第2話「本当は、誰かに言いたかったのかも」
招待状が届いたのは、朝の支度の最中だった。
ロロが銀の盆にのせて運んでくる。上等な紙に見覚えのある封蝋。
——セレスティア・ハーミア侯爵令嬢、主催のお茶会。
指先がすっと冷えた。
知ってる。このお茶会だ。ゲームの中で、悪役令嬢が初めてヒロインに突っかかる場面。ここでの振る舞いが、断罪フラグの一本目になる。
行きたくない。でも公爵令嬢が侯爵令嬢の招きを断れば、角が立つ。欠席はそれで別の波風を呼ぶ。
完全に詰みの配置だ。
「お嬢様」
ロロの声で我に返る。
「そのお茶会、行かれるんですか」
「……行かないわけにはいかないでしょうね」
「ふぅん」
ロロは招待状をちらりと見て、なんでもないことのように言った。
「セレスティア様のお茶会、お庭でやるらしいですよ。白薔薇の咲く、東屋で」
——え。
私は固まった。
その情報、招待状には書いていない。会場の詳細は当日まで伏せられるのが普通だ。なのにこの子はさらりと言ってのけた。白薔薇の東屋、と。
ゲームのスチルと、寸分たがわぬその場所を。
「ロロ。なんで会場を知ってるの」
「さあ。小耳に挟んだだけです」
にこっ。また、あの煙幕だ。
でも今日は私も引かなかった。
「ねえ、ロロ。お願いがあるの」
「はい?」
「そのお茶会、あなたもついてきて。侍女として」
我ながら、不自然な頼みだった。普段なら、侍女を連れず一人で出る場面だ。
ロロがめずらしく目をまるくする。
「あたしを? なんでまた」
理由なら、ある。
この子が会場を知っていたから。私と同じものを見ているなら、隣にいる意味がある。罠の場所を知っている者が二人。心強いに決まってる。
——なんて、立派な理屈をつけたけど。
本音はもっと情けないものだった。
これから私は破滅の入り口に足を踏み入れる。たったひとりで。誰にも相談できないまま、笑顔の仮面をかぶって。
それが急に、たまらなく心細くなったのだ。
「……ひとりだと、心もとなくて」
言ってしまってから、しまった、と思った。悪役令嬢が侍女に弱音。あり得ない。隙を見せたほうが負ける、と誓ったばかりなのに。
ロロはしばらく黙っていた。
それから、ふっと——今までで一番やわらかく、笑った。
「いいですよ。お供します」
その声があんまり素直だったから。
私はなぜだか泣きそうになって、慌てて招待状に視線を逃がした。封蝋の薔薇がにじんで見える。
本当はずっと、誰かにそばにいてほしかったのかもしれない。
この世界の景色を、半分でも分け合える誰かに。
——なんて。
そんなこと、口が裂けても言わないけど。
「では、お嬢様。白薔薇に負けないドレスを選びましょうね」
ロロが衣装部屋の扉を開ける。その背中がほんの少し、嬉しそうに見えたのは——たぶん、気のせいじゃない。
次話:「そのお菓子、知ってる味なんですけど」




