第30話 伝令
「申し上げますッ!!」
バンッ! と勢いよく扉が開かれ、泥だらけの伝令兵がシュテルンフェルス城の政務室へと転がりこんできた。
机に広げた書類を睨みつけていたバルテル大臣が顔を上げる。
「軍議通りの戦術にて交戦し、味方は敵二万を撃破! ……しかし、度重なるゼクセン帝国軍の飽和攻撃により、防衛線が決壊いたしました!」
「なんだと……っ!」
大臣の脳裏に絶望がよぎる。
「し、しかし……」「しかしなんだ! 早く言え!」
「その決壊の直後、残る敵兵一万の前に、女神レヴィナ様が――
「……は?」
――シュテルンフェルス大聖堂の大広間。
「女神レヴィナ様がご降臨なされ、ゼクセン帝国軍を完全に殲滅されたとのことです!」
「「「ご、ご、ご降臨!?」」」
神官たちが、ガタッと音を立てて一斉に立ち上がる。
「お、お味方大勝利……! まさか女神様が……!」
「女神様は、その後どうされたのだ!?」
「はい! エドマンド辺境伯様やレオニー騎士団長様とご一緒に、この街へお戻りになられるそうです!」
大広間はたちまち蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
「こうしてはおれん! 皆の者、すぐにお迎えの準備を!」「祭服を持て! 聖歌隊を並ばせるのだ!」
神官たちがバタバタと走り回る中、一人の老神官が伝令の肩を掴んだ。
「女神様は……どのようなお姿をされていたのだ?」
「はっ。お若い金髪の大変美しいお姿で―― 」
――丘の上、気象研究所。
「……え?」
山積みの羊皮紙を前に、クラウスは目を丸くした。
「お若い金髪のお美しい姿で降臨されたそうで、戦の前もレオニー騎士団長と街を散策されていた、と……」
ガタッ! 立ち上がった勢いで机上の羊皮紙を床にばら撒いてしまう。
「あの……ご令嬢が……」
我々の見落とし――上空の冷たい北西風の存在を難なく見つけ、黒板の隅にサラサラと指摘してくれた不思議なご令嬢。
まさか偉大なる三導師様の師であり、天候を司る女神、レヴィナ様その人であったとは……。
クラウスは中空を見つめたまま微動だにしなくなった。
――「……ケ、ケイ殿、だと?」
城の政務室では、バルテル大臣が崩れ落ちていた。
軍議の席で堂々と理を説き、信じがたい戦術を提案したあの少女が、脳裏にフラッシュバックする。
「わし……小娘とか……言っちゃったよ……」
――「あ、あばばばばばっ……」
バルガス司祭は口から泡を吹き、白目をむいてその場に倒れ込んだ。
『ただの木の髪留めですよ。あえて言うなら……吹き抜ける風の軌跡の意匠ですね』
あれは…… 本物の……つまり……
――「……できている」
クラウスの疲労しきっていた目に、強烈な意志の光が宿る。
(しっかり発展しているところを、我々は女神様にお見せすることができている。ならばこれをさらに発展させ、次の世代へとつないでいく使命があるッ……!)
彼女が去る前に残したひだまりのような笑顔と声が、脳裏へと鮮明によみがえる。
『素晴らしい研究施設と、精度の高い記録を見せてくれてありがとう。とっても嬉しかったわ!』
彼は拳を握り締め、床に落ちた羊皮紙を拾い上げると、かつてないほどの熱量で叫んだ。
「よし! 今日は徹夜で、この局地的な気象変動データの分析だ!!」
「ええっ!? 主任、昨日も徹夜してましたよね!?」
気象研究所の明かりは、今日も消えなかった。
◇ヴォルケン王国王城・玉座の間
「……申し上げます。ホッホブルクの高平原にて、ゼクセン帝国軍三万と交戦。お味方は見事、大勝利を収めました!」
伝令の報告に、ルドルフ王は鋭く目を細めた。
「五千の兵で三万を退けたというのか。エドマンドの奴、いかに防衛に徹したとはいえ、無茶を通したものだな。……だが、それだけではないのだろう?」
伝令は深く頭を下げ、震える声で続けた。
「はっ。防衛線が決壊しかけた折、戦場に……女神レヴィナ様がご降臨なされたとのことです!」
「なんだと?」
「女神様が残る敵兵一万をまたたく間に殲滅し、味方を完全なる勝利へと導いたと、ホッホブルク中が沸き立っております」
ルドルフ王は玉座の肘掛けを強く叩いた。
「神話の女神が降臨しただと……? もしそれが真実ならば、その力、戦略的価値は計り知れん」
王は即座に立ち上がり、傍らに控える近衛隊長に命じた。
「すぐに騎士団の精鋭を少数だけ編成しろ。表向きはホッホブルクの『戦勝祝い』とする。
だが真の目的は、その女神を我が王国の『切り札』として確保することだ。急ぎホッホブルクへ向かうぞ!」




