第6話「やだ、口が滑った」
その夜会で、私はうっかり、口を滑らせた。
きっかけはセレスティアだった。
「ヴィオラ様。最近のあなた、まるで別人のようね」
グラス片手に探るような目。原作の悪役令嬢らしさをなくした私を、彼女はずっと訝しんでいる。
「そうかしら。気のせいでは?」
「いいえ。だってあなた、ミリアさんにあんなにお優しくして。前のあなたなら、考えられない」
まずい。痛いところを突かれた。
うまくかわさないと。前のヴィオラと、今の私の境目を、悟られてはいけない。
「人は変わるものですわ。心を入れ替えた、とでも申しましょうか」
「心を、入れ替えた」
セレスティアの眉がぴくりと上がる。
——あ。今の、まずかったかも。
焦った私はつい最悪の一言を継ぎ足した。
「ええ。いわば、アップデートです」
しん。
セレスティアがきょとんとする。周りの令嬢たちも。
「あっぷ……でーと?」
やってしまった。アップデート。この世界にない言葉。完全に前世の語彙だ。
血の気が引いた。墓まで持っていくはずの前世が、夜会のど真ん中で、ぽろりとこぼれ落ちた瞬間だった。
どうごまかす。どう——。
「お嬢様。おしろいが崩れておいでです。お直しを」
すっと、ロロが横に滑り込んできた。
「失礼いたします、皆様。少々、お嬢様をお借りします」
完璧な侍女の礼。そのまま私の腕を取って、半ば強引に、人垣の外へ連れ出す。
柱の陰に着くなり、ロロが小声で言った。
「『アップデート』て。お嬢様、攻めますね」
「……っ、しょうがないでしょ! 口が滑ったの!」
「あたしの『課金』、笑えませんよこれ」
「お互いさまでしょ!」
二人で、柱の陰でこそこそ言い合う。
——あれ。気づいた。私、今、めちゃくちゃ素で喋ってる。淑女の仮面、どこかに落としてきた。
そして、それを見てもロロは引かない。むしろ、楽しそうだ。
「大丈夫ですよ。みんな、聞き慣れない方言だと思ってますって」
「……あなたの『方言で』、ほんと便利ね」
「でしょう。お貸ししますよ、いつでも」
くすくす、と。柱の陰でまた二人で笑った。
ばれそうになった恐怖と、ばれずに済んだ安堵と、それを分け合える誰かがいる心強さ。
ぜんぶ混ざって、変な気分だった。
——口は滑る。前世は隠せない。でも隣で一緒に慌ててくれる人がいるなら、案外なんとかなるのかもしれない。
夜会の音楽が遠くで、ゆったりと鳴っていた。
次話:「それ、合言葉になってない?」




