第18話「殿下の花が、咲くころに」
建国祭から数日が過ぎたある日、王宮の薔薇園で思いがけない光景を目にした。
ジルベールとミリアが、並んで薔薇の世話をしている。
「ミリア嬢。ここの土はもう少し水はけをよくしたほうがいい。根が息をしやすいようにね」
「わあ、そうなんですね! 殿下は本当にお詳しい。わたし、お花は好きでも育て方は全然わからなくて」
「なら教えよう。いくらでも」
きらきらと目を輝かせるミリアと、得意げな横顔のジルベール。例の早口スイッチが完全に入っている。
——お。いい感じ。
あの建国祭の後、私が「ミリア様は園芸を学んでみたいそうですよ」とさりげなく一押ししたら、二人はすっかり庭仲間になった。土だの肥料だの剪定だの、傍から見れば退屈きわまりない会話を、本人たちは心底楽しそうに続けている。私に向きかけていたジルベールの矢印が、ゆっくりと本来あるべき場所へ戻り始めていた。
「順調ですね」
いつのまにか隣に来ていたロロが小声で言う。
「ええ。やっと軌道修正できた。あとは放っておいても、薔薇もあの二人も勝手に育つでしょうね」
「うまいこと言いますね」
「でしょう」
二人でくすりと笑う。
王子がヒロインと結ばれれば、私は婚約者候補から外れて、断罪のシナリオは主役を失い行き場をなくす。計画どおり、万事計画どおりだ。
なのに、並んで花に水をやる二人を見ていたら、胸の奥がちくりと痛んだ。
——あれ。なんだろう、これ。
べつにジルベールに未練があるわけじゃない。私は最初から彼に恋なんてしていないし、あの早口園芸トークに丸一日付き合わされた身としては、むしろミリアに同情するくらいだ。
そうではなくて。
私はみんなを幸せにする手を打っている。ミリアもジルベールも、たぶんセレスティアも、一人ひとり収まるべき場所へそっと押してあげている。そして自分は全部が片付いたらそっと舞台から消えるつもりだ。誰にも惜しまれず、ひとりで。
それが望みだったはずなのに、いざその「ひとり」が現実味を帯びてくると——なぜだろう、胸の隅がひやりと寂しくなる。
「お嬢様?」
ロロが私の顔をのぞき込む。
「なんでもないわ」
私は慌てて首を振った。
殿下の花が咲こうとしている。それは私が誰よりも願ったことだ。
——でも。私の花はいったいどこに咲くんだろう。
ふと、そんなことを考えてしまった。答えの出ないまま。
次話:「味方の顔、はじめて見た気がする」




