第13話 異端審問官
今日もミストラル号は情報通りの海域で、新たな海運ギルドの船が通りかかるのを待ち伏せている。
あれから半月ほどの間に、俺たちはルカが港で仕入れた情報を元にして海運ギルドの船をさらに二隻襲撃した。
どちらの船にも、教会関係の施設へ納めるという高額な美術品や金貨の類がたっぷりと積まれていた。バルバロスと教会の繋がりは、想像以上に根深いらしい。
「大将、来たぜ。海運ギルドの旗を掲げてやがる」
マストの上からザンクが声を落として報告する。俺は単眼鏡を覗き込んだ。
「……おい、ルカ。事前の情報と違うじゃないか。あれはただの商船じゃない。しっかり武装した護衛艦だぞ」
大砲の門数も多く、甲板を歩く船員たちも明らかに戦い慣れた動きをしている。
「……おかしいな。情報は確かだったはずだが」
ルカがボソリとつぶやく。
「襲撃するか? 相手の武装が厚いなら、無理に手を出さず見逃すのも手だが……」
そう言って振り返ると、レヴィが首を横に振った。
「だめ。ちょっと様子を見ましょう」
「……わかったよ。ザンク、念のために大砲の準備だけはしておいてくれ」
ミストラル号を近くの小島の陰に隠しながら、武装船の様子を窺うことにする。
しばらくすると、武装船は通りかかった小さな商船へ急速に接近し、進路を塞ぐようにして強引に拿捕を始めた。
「検問だ! 船を止めろ!」
遠くから、威圧的な怒号が風に乗って聞こえてきた。
「検問だと? 海運ギルドの私掠船が、なんの権限があってそんな真似を……」
なんなんだ? と俺たちが顔を見合わせていると、拿捕された商船の甲板に、武装船から乗り込んだ兵士たちと、豪華な祭服を着た司教らしき男が集まってきた。
見つからない距離から、風が運んでくる音に聞き耳を立てる。
『……この者たちを、教会の名において【異端】と認定する! よって、この船と積み荷、財産はすべて没収とする。これは、神の裁きである!』
司教らしき男が高らかに宣告した。
『ば、馬鹿な! 我々は朝晩欠かさず、女神レヴィナ様へ祈りを捧げている敬虔な信徒です! 異端などと、でっち上げだ!』
拿捕された船の船長が必死に反論するが、武装船の兵士たちはニヤニヤと笑っている。
すると一人の兵士が、幼い子供をかばうように抱きしめていた母親の髪を、乱暴につかみ上げた。
『やめて! この子には手を出さないで!』
『うるせえ! 異端者の分際で!』
悲鳴を上げる母親に対し、ニヤつく兵士が無慈悲に剣を振り上げようとした。
その光景が目に飛び込んだ瞬間。隣で操舵輪を握っていたルカの様子が、急変した。
「ハッ……ヒュッ……!」
突然、過呼吸を起こしたように喉を鳴らし、その双眸に尋常ではない怒りと憎悪の炎を燃え上がらせる。
同時に「チリッ」と空気が凍りつくような威圧感が漂った。
「フリッツ。今すぐ砲撃して、ミストラルをあの船に突っ込ませなさい」
うっすらと黄色がかった瞳で敵船を睨みつけるレヴィに、俺はすぐさま応えた。
「おう! ザンク、あいつらの土手っ腹にぶち込んでやれ! ルカ、撃ったらそのまま突っ込むぞ!」
「……ァァァアッ!」
彼が悲鳴のような、甲高く裏返った声を絞り出す。
ドゴォォォンッ!! ドゴォォォンッ!!
ザンクたちの放った二斉射が、静かな海に轟く。
完全に油断しきっていた武装船の甲板と船尾に砲弾が直撃し、木材が砕け散る激しい音が響き渡った。
その凄まじい衝撃で敵船が大きく揺れ、母親に振り下ろされようとしていた兵士の剣が大きく逸れた。
「な、なんだ!? 海賊だァーッ!」
パニックに陥る武装船。ルカは荒い息を吐きながらも怒りに燃える凄まじい気迫で操舵輪を切り、黒煙を上げる敵船へ猛スピードで肉薄する。
接舷した瞬間、操舵輪を放り出して俺たちの横をすり抜けていくルカ。
「ルカ!?」
ルカは走りながら手首の刃を解き放ち、母親を襲おうとしていた兵士へ飛びかかる。そのまま一切の躊躇なく、頸椎へ深く刃を突き立てた。
「神の名を騙るクズどもが! 」
鮮血が吹き出し、兵士が甲板に崩れ落ちる。
「ひっ!?」
血飛沫を浴びた異端審問官が、悲鳴を上げて船室へ逃げ込もうとした、その時。
「――裁きを受けるのは、お前だ」
冷徹な声と共に、レヴィが腰の長鞭を引き抜いた。
ズバァァァァンッ!!
轟音が空気を切り裂く。
直後、異端審問官の首がスパッと綺麗に両断され、宙を舞った。
「「「……ひっ!?」」」
遅れて血の噴水が吹き上がり、武装船の兵士たちが恐怖に顔を引き攣らせる。
「野郎ども、続くぞ! 腐れ外道たちを海の藻屑にしてやれェッ!!」
ルカの狂気を孕んだ特攻と、レヴィの神罰のような一撃で完全に浮足立っていた敵兵へ、ザンクたちの容赦ない刃が襲いかかった。
皆、怒りを爆発させて敵を圧倒する。最後はその船底にさらなる穴を開け、冷たい海の底へと沈めてやった。
◇
「た、助かった……。あんたたち、海賊なんだろ? 本当にありがとう……」
ミストラル号に救助された拿捕船の船長と乗組員たちは、涙を流して俺たちに感謝した。
さきほど間一髪で助け出された母親も、幼い子供をしっかりと抱きしめたまま、ルカの前に進み出た。
「ありがとうございます……。この子の命まで……本当に、なんとお礼を言ったらいいか……」
涙を流して深く頭を下げる母親に対し、ルカはしばらく無言で立ち尽くしていた。やがてそっと手を伸ばすと、母親の腕の中にいる子供の小さな頭を、不器用な手つきで優しく撫でる。
「……よかった」
ぽつりとこぼれ落ちたその声は、いつもの影のあるものとは違い、ひどく不器用で、温かい響きを帯びていた。
「気にするな。それより、あいつら一体なんのつもりだったんだ?」
船長に向き直って尋ねると、彼は憎々しげに吐き捨てた。
「急に接近してきて、勝手に検閲を始めたんだよ。……ここからそう遠くない島で、新しい教皇を選ぶ集まりがあるらしくてな。
その警備と称して、通りがかった商船を片っ端から『異端』認定しては財産を奪ってやがる!」
「……なるほど」
レヴィが、氷のように冷たい声でぽつりと呟いた。
振り返ると、彼女は先ほどまでの静かな激怒を心の奥底にしまい込んだような、底知れぬ冷徹な眼差しで水平線の向こうを見つめていた。
「……教皇選挙、ね」
その言葉の意味は俺には分からなかったが、彼女のまとう空気に、俺は思わずゾクリと身震いをした。




