第7話 ノーティカル・ゴシック
「それじゃあ、買い出しに行ってくるわ。服や道具を揃えたいし。いったんここで解散にしましょう」
あとでドックに集合ね、とフリッツたちに告げると、一人で港のマーケットへと向かう。
ザンクは仲間集めに走り、ルカは港の様子を探りに行くという。フリッツは護衛をすると言ってくれたが、買い物くらい一人で大丈夫だと押し切った。
潮風が吹き抜けるマーケットは、人と物でごった返している。
所狭しと並ぶ屋台からは、香辛料のツンとした匂いや、焼きたての串焼きの香ばしい匂いが漂ってくる。
荒くれ者の船乗りや、声を張り上げる商人たちが行き交う雑然とした空間。
とはいえ、ここは大陸でも有数の巨大な港湾都市。
屋台だけでなく、大通り沿いにはレンガ造りの立派な店舗も軒を連ねているんだよね。
その中から、上質な古着や船乗り向けの出来合いの服を扱っていそうな、小ぎれいな服飾店を選んで足を踏み入れる。
ここまでずっとシンプルなリネンのドレスを着ていたから、港町ではどうにも浮いてる感じがあった。
せっかくこれから海賊稼業を始めるんだから、もうちょっと『それっぽい』格好に着替えたいよね。
「いらっしゃいませ。お嬢様、どのようなお召し物をお探しで……?」
上品な身なりの店員が、わたしの服装を見て丁寧にお辞儀をしてくる。
「ええと、海に出るための服を探しているの。動きやすくて、ちょっと荒っぽいというか……いわゆる海の男たちが着ているような。そういう雰囲気のものがいいんだけど」
さすがに「海賊の格好をください」とは直接言えず、身振り手振りを交えながらふんわりと注文をつける。
「ははあ。なるほど、船旅でございますね。しかし、女性用の服となりますと、基本的にはロングスカートのみのお取り扱いとなっておりまして……」
店員が困ったように眉を下げる。
確かに、女性がズボンを穿くという文化はまだ一般的じゃない。でも、海賊をやるのにひらひらのスカートでは格好がつかないし、何より戦いにくい。
「じゃあ、男性向けの服で構わないわ。合いそうなものをいくつか見せて」
そう言って奥の棚から引っ張り出してもらった服をいくつか試着し、最高の組み合わせを見つけ出した。
漆黒のリネンシャツに、暗石板色のパンツ。足元は濃い赤の革ブーツ。
メンズサイズなのでシャツはだいぶ大きめだったけれど、胸元のボタンを大きく開け、あえて裾を下の方でキュッと結んでみると、ワイルドな船乗りといったシルエットになった。
(さすがにこの時代、おへそを出して外を歩くのはセクシーすぎるからね。露出は控えめにしとかないと)
「うん、すごくいい感じ!」
鏡の前でポーズをとってみる。
動きやすいし、黒一色に近い配色は全体の印象をグッと引き締め、そこはかとなく凄みを出してくれている。
お代を払って、新しい服のまま帰ると伝える。
店員がここまで着ていたドレスと靴を麻布でくるくると手際よく包み、麻紐で十字に縛って持ち手を作ってくれた。
それを手に、上機嫌で店を後にする。
さて、服は揃ったけれど、まだいくつか重要なアイテムが足りない。
(やっぱり、海は日差しが強いし帽子が欲しいよね。頭にバンダナを巻くスタイルはキャラじゃないし……)
港の強烈な日差しを手で遮りながら、またマーケットの露店を物色し始める。
「おっ、そこのお嬢ちゃん! 似合いそうな麦わら帽子があるよ!」
恰幅の良い露店の店主が、ツバの広い麦わら帽子を掲げて声をかけてきた。
(……海賊で麦わら帽子って。可愛いけど、さすがにないかな)
前世の記憶が強烈にストップをかけたため、愛想笑いを浮かべてその店を通り過ぎた。
しばらく歩き回り、濃い茶革で銀バックルの、武器を吊るせるベルトを調達する。そして古着や装飾品を雑多に並べている小さな露店で、足が止まる。
店先の木箱の上に、くすんだ赤い革で作られた、ツバの広い帽子が無造作に置かれている。手に取ってみると、革の質も悪くないし、大きさもほどよい。
少々考えてから、露店の店主に声をかけた。
「おじさん、これ買うわ。それで、ちょっとお願いがあるんだけど……」
「まいど! なんだい、嬢ちゃん。帽子に紐でもつけるかい?」
「ううん。このツバの部分を、三箇所で折り曲げて、頭のところにボタンか糸で留めてほしいの。こう、上から見たら三角形になるように」
手で形を作って説明すると、店主は「!?」と目を丸くして奇妙なものを見るような顔をした。
「ツ、ツバを折り曲げて留める? せっかくの日よけが台無しになっちまうぞ? そんな妙ちきりんな被り方、見たことも聞いたこともねえが……」
「いいのいいの! それがオシャレなのよ。追加で手間賃も払うから、お願い!」
銀貨を一枚多めに握らせると、店主は「物好きな嬢ちゃんだぜ」と首をかしげながらも、手際よく革用の太い糸と針を取り出して伝えた通りにツバを三箇所で縫い留めてくれた。
――数分後。
わたしの手の中には、立派な『三角帽子』が完成していた。
十七世紀から十八世紀にかけて海賊や海軍が好んで被っていた、あのロマンあふれる帽子だ。
「完璧だわ……!」
早速頭に被ってみると、黒でまとめた服装のおかげで、赤い革の帽子が主役として美しく際立っている。
黒い服に濃い茶の太いベルト、赤い靴と帽子、そして一筋の銀の三つ編み。バックルの銀も髪と合っているし、全体のバランスはばっちりだ。
たぶんこの世界では少し時代を先取りしちゃった海賊風デザインだろうけど、店主の怪訝な顔など気にならないくらい、テンションは最高潮に達していた。
立てかけられた小さな姿見に映る自分の姿は、どこからどう見ても立派な『女海賊』。
(ふふっ、形から入るのって大事よね!)
あこがれの海賊帽の完成に一人でニヤニヤと喜びながら、足取りも軽く、仲間たちが待つ約束の場所へと歩き出した。




