第19話「味方の顔、はじめて見た気がする」
建国祭の喧騒が引いた、夜のバルコニー。私はセレスティアと二人きりで向き合っていた。
人のいない手すりにもたれて夜空を見上げる彼女の横顔からは、さっきまでの勝ち気な色がすっかり抜け落ちている。糾弾に失敗して偽造を暴かれ、それでも逃げずにここへ来た。その背中は思っていたよりもずっと小さく見えた。
「……なぜ、わたくしを庇うようなことを」
ぽつりと彼女が言った。
「庇ってはいないわ。ただ、知りたかっただけ。あなたがあそこまでして、何を守ろうとしていたのか」
セレスティアは長いこと黙っていたが、やがて絞り出すように口を開いた。
「……わたくしの姉も、悪役令嬢だったの」
え、と私は顔を上げる。
「5年前、姉は社交界で『悪役』の烙印を押されて断罪された。婚約を破棄され、家を追われ、それきり消息も知れない。父も母も、まるで最初からいなかったかのように、姉の名前を口にしなくなった」
夜風が彼女の黒髪をそっとなでていく。
「物語には正しい順序があって、悪役は退場し、ヒロインが幸せになる。——そう思い込むことでしか、わたくしは姉の不在に耐えられなかったの。姉が消えたのは世界がそう決めていたからで、意味のないことではなかったのだと、自分に言い聞かせてきた」
ああ、と私は思った。
この子は「正しい物語」を守りたかったわけじゃない。姉を奪っていった理不尽を、せめて意味のあるものだと信じたかった。そうでもしないと、立っていられなかったのだ。
「だから、あなたが順序を乱すのが許せなかった。あなたが平然と破滅を回避して幸せに逃げ切ってしまったら、断罪されて消えた姉だけが、永遠に報われないままになる。そんなの、あんまりじゃない」
声が震えていた。気丈な侯爵令嬢の仮面の下に、ずっとこんな痛みを隠していたのか。
私はそっと彼女の隣に立った。
「セレスティア様。順序なんて、壊していいのよ。悪役令嬢が幸せになったって、誰も困らない。——あなたのお姉様だって、本当は断罪されるべきじゃなかった。ちょうど、私がそうだったように」
セレスティアがはっと私を見た。
その目から、ぽろりと涙がこぼれる。勝ち気な侯爵令嬢の、はじめて見る素顔だった。
「……探しましょう、お姉様の行方を。私も手伝うわ。使える伝手は、全部使って」
しゃくりあげる彼女の背を、私はゆっくりとさすった。
味方の顔を、はじめて見た気がした。ずっと敵だと思い込んでいた人の、ほんとうの顔を。
次話:「もう、観察対象じゃないでしょ」




