第5話「殿下、なんで園芸の話でその顔」
数日後、王宮の庭園で、私は最も会いたくない人物に出くわした。
ジルベール・ローゼンベルク第二王子。
このゲームの、正規ヒーロー。さらさらの金髪に、まじめそうな碧の瞳。そして——私の、婚約者候補。
原作ではヒロインのミリアと結ばれる人だ。私が執着すれば、それも断罪フラグになる。だから、近づかないのが一番。
回れ右しよう。そう思った瞬間。
「ヴィオラ嬢」
——見つかった。
「ご、ごきげんよう、殿下」
ジルベールがつかつかと歩み寄ってくる。そして、なぜか、ものすごく真剣な顔で私の顔をのぞき込んだ。
「顔色は……うん、悪くないな。よかった」
「は?」
「先日の夜会で、君がぼんやりしていたと聞いた。具合でも悪いのかと、心配していたんだ」
……あ。
たぶん、私がうっかり前世モードでぼーっとしていた時のことだ。婚約者候補の挙動不審を、この人、本気で心配していたらしい。
「ご心配なく。少し、考えごとをしていただけです」
「そうか。ならいい」
ジルベールがほっとしたように息をつく。裏のなさそうな笑顔。なるほど、ヒロインが惚れるわけだ。
——よし。心配は解けた。じゃあ、さっさと退散を。
「では、私はこれで」
「ああ、待ってくれ」
引き止められる。げ。
「君は、薔薇は好きか?」
「……薔薇、ですか?」
「ああ。この庭の薔薇は、僕が世話をしているんだ。土の配合から、剪定の角度まで」
——え。
意外すぎて、思わずジルベールの顔を見た。
王子が園芸。しかも土の配合を語るときの、その目。さっきまでの優等生スマイルが、急に、少年みたいにきらきらしている。
「特にこの白薔薇は自慢でね。朝と夕で、香りが変わるんだ。知っていたか?」
「い、いえ……」
「だろう? 今度ぜひ、嗅ぎ比べてほしい。朝がいい。朝露の残る、6時ごろが」
早口。完全に早口になっている。
なんだこの人。園芸の話になった途端、人格が変わった。
ゲームではこんな設定、表に出てこなかった。攻略のかなり奥、隠しルートでちらっと触れられるだけの裏設定だ。リアルのこの人は、こんなにも——園芸オタクだったのか。
「殿下。ひとつ、お聞きしても」
「なんだ?」
「その園芸のお話、ミリア様にはなさいました?」
ぽろっと口から出た。
ジルベールがきょとんとする。
「いや。こんな話、退屈だろう。誰にもしたことはない」
——誰にも。
私は内心でこっそり、メモを取った。
この王子、薔薇の話になると止まらない。そして、その顔はわりと悪くない。
……これ、使えるかもしれない。
破滅を回避して、ジルベールとミリアをくっつける。そのための、思わぬ手札。
「殿下。よろしければ、その薔薇のお話、もっと聞かせてくださいな」
私が微笑むと、ジルベールの顔がぱっと輝いた。
——ちょろい。いえ、純粋でいらっしゃる。
こうして私は王子の園芸トークに延々と付き合うことになり。
その日、屋敷に帰る頃には、薔薇の品種を20は覚えていたのだった。
次話:「やだ、口が滑った」




