第6話 タバーン
「さて、船を動かすには人が足りないね。どうやって集めようか」
潮の香りと魚の生臭さが入り混じる港町の大通りを歩きながら、隣を行くフリッツに問いかける。
わたしたちの計画――バルバロスに対抗するために自分たちの船を持ち、あえて海賊として海へ出るという無茶な企てを実行するには、当然ながら船を動かすための乗組員が必要不可欠だ。
フリッツは顎に手を当てて、周囲の喧騒を眺めながら考え込んだ。
「仲間を雇うなら、酒場か港で直接スカウトするのが定番だな。ただ、俺たちの目的が目的だ。腕っぷしが強くて、腹が据わっていて……少々ワケありくらいの奴の方が都合がいい」
「なるほど。じゃあ、いかにも荒くれ者が集まっていそうな酒場に行ってみましょうか」
フリッツの案に賛成し、路地裏のうらぶれた酒場へと足を踏み入れた。
ギシッと軋む木の扉を開けると、むせ返るような安酒と紫煙の匂いが押し寄せてくる。
昼下がりだというのに、店内ではあからさまにガラの悪い無法者たちが大声で飲んだくれ、小競り合いの罵声が響いている。いかにもな吹き溜まりって感じ。
わたしとフリッツは目立たない部屋の隅の丸テーブルに陣取り、とりあえずエールをふたつ頼んだ。
「バルバロスに繋がるような話や、海の現状について聞けないか、注意しないと」
小声で言うと、フリッツもエールの入った木のジョッキを傾けながらうなずいた。
周囲の会話にさりげなく聞き耳を立ててみるものの、聞こえてくるのは「どこそこの商船が略奪に遭った」だの、「見慣れない武装船がうろついている」だの、きな臭い噂話ばかり。
バルバロスの名前こそ直接出ないが、この海が今、ひどい緊張状態にあることだけは伝わってきた。
――その時、ドンッ!とテーブルに汚れたジョッキが叩きつけられた。
「おい、よそ者。さっきからコソコソ何嗅ぎ回ってンだァ?」
見上げると、黄ばんだ歯を剥き出しにした傷顔の男が、薄汚れた仲間を引き連れてこちらを見下ろしていた。
酒場の客たちが、面倒事の気配を察してニヤニヤとこちらを見物し始める。フリッツが鋭い目を向け、スッと腰の剣に手をかけた、その時だった。
「おいおい。俺の『姐さん』に何してくれてんだ?」
不意に背後から、酒場の喧騒をねじ伏せるような太く低い声が響いた。
振り返った傷顔の男の顔が、一瞬で引きつる。男の肩を背後から鷲掴みにしていたのは、筋骨隆々の大男――闘技場の元チャンピオン、だった。
彼は顔面に巻かれた痛々しい包帯をピクリと動かし、ゴキキ……と首の骨を鳴らして見下ろす。
「……文句があるなら、俺が聞くぞ?」
「ひっ……! ざ、ザンクの兄貴の身内でしたか! こりゃ失礼しやした!」
男たちは蜘蛛の子を散らすように、慌てて酒場の奥へと逃げていった。
彼らが消えた途端、ザンクと呼ばれた男の凶悪な顔がパァッと明るく輝く。
まるで飼い主を見つけた大型犬が尻尾を振らんばかりの勢いでこちらに向き直る。
「おおっ! やっぱり姐さんじゃねえか!」
「ちょっと、なんであなたがここに……って、いつから『姐さん』になったのよ」
思わず顔を引きつらせて後ずさるわたしに、ザンクは人懐っこい笑顔を向けた。
「いやあ、奇遇っすね! 姐さんみたいな凄腕がこんな酒場にいるなんて。実は俺、闘技場に出る前は船乗りをやってましてね。
甲板長として荒くれ共をまとめてたし、大砲を撃たせりゃガンナーとしての腕もそれなりなんですよ」
「へえ……。じゃあ、なんで今は陸に上がってくすぶってるの?」
素朴な疑問を口にすると、ザンクは急に声を潜め、周囲を警戒するように目を細めた。
「……最近、この海で妙な動きが多くてね。きな臭いヤバい匂いがしたんすよ。だから少し前から船を離れて、陸で小銭稼ぎがてら闘技場に出てたってわけです」
なるほど、船乗りの直感というやつね。ただ筋肉が詰まっているだけではないらしい。
隣に座るフリッツと顔を見合わせる。
甲板長とガンナーの経験があり、腕っぷしは闘技場チャンピオンのお墨付き。これ以上ない人材だ。
テーブルから身を乗り出し、ザンクに向かってこっそりと耳打ちする。
「ねえ、ザンク。実は……これから『海賊』をやるつもりなの。船を動かして、戦える人間を探してる」
「……海賊?」
一瞬きょとんとしたザンクだったが、すぐにそのいかつい顔に、海賊にふさわしい凶悪な笑みを浮かべた。
「へっ……そいつは面白え。あんたの下で戦えるなら退屈しなさそうだ。なら、オレを使えよ、姐さん! 船の事なら任せとけ!」
即答だった。
「そういや、知り合いにも船乗りが何人かいるんですよ。みんな今の海に嫌気がさして陸にいるはずなんで、ちょっと当たってきますわ!」
ザンクはそう言うと、エールを頼む間もなく勢いよく席を立ち、嵐のように酒場を出て行こうとした。
「おっと、悪ィな兄ちゃん!」
入り口の影に立っていたフードの男と肩がぶつかり、ザンクが軽く手を挙げて出ていく。行動が早すぎる。
「戦闘要員兼、船のまとめ役としては彼がいれば十分すぎるな……」
ぽつりと言うフリッツに、そうね、と相槌をうってジョッキの残りを飲み干そうとした時。
「……話は聞いた。お前ら、バルバロスの船を襲うのか?」
不意にテーブルの脇から、ボソボソと小声で語りかけられる。
ハッとして顔を上げると、先ほど入り口でザンクとぶつかっていたフードの男が、いつの間にかテーブル横に立っていた。
「盗み聞きとは感心しないわね。……なぜそんなことを聞く?」
フードの奥には、まるで前世で見た『オペラ座の怪人』のような白い能面マスクをつけている。
ぽっかりと空いた口元から表情は読み取れないけど、面穴の奥からは、冷たく、そしてドロドロとした激しい怒りの炎が宿る瞳が覗いていた。
「俺は、バルバロスに恨みがある」
マスクの下から漏れたのは、若い声だった。
「あいつの息がかかった船を襲い、奴の野望を邪魔するって言うなら、お前たちに協力する。……俺の操舵なら、必ず奴らの船を追い詰めることができるはずだ」
じっと彼の目を見る。
突然現れた素性の知れない男。バルバロスの手先が罠を張っている可能性もゼロじゃない。
だけどその瞳の奥で燃える憎悪と覚悟は、決して嘘をついている人間のそれには見えなかった。
それに、船の舵を握る操舵手のポジションはまだ埋まっていない。
フリッツも私の視線に気づき、軽くうなずいて見せた。彼もこの男に嘘はないと判断したんだろう。
「名前は?」
男は少し警戒を解いたようで、フードを浅く被り直した。
「……ルカだ」
「そう、ルカ。私はレヴィ」
疑いは残るものの、共通の敵を持つ同志として彼を受け入れる価値はありそうだ。
「歓迎するわ。これからよろしくね、ルカ」
「ああ……よろしく頼む」
ルカが短く答え、テーブルの空いた椅子へと腰を下ろす。
わたしたちの海賊稼業へ向けての仲間集めは、予想以上のスピードと奇妙な縁に導かれながら、だんだんと形になっていった。




