第4話 闘技場の舞姫
「勝者、レヴィィィィィィーッ!!」
熱気と血の匂いが充満する地下闘技場。
割れんばかりの歓声が天井を揺らす中、俺はリングの傍らでただ呆然と立ち尽くしていた。
「……マジかよ」
リングの中央。
そこには、返り血ひとつ浴びず、銀色の髪を無造作に揺らして立つ青いドレス姿の小柄な女――レヴィの姿があった。
『手っ取り早い方法があるわ』
そう言って俺をこの非合法な闘技場へと案内させ、胴元の興行主に直談判した彼女は、俺の耳元でこうささやいた。
『持っている金を常に全額、わたしに賭けろ』
その言葉通り、彼女は最小限の打撃で次々と相手をマットに沈めてきたのだ。俺の腕の中にある金貨の袋は、雪だるま式にふくれ上がっている。
「次が今日のメインイベント! チャンピオンの登場だァッ!」
司会の絶叫と共に、奥の重々しい鉄格子が上がる。
現れたのは、身長が優に二メートルを超える筋骨隆々の大男だった。しかもその手には、丸太のように太く長大な、鉄鋲の打ち込まれた棍棒が握られている。
「おい、ふざけるな! 武器の持ち込みはルール違反だろうが!」
俺はたまらず、リングサイドで葉巻を吹かしている興行主に詰め寄った。
「ヒャハハ! オッズをさらに『十倍』にしてやると言ったら、あいつが自分で承諾したんだよ」
醜く太った顔をゆがめ、紫煙とともに下劣に笑う興行主。
「チャンピオンに勝てる人間なんていねえ。あの上玉がぶちのめされたら、俺の直属の『売り物』として裏に流して、身の毛もよだつ稼ぎ方をしてもらうってわけさ」
ゲスな欲望を隠そうともしない男に、俺はギリッと奥歯を噛み締める。
だがリング上のレヴィは、目の前にそびえ立つ大男の威圧感を前にしても、顔色一つ変えずに淡々と構えをとっていた。
「ファイトッ!」
試合が始まった。
「ヴオォォォッ!」
獣のような咆哮。風を切る轟音とともに、巨大な棍棒が横薙ぎに振り回される。
まともに食らえば人体などたやすくひしゃげる、凶悪な一撃。
しかしレヴィはまるで風のように、その巨体の死角へスッと入り込んで超高速で攻撃をかわしていく。
「ちょこまかと……! 潰れろォッ!」
いら立ったチャンピオンが、棍棒を両手で高く振りかぶる。全体重を乗せた高速の一撃が、レヴィの頭上から真下へと全力で叩きつけられた。
ズドォォォォンッ!!
リングマット裏の粗末な床板が粉砕され、凄まじい土煙が爆発するように舞い上がる。
「レヴィ……っ!」
俺が思わず叫びそうになった、次の瞬間。
もうもうと立ち込める土煙の中、あり得ない光景が目に映った。
レヴィは、床に深く突き刺さった棍棒の上に、羽毛のように軽い足取りでひらりと『飛び乗って』いた。
「なっ……!?」
大男が驚愕に目を見開くのも構わず、彼女はめり込んだ棍棒を足場にしてそのまま駆け上がり、パァン!という破裂音とともに踏み出して空高く跳躍する。
――その瞬間、闘技場の時が止まった。
闘技場の明かりを背に受け、空中を舞うシルエット。煌めく銀髪が、まるでスローモーションのように尾を引いて流れていく。
俺も観客もただ口を半開きにしたまま、網膜に焼き付くその流麗な姿から目を逸らすことができなかった。
「終わりよ」
冷たい声が響いた。
一回転して空中から急降下したレヴィの鋭い膝蹴りが、大男の眉間――頭蓋の急所へと、文字通り一点の狂いもなく叩き込まれた。
ゴキッ。
白目を剥いた大男の巨体は、糸が切れたようにその場へ崩れ落ちて動かなくなった。
「……あ、あ、あああ……」
リングサイドに視線を落とす。そこには払いきれないほどの莫大な配当金を抱え込んでしまい、真っ青な顔で崩れ落ちる興行主の姿があった。
「勝者……レヴィィィィィッ!!」
一瞬の静寂の後、地下闘技場は今日一番の、狂気じみた歓声と怒号に包まれた。
「……ふぅ。これで全試合終了ね」
レヴィは前髪の乱れを直しながら、俺の待つリングサイドへとひらりと降り立った。
俺の腕の中には、興行主から吐き出させた、ずっしりと重い金貨の袋がいくつも抱えられている。
「どう? フリッツ。これで足りるんじゃない?」
得意げに笑う銀髪の女を前に、俺はただ呆れたように苦笑することしかできなかった。
そうだ。これだけあれば――。
「ああ……船を買う金は、十分に溜まった」
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