第30話「悪役令嬢の、いちばん穏やかな朝」
舞踏会から、ひと月。
私は辺境の小さな家には行かなかった。賃貸契約は笑いながら破り捨てた。
代わりに、ベルクハイト家の日当たりのいい一室で毎朝目を覚ます。
「お嬢様。おはようございます。朝です」
カーテンを開けるのはもちろんロロだ。
「ん……あと5分」
「だめです。今日はセレスティア様がいらっしゃるんでしょう。お姉様の手がかりが見つかったって」
そう。セレスティアの姉の行方が、少しずつたどれてきている。隣国で別の名前で、静かに暮らしているらしい。会える日もそう遠くない。
私はのろのろと起き上がる。窓の外はよく晴れていた。
ロロが淹れたての紅茶を差し出す。ベルガモットの甘い香り。
「今日は、吹かないでくださいよ」
「吹かないわよ。もう隠すこともないんだから」
ふふ、と二人で笑う。
ひと口、飲む。あたたかい。
——穏やかな朝だ。
前世から願ってきた、争いも怯えもない静かな朝。
それを私は手に入れた。ひとりではなく。
隣で笑う共犯者と、和解した元敵と、幸せそうな王子とヒロイン。たくさんの人に囲まれて。
悪役令嬢の、いちばん穏やかな朝。
破滅エンドの代わりにたどり着いた、ささやかで満ち足りた結末。
「ロロ」
「はい?」
「あなたが来てくれて、よかった」
ロロがふっと笑って言った。
「あたしも、ですよ。お嬢様」
紅茶の湯気の向こうで、朝の光がやわらかく揺れていた。
次話:エピローグ




