第3話「そのお菓子、知ってる味なんですけど」
お茶会の朝、ロロが厨房から戻ってきた。
手には小さな焼き菓子の包み。
「お嬢様。手土産、これ持っていきましょう」
「あなたが作ったの?」
「ええ。自信作です」
包みを開ける。ふわりと、甘い卵とミルクの匂い。きつね色の、まるい焼き菓子。見たことのない形だ。少なくともこの世界では。
ひとつ、味見する。
——え。
口の中に広がった味に、私は危うく、また紅茶を吹くところだった。いや、もう紅茶は手元にないけど。
知ってる。この味。前世でコンビニのレジ横でよく買った、あのカスタード焼き菓子だ。
この世界にない味。ロロにしか作れない味。
確定だ。完全に確定した。この子、転生者。
でも顔には出さない。
「……おいしいわね。なんていうお菓子?」
「さあ。故郷で適当に作ってたやつです。名前なんてないですよ」
しれっと。本当に、この子の煙幕の張り方は一流だ。
「ふぅん。じゃあ、これをセレスティア様のお茶会に」
「ええ。きっと、話の種になります」
ロロの目がいたずらっぽく光った。
——話の種。その言い方にぞわりとした。この子、何か企んでる。
そして、お茶会。
白薔薇の東屋はゲームのスチルそのままだった。レースの日傘、銀のティースタンド、令嬢たちのさざめき。
中心にいるのはセレスティア・ハーミア侯爵令嬢。つやのある黒髪に勝ち気な瞳。原作で、私を断罪へ追い立てる急先鋒だ。
そして、その向かいに——。
栗色のやわらかな髪の、小柄な令嬢。ミリア・フォルト男爵令嬢。このゲームの、ヒロインだ。
来た。第一イベント。
原作なら、ここで私がミリアに突っかかる。「平民あがりが」とかなんとか言って、紅茶をかける。それが断罪フラグ一本目。
——やるわけ、ないでしょ。
「ごきげんよう、ミリア様。お会いできて嬉しいわ」
とびきりの笑顔で先手を打つ。
ミリアがきょとんとする。セレスティアの眉がぴくりと動いた。
「あら、ヴィオラ様。ずいぶん……お優しいのね」
声に棘がある。台本どおりに動かない悪役令嬢が、気に入らないらしい。
まずい。優しくしすぎても、それはそれで怪しまれる。さじ加減が難しい。
そのとき、ロロがすっと前に出た。
「皆様。よろしければ、お茶うけにいかがでしょう」
差し出したのはあの焼き菓子。
令嬢たちがひとつ口にする。
「まあ、なにこれ。はじめての味」「やさしい甘さね」「もうひとついいかしら」
場の空気がふっとやわらいだ。棘のあったセレスティアまで、つい手を伸ばしている。
——なるほど。話の種。
ロロはお菓子ひとつで、断罪の舞台を「ただのお茶会」に塗り替えてみせた。
私が身構えていた第一イベントは、甘い卵の匂いの中で、何事もなく溶けていく。
隣を見る。ロロは涼しい顔で、ティーポットを構えていた。
——この子。やっぱり、わかってる。何を避けるべきか。どう動けば、私が助かるか。
ありがとう、と言いたかった。でも言えば、私が事情を知っていることまでバレる。
だから私はただ小さく、カップを持ち上げた。
ロロがほんの少しだけ、口角を上げた気がした。
次話:「探ってるの、たぶんお互いさま」




