第1話「この世界に、その言葉ないんだけど」
その夜、私は一睡もできなかった。
天蓋を見上げたまま、頭の中ではずっと、あの一語がぐるぐる回っている。
課金。課金。課金が足りない人生。
考えれば考えるほど、間違いない。あれは前世の言葉だ。この世界の人間が、まぐれで口にできる響きじゃない。
つまり、ロロは転生者。ほぼ確定。
問題はそこから先だ。
向こうが転生者だとして。私が同じく転生者だと、向こうにバレていいことは——ない。
だって考えてみてほしい。前世の記憶があると知られたら、私が「この先の展開を全部知っている」こともバレる。破滅ルートを避けようと立ち回っているのもいずれ怪しまれる。最悪、ロロが原作どおりに私を破滅させる側の駒だったら?
ぞっとした。
枕を抱え直す。決めた。方針はひとつ。
向こうの正体は暴く。私の正体は死んでも隠す。
——完全に、不公平な戦いである。
翌朝。
「お嬢様、おはようございます。お着替えを」
ロロはゆうべのことなんてなかったみたいに、けろりとした顔で立っていた。栗色の髪をきっちり結って、皺ひとつないお仕着せ。完璧な侍女だ。
その完璧さがよけいに怪しい。
「ロロ」
「はい?」
「あなた、どこの出身だったかしら」
さりげなく。ほんとうにさりげなく、聞いたつもりだった。
「東のほうの、小さな村ですよ。なんにもないとこです」
「村の名前は?」
「……お嬢様、急にどうしました?」
ロロがにこっと笑う。目はちっとも笑っていない。
——あ、これ警戒されてる。
当然だ。昨日の今日で身辺調査みたいな質問をされたら、誰だって身構える。前世なら、入社初日に上司から戸籍を尋ねられたようなものだ。気持ち悪いに決まってる。
「いえ。あなたのこと、何も知らないと思って」
「光栄ですけど、あたしのことなんか知っても退屈ですよ」
すっと、カーテンが引かれる。朝の光がまっすぐ部屋に差し込んだ。
ロロは手早く私の支度を整えながら、ふと、ドレッサーの上の小物に目を留めた。
「これ、きれいですね。お嬢様の?」
母の形見の、小さな銀の手鏡だ。
「ええ。母の——」
言いかけて、私は気づく。
ロロの指が手鏡の縁を迷いなくなぞった。まるで、どこに飾り細工があるか最初から知っているみたいに。
この手鏡。ゲームの中で、たしか——スチルの背景に映り込んでいた小物だ。
心臓がはねた。
知ってる。この子、この鏡を知ってる。
「……ロロ?」
「あ、すみません。つい。きれいなものに弱くて」
ぱっと手を引いて、また完璧な笑顔。
何事もなかったみたいに、ロロは私の髪を結い始める。櫛の通る感触がやけにやさしい。
——よし。なら、こっちも探る。
「ねえロロ。あなた、占いって信じる?」
「占い、ですか」
「ええ。たとえば、未来がぜんぶ決まっているとしたら。あなた、どうする?」
我ながら、また回りくどい鎌だ。けれど今度こそ尻尾を出してほしい。
ロロは櫛を動かす手を止めない。少しだけ間をおいて、鏡ごしに私を見た。
「決まってるなら——あたしは、変えにいきますね」
どきっとした。
それ、攻略対象を落としにいくプレイヤーの台詞じゃない。
「お嬢様は、どうします?」
逆に聞き返されて、言葉に詰まる。
「……私は。決まった筋書きから、静かに降りたいかな」
言ってから、しまった、と思った。これ、ほとんど自白だ。
鏡の中で、ロロがふっと笑った気がした。
でも私はもう確信していた。
この子はただの侍女じゃない。私と同じ景色を前世で見ている。
問題は——どっちが先にボロを出すか。
次話:「本当は、誰かに言いたかったのかも」




