第14話 一番の秘密
◇ルカ視点
「ルカ、しばらく俺に預けろ。休んでいいぞ」
先ほどの戦闘で、オレがいつもと明らかに様子がおかしかったからだろう。異端審問官の船を沈めて港へと戻る航路の途中、フリッツが操舵を代わってくれた。
言葉に甘えて自室で少し休もうと思っていたところ、すれ違ったレヴィに声をかけられる。
「ちょっと、わたしの部屋に来てくれない?」
なんだろう。今後の海図でも見ながら話をするのか。
そう思ってレヴィの私室へ足を踏み入れる。
中に入ると、目が点になった。
品のいいテーブルセットに、お洒落なソファー。壁沿いには清潔なベッド。わざとらしさのない洗練された、サロンやギャラリーのような調度品が揃えられている。
(レヴィらしいな)
海賊船の船室とは到底思えない、センスのよい空間に面白さを感じながら、オレは促されるままソファーに腰を下ろした。
「お茶を出すけど、何がいい?」
「……何でもいい。それより、用件は?」
オレがぶっきらぼうに返すと、レヴィは「とくにないなら、おすすめにするかな?」と、戸棚から茶葉らしきものを選び始めた。
しばらくして、「できたよー」とレヴィが湯気を立てるカップを持ってくる。
せっかくなので一口飲んでみると、すっと心の強張りがほどけるような、不思議と気持ちが落ち着く香りが口いっぱいに広がった。
「ラベンダーとカモミールのハーブティーよ。落ち着くでしょ?」
レヴィがふわりと笑う。
「……それで、どんな用事で」
オレがカップを置いて聞き返そうとした、その時だった。
背後に回っていたレヴィの腕がスッとオレの首元に伸び、背中から優しく抱きしめられた。
「辛かったね」
え?
どういうことか、と頭が混乱した次の瞬間。
ムニュッ。
「……っ!?」
レヴィの手が、オレがサラシをきつく巻いて平らに潰している胸元を、躊躇なく触ってきたのだ。
「っ、な、何すんだよあんた!?」
「……やっぱり女の子だったんだね。そんな気がしてた」
レヴィは悪びれもせず、耳元で優しく囁いた。
「……っ」
違う、うるさい、放せ。
いくらでも嘘をついて逃げることはできたはずだ。
でも、不思議とそんな気になれなかった。彼女から伝わってくる体温があまりにも優しくて、ぽかぽかとしていて。
なぜかこの人になら、何でも話せそうな気がした。
レヴィは何も聞かず、話さず、ただ静かにオレを抱きしめ続けてくれている。
「オレは……」
ポツリとこぼした声は、ひどく震えていた。
ゆっくりと息を吐き出し、無理に低く作っていた声を解く。
そして、顔を覆っていたマスクと、深く被っていたフードをゆっくりと外した。
隠していた赤銅色の髪がこぼれ落ちる。
「……私のこと、話してもいいですか?」
本来の、少女としての涙声。
「いいよ」
レヴィは優しくうなずいた。
「一番の秘密です。……レヴィも、一番の秘密を教えてくれる?」
「いいよ。誰にも言わない、女の子同士の秘密だね」
……私は、ぽつりぽつりと語り始めた。
私の本当の名前は、ミレイユ・フォン・バルバロス。
あの海運を牛耳る新興貴族、バルバロスの娘だ。
母は、バルバロスの妾だった。母の実家は海運業を営む中規模の商家。父は母を愛していたわけではなく、ただその財産と海運の利権目当てで彼女を娶った。
そして、まだ幼かった頃。
父は母の実家から財産を奪い尽くすと、用済みとなった母を事故に見せかけて手下に刺殺させた。
私は、物陰でそれを見てしまった。
悲鳴を上げる母。振り下ろされる刃。
助けに出なければいけないのに、恐怖で身体がちっとも動かなかった。
その後、父から「母は事故死した」と嘘をつかれ、厄介払いのように孤児院へと引き取られた。
十四歳になった頃、孤児院を抜け出し、髪を切り、男装をして復讐の旅に出た。
それからもう一年になる。
操舵の技術は、母の実家の影響で六歳くらいから学び始めていた。飲み込みが良かったのか、気づけば大きな船も扱えるようになっていた。
そんな重く暗い過去を、とりとめもなく話し続けた。
レヴィはずっと何も言わず、ただ静かに、震える身体を抱きしめてくれている。
いつの間にか、大粒の涙がこぼれ落ち、レヴィの服を濡らしていた。
「大丈夫だからね」
レヴィが、耳元で優しく囁いた。
「お姉さんがいるから、もう大丈夫」
その言葉が、ひび割れた心にすうっと染み込んでいく。
本当にお姉さんがいたら、こんな感じなのかな。
背中の温もりが、信じられないくらい安心させてくれる。
やがて涙が止まり、落ち着きを取り戻した私は、少しだけ笑顔を作った。
「私の話はしました。つぎはレヴィの番!」
レヴィは立ち上がり、ニコニコしながら正面に向き直った。
「秘密は教えるけど、その前に……」
レヴィはそう言うと、不意に手を伸ばし、今度は正面から胸をむにゅっと揉んできた。
「ヒャあっ!?」 変な声が出る。
「な、なななんですか!?」
あわてて後ずさろうとするのも気にせず、レヴィは真剣な顔で「うーん」と感触を確かめると、部屋の奥にあった自分のカバンをごそごそと漁り出した。
「これでいいかなぁ」そう言って渡されたのは、肌触りの良い、伸縮性のある下着のようなものだった。
「サラシで無理に潰してると体に悪いよ。だからこれ。わたしが作ったんだよ。一応伸びるから大丈夫だと思うけど、ミレイユちゃんは成長期だしデカいからね……くっ……負けた……」
「お、おおきくても邪魔なだけです!」
私が赤くなりながら反論すると、レヴィは「そんなことは、ないんだよ……」と、なぜか遠い目をしながらひどくしみじみと話した。
促されるままに後ろを向き、サラシを解いてその下着を着けてみる。
「あ……」
すごく優しい肌触り。なんだか胸がしっかりと支えられて、息をするのがとっても楽になった。動き回っても辛くないし、そこまで胸も目立たない。
「よかったね」
振り返ると、レヴィが嬉しそうに笑っていた。
その飾らない優しさに、同性の家族がいたらこんな感じかも、と、また少し胸の奥が温かくなる。
「左右がはみ出る、だと……ぐぬぬ……」
なんだか悔しそうに呻いているのが不思議だったけど。
……気を取り直すように、レヴィはコホンと小さく咳払いをした。
「じゃあ、教えるね。覚悟はいい?」
笑顔でそう言いながら、被っていた赤い三角帽子を取った。一本三つ編みの銀髪があらわになる。軽く頭を振ると、なぜか三つ編みがほどけていく。
「ぁ⋯…えっっ!?」
◇
自室のベッドに戻って、ぼんやりと天井を見上げる。
とんでもない秘密だった。私の暗い話など霞んでしまうほどに。等価交換にはほど遠い。
人に話しても、誰も信じてくれないだろう。
私はレヴィを一方的に、幼い頃から知っていた。むしろ、知らない人なんていないかも。
たしかに、あのお姉さんがいるから大丈夫。
たぶん世界で一番大丈夫。
こんな子供相手なら、適当にごまかせたかもしれないのに。まっすぐ向き合ってくれて、ありがとう。
私は何年かぶりに神に感謝して、ゆっくりと目を閉じた。
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