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第11話 ソニックブーム

◇レヴィ視点


 午後。ミストラル号の船底にある厨房《ギャレー》で、わたしは鍋の残りをのぞき込んでいた。


 船内の準備や点検は順調みたい。帆の張りを良くするために進行方向へ強めの風が吹くよう、こっそりと周囲の気圧を操作しておいたせいもあるかもね。


 お昼に出した『ハードタックと干し魚のクラムチャウダー風』は減ってはいたけれど、まだそこそこ大鍋に残ってる。


 おかわりする者が多かった中で残っているってことは、操舵を代わってから一人で来たルカの食べる量が少なかったんだろう。

 あんなにボソボソ喋る影のある若者だし、少食なのかもしれないね。


 さて、ここからは夜の『味変《あじへん》』の準備。

 新しく買ったフライパンに油を引き、細かく刻んだニンニクと、水で戻しておいた干し豚肉を投入した。


 ジューッという小気味よい音と共に、ニンニクと豚肉の脂から来るガツンと香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がる。これだけでご飯が食べられちゃいそう。


 これを昼間のクラムチャウダーの残りが入った大鍋に脂ごとジュワッと回し入れ、さらに上から削ったチーズをたっぷりと加えてグツグツと煮込む。


 ジョージア料理の『シュクメルリ』風煮込み。ニンニクと豚肉のスタミナに、チーズのコクが加わった極上のパワフル飯だ。


(でも最初から鍋の中にハードタックまで入れちゃうと、水分を吸いすぎて完全にドロドロのお粥になっちゃうな)


 考えた末、ハードタックは食べる直前にそれぞれのお椀に割り入れ、その上から熱々のスープをかけるスタイルにすることにした。

 これなら程よい食感も楽しめるし、大勢の海賊たちにもスピーディに配れる。中華のおこげだね。


……本来なら、木造船での火の扱いはこうはいかない。少しでも船が揺れて火が燃え移ったり、熱い鍋が倒れたりすれば命取りになっちゃうし。


 でも、心配無用。


『お鍋、ひっくり返らないようにまっすぐ支えててね。火の粉も外に飛んじゃダメよ』

『はーい!』

『おさえてるー!』


 無数の精霊たちが鍋の周囲で空気の壁を作り、竈《かまど》の火の粉が舞わないように風の流れを完璧にコントロールしてくれている。


 どんなに波が荒れて船が揺れても、わたしが厨房にいる限り火災の心配はないのだ。



◇


 そして迎えた夕食の時間は、予想通り大反響だった。


「う、うめえええええッ!!」

「酒が進むぜえっ!」


 昼間の優しい味から一転した、ニンニクと豚の脂がガツンと効いた濃厚なチーズ煮込み。ザンクをはじめとする野郎どもは、文字通り歓喜の涙を流してむせび泣いていた。

 旨味を吸ったハードタックも大好評で、「姐さん、一生ついていきやす!」と拝まれる始末。はいはい。



◇


 大鍋が空になった夕食の片付けを終えて、わたしは一人で夜の甲板へと出た。


 辺りは真っ暗。ミストラル号は安全な入り江で錨を下ろし、静かに停泊している。

 満腹になったザンクや船員たちは、甲板下の大部屋でいびきをかいて寝ているみたい。見張りはわたしが代わったから、誰もいない。


 夜風に当たりながら、新しい武器――長鞭《ブルウィップ》を腰から取り出した。

 長さは三メートルほど。

 軽く手首のスナップを利かせて振ってみる。


 パァンッ!

 暗闇に、鋭く乾いた音が弾けた。


 鞭が「鳴る」原理。それは、振るわれた鞭の先端が音速を超え、小さな衝撃波《ソニックブーム》を発生させることによるもの。

 前世の知識があるわたしにとっては、至極当然の物理現象だ。


(じゃあ、これに気圧と風の操作を乗せたらどうなるのかな?)


 ワクワクしながら、もう一度鞭を構え直した。


(鞭を振るう軌道上を減圧、空気抵抗を極限までなくして後方から高気圧で強烈に押し出す)


 大きく振りかぶったわたしの腕が、静寂の夜を切り裂く。


 ヒュッ――


 一瞬、世界がスローモーションになったように感じた。

 鞭のしなやかな革が空中で鋭いカーブを描き、その先端が音速の壁を突破した瞬間。急激な減圧で凝結した白い霧が、鞭の軌跡をなぞるように一瞬だけ浮かび上がる。


 ――ズバァァァァンッ!!


 先ほどとはケタ違いの、空気を切り裂くような轟音が鳴り響いた。

 放たれた不可視の「風刃《かまいたち》」は、甲板を飛び越えて真っ暗な海面へと一直線に襲いかかる。


 直後、月明かりを反射して黒く凪いでいた海面が、まるで巨大な見えない剣で両断されたかのように、十五メートルほどにわたってパックリと二つに割れた。


 左右に高く跳ね上がった激しい水壁が夜空の月明かりを浴びて砕け散り、キラキラと輝く白い飛沫となって海へと降り注ぐ。


 鞭自体は、甲板の床にも海面にも全く触れていない。

 振るった先端から発生する集束された圧力波で、離れた対象を破壊する遠距離物理攻撃の完成だ。


 ザザァァ……と、崩れた波の音だけが遅れて静かな入り江に響く。


(うーん。予想通りだけど、弱点もあるね。圧力波は距離が離れるほど急激に威力が拡散して落ちるから、有効距離は十メートルくらいかな。

 一発撃つと軌道上の大気が激しく乱れるから、連射するのも難しそう。鞭の耐久性も不安だし)


 使い方としては――


(厚さのある木材を断ち切るほどじゃない。これはあくまで対人や、敵船の帆を引き裂いたり索具を損傷させたりするためのサポート武器ね。銃の代わり、って感じ)


 三百年前みたいに素手で不可視の刃も撃てるけど、周りへの影響が大きすぎるし、こっちのほうがコスパがいい。これはこれで十分だ。


 わたしはニッコリと微笑み、鞭をくるくると巻き取って腰のベルトに提げた。


 明日には、いよいよ作戦の予定海域に到着する。



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