜色に染まり始めた夕空の下。わたしはお腹を擦りながら、幸せそうな顔で猫のようにゴロゴロと寝転んでいた。
「……レヴィ。沖合に船影だ」
ルカが静かに水平線を指さす。
茜色の海の向こう、待ち伏せていた敵船の影が、ゆっくりと姿を現していた。
「ん……じゃ、食後の運動といきますか!」
わたしは満足げにお腹を撫でながら、ニヤリと笑って立ち上がった。
(海の王者 完)
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