第17話「あなたの知らない、私の知ってること」
「そ、その手紙は……っ」
セレスティアの声が上ずる。
「侍女が勝手に用意したもので、わたくしはほんの少し預かっただけ——」
完璧だったはずの断罪の筋書きが、たった一枚の便箋の矛盾で根本から崩れていく。
「では、その侍女の証言も聞いていただけますか」
私は広間の隅に控えていた人物へ目を向けた。
セレスティア家の元侍女だ。手紙の偽造を強いられたことに耐えかねて屋敷を出た娘で、私が昨日、深く頭を下げて頼み込んだ証人でもある。その彼女が震える足で一歩前に出た。
「……わたくしが命じられて書きました。ヴィオラ様の筆跡をまねて、セレスティア様のご命令で。本当に、申し訳ございませんでした」
か細いけれど、はっきりとした声だった。深々と頭を下げる娘の姿に、広間がしんと静まり返る。さっきまでのざわめきが嘘のように、誰も言葉を発しない。
セレスティアはもう何も言えなかった。高く掲げていた手紙を持つ手が力なく下りていく。
——勝った。断罪フラグ、二本目を完全にへし折った。これで私の破滅はまた一歩遠のいたのだから、本来なら胸をなでおろしていい場面だ。
でも私はうなだれるセレスティアを見て、どうしても勝ち誇る気になれなかった。
なぜ彼女はここまでしたのだろう。一介の令嬢を陥れるために偽の手紙まで用意して。「正しい物語を守りたい」と言ったあの翳った瞳は、単なる悪意の色とは違っていた気がする。
気づけば私はざわつく貴族たちを背にして、彼女のもとへ歩み寄っていた。声は彼女にだけ届くよう低く落とす。
「セレスティア様。この騒ぎが片付いたら、少しお話ししませんか」
セレスティアがはっと顔を上げた。
「……勝ち誇りに来たの。わたくしを笑いに」
「いいえ。あなたが何を守ろうとしていたのか、それを知りたいだけです」
その目がぐらりと揺らいだ。勝ち気な侯爵令嬢の仮面の下から、迷子の子どものような心細さが覗いた気がした。
——あなたの知らない私の知っていること。そして、私の知らないあなたの抱えていること。その二つを突き合わせれば、前世の知識でも攻略サイトの情報でもたどり着けなかった場所へ行ける気がした。誰も断罪されない結末へ。
私が席に戻ると、ロロが隣でそっと囁いた。
「お嬢様。やっぱりお人好しですね。せっかく勝ったのに、敵に手を差し伸べるなんて」
「悪い?」
「いいえ」
ロロはふっと笑った。いつものからかうような笑いとは少し違う、やわらかい笑い方だった。
「——そういうところ、嫌いじゃないですよ」
次話:「殿下の花が、咲くころに」




