第22話「踏み込めない一線がある」
それから、ロロの様子が少し変わった。
何かを探るような目。私が書きものをしていると、さりげなく近づいてくる。羽根ペンを置いた途端、すっと離れていく。お茶のおかわりを聞く回数が妙に増えた。
かと思えば、肝心なことは何も聞いてこない。踏み込みかけて、やめる。その気配だけが何度も部屋の空気を横切っていく。
——気づいてるんだろうな、たぶん。
私が何かを隠していること。引き出しの奥に、見せない紙があること。はっきり見たわけじゃなくても、あの子は察しがいい。攻略サイトを隅々まで読み込むような人間の観察力をなめてはいけない。
ある夜、お茶を運んできたロロがふと言った。
「お嬢様。舞踏会のあとって、どうするんですか」
どきり、とした。
カップを受け取る手が一瞬だけ止まる。湯気の向こうで、ロロの目がじっとこちらを見ていた。ランプの灯がじじ、と小さく鳴る。
「どうって……卒業よ。婚約者候補からも外れて、晴れて自由ね」
「自由になって、それから?」
「……まだ、決めてないわ」
嘘だった。決めている。誰にも告げず、消える。それを言えない。
お茶をひと口飲む。いつもと同じ茶葉のはずなのに、なぜだか味がしなかった。
ロロはしばらく、私を見ていた。
何か言いたげに口を開きかけて。でも結局、何も言わずに閉じた。
「……そうですか」
そう言って、ロロは下がっていった。
扉が閉まる。ぱたん、という音が、いつもより大きく聞こえた。
私たちのあいだに、見えない一線が引かれた気がした。
お互い知っているのに。お互い、踏み込めない。
前世のことも。これからのことも。
化かし合いをしていた頃は、踏み込むのがゲームだった。鎌をかけて、いなされて、笑って。あんなに気軽に出せた一歩が、今はどうしても出ない。
近づいたぶんだけ、言えないことが増えていく。
——おかしいな。
ひとりのほうがずっと楽だったはずなのに。
今はこの沈黙がこんなにも苦しい。
次話:「黙ってるのが、いちばんずるい」




