第27話 わがままでごめん
◇レオニー視点
死を覚悟した瞬間、凄まじい突風が吹き抜けた。
のしかかっていたぶ厚い鋼鉄の重みが、嘘のように消え去る。
気がつけばふわりと持ち上げられていた。
ゆっくりと目を開ける。そこにあったのは、輝くような金髪。
ケイ殿の細い腕の中にいた。いわゆる『横抱き』というやつだ。
視線を周りに向けると、私を押し潰していた二人の重装歩兵と皮鎧の帝国騎士が、離れたところに転がっていた。ケイ殿が蹴散らしてくれたらしい。
「ケイ、殿……?」
呆然とつぶやく私に、彼女はふわりと柔らかくほほえみかけた。
「ちゃんと呼んでくれましたね。覚えててくれてよかった」
太陽のような、無邪気な笑顔だった。
……なぜか、ポロポロと涙が出てくる。
私は子供のように泣きじゃくった。
泣きやむまで、ケイ殿はずっと抱きしめていてくれた。
彼女は、私を抱きかかえたまま味方が待つ撤退地点へと歩を進めていく。
戦場のど真ん中だというのに、その腕の中はとても安心感があった。
が……部下たちの前で、騎士団長たる者がこのような抱えられ方をしている事実に気づいて、顔が一気にカッと熱くなる。
「あ、あの、ケイ殿! もう自力で歩け――」
「ダメダメ、まだ顔色が悪いから。しっかり掴まっててくださいね」
有無を言わさぬその言葉とぬくもりに、顔を真っ赤にして彼女の胸元にうつむくことしかできなかった。
◇ケイ視点
(よかった……! なんとか間に合った!)
腕の中で小さくなっているレオニー団長を見下ろし、心底大きな息を吐いた。
陣地を構築しに戻ったようで、敵の追撃も止まっているみたいだ。その隙に皆がいる撤退地点、大赤岩までたどり着き、そっと団長を地面に下ろす。
「怪我はないですか? レオニー団長」
そう声をかけたのだけど……
なんだか、周囲の空気がおかしい。
セリアさんをはじめ、カリンさん、ミーナさん、エレナさん、フレイヤさん……精霊騎士の皆さんが、一言も発さず、彫像のように固まってこちらをガン見している。
(え? なんでだろ。みんな、そんなに驚いた顔をして……)
静寂を破ったのは、ふるえる声を出したセリアさんだった。彼女は祈るように両手を組み、熱い吐息を吐きながらうるんだ瞳でこちらを見つめている。
「ケイ殿……は……、『神の御使い』、なのですか……?」
ポカンとしてしまう。神の御使い? なんで急にそんな話に?
不思議に思って隣を見ると、地面に下ろしたばかりのレオニー団長までが、驚愕の表情を浮かべて口をぱくぱくさせている。いきなりなんなの?
視線を彷徨わせると、少し離れたところにいるエドマンドさんが慌てた顔をして、(それです! それ!)というようにわたしの背中を指差していた。
(ん? 背中……??)
――あーーーーーーっ!!
さっき使った『精霊式・飛行』。前にエドマンドさんの馬に使ったとき、調子に乗って式のなかに光の翼もどきを追加しちゃってたんだ!!
背中では、未だに光の翼がパタパタとムダに神々しい存在感を放っていた。
あわててシュゥゥッと霧散させる。
そして全員の突き刺さるような視線を誤魔化すように、口元に人差し指を当てて片目をつぶり、精一杯のかわいい笑顔を作った。
「しーっ。……ひみつです♡」
えへ。
……皆の視線が、ガン見からジト目に変わる。
(⋯…絶対ごまかせてないよこれ!!)
ケイはボケが苦手だった。
◇
近くの岩陰から、手傷を負った騎士の痛みに耐えかねたうめき声が聞こえる。
(――今はふざけている場合じゃない。みんなボロボロなんだ)
きゅっと唇を引き結んで、一歩前に踏み出す。
「みなさん。よく、生きて戻ってくれました。結果としてここまで撤退しましたが、ゼクセン帝国軍は大きく数を減らしています」
むこうの陣を見る感じ、残った敵兵は一万強、というところかな。
こちらは敗走したさい、手傷を負った兵士が多かった。
戦える者はだいぶ減って二千くらいに見えるけど、負傷兵も同じくらいいる。
ともあれ、戦果という意味では大成功だろう。
「ここでいったん陣を整えましょう」
この大赤岩のあたりは周りから一段高くなっている、丘のような場所。もしどこからか攻められても、高所のほうが守りやすい。
皆がのろのろと動き始め、点呼を取りはじめる。フレイヤさんが数少ない物資を配っている中、バッグから応急手当て用の道具をごそっと取り出して押し付けた。
「傷薬や軟膏です。よかったら使ってください」
「は、はい……」
おっかなびっくり受け取るフレイヤさん。
まあ、そうなるよね。仕方ない。
さてと……
近くに倒れていたホッホブルクの旗の汚れをはたいて肩に担いでから、皆に背を向け敵陣に向かって歩き始める。
うしろからエドマンドさんや、レオニー団長の声が聞こえる気がするが、気にしない。
自分のやるべきことをやるだけだ。
『精霊式』
『加速』
◇
ホントはね。
みんなでホッホブルクを守ってほしかった。
わたしはあくまで脇役として、アイデアを出したり、協力するスタンスで、みんなの力で守ってほしかったんだ。
人間同士の争いは、人間同士が解決するものだ。
理外の存在が加担したら、その存在はただの超兵器でしかない。
戦になったら毎度呼ばれる超兵器だ。
それでは、物事の根本的な解決にはならない。
だからそう、あの三人のように自分たちの力で掴んでほしかった。
わたしは手を出してはいけない。あくまで人間として接し、見守り、手を貸すだけの存在でいようとしてきた。
だけど、それも、もうやめだ。
その判断で、短期間とはいえ一緒に過ごした仲間たちが、お父様やお母様、お兄様、あの三人の努力の結晶である現在のホッホブルクが、危険に晒されている。
戦争なのだから当たり前の話。
相手はたくさん死んでいる。こちらだって死人は出ている。全滅の危険性はむしろこちらが変わらず高い。
人間同士の争いならば、手を出してはいけない。
……でも、それでは守れない。
まあ、ここで何をしようが、最悪また迷いの森に帰るだけの話。前と同じなだけ。
……今の力は前と同じではないけれど。
敵陣が近くなり、精霊式を解除する。どうやら崖下にいた敵本陣も完全に合流したらしい。
するすると周りの精霊たちが集まり、人の上半身を形作った。
『好きにしていいのよ。ケイはまだ人間なのだから』
ホッホブルクの旗を地面に突き刺す。そのまま目を閉じて集中しながら、長年の相棒に答える。
『そうだね、シルフ。わがままでごめん』
見開いたわたしの瞳は、紫色に煌々と輝いていた。




