第16話「二人でなら、覚えていられる」
手紙が皆の前に回される。
たしかに、達筆な字で、ひどい言葉が並んでいた。差出人の署名はヴィオラ・ベルクハイト。私の名前。筆跡も私のものによく似せてある。
「どう、ご覧になって。言い逃れはできなくてよ」
セレスティアが勝ち誇る。周りの令嬢たちも、扇の陰で、私を嘲るように笑い始めた。
でも私は焦らなかった。この手紙には決定的な穴がある。それを、私たちは知っている。
「ロロ」
「はい、お嬢様」
侍女のロロが静かに進み出た。
侍女が貴族の場で口を開くなど、本来は無礼。広間がわずかにどよめく。けれどロロは物おじする様子もなく、よく通る声で言った。
「失礼ながら、皆様。その手紙の便箋を、光にかざしてご覧くださいませ。右下に薔薇の透かしが入っております」
貴族たちが手紙を、シャンデリアの光にかざす。たしかに、薄く、薔薇の模様が浮かび上がった。
「これは、王室御用達の新しい便箋でございます。今年の建国祭にあわせて作られ、市井に出回り始めたのは、つい先週のこと」
ロロの声はよどみない。ゆうべ、何度も繰り返した台詞だ。
「ところが、この手紙に記された日付は、2ヶ月前。——まだ存在していないはずの便箋に、2ヶ月も前の手紙が書かれている。皆様、おかしいとは思われませんか?」
ざわっ、と、広間が大きくどよめいた。
さっきまで私を嘲っていた令嬢たちの顔から、笑みがすっと引いていく。
そう。これが穴だ。
私一人なら、絶対に気づけなかった。便箋がいつ市井に出回ったかなんて、廃課金で全ルートを回収した私の記憶には、欠片も残っていない。そんな小道具の細部まで、覚えていられるわけがない。
でもロロは知っていた。攻略サイトの、隅から隅まで。背景に一瞬映る小物の一つひとつまで、しゃぶり尽くすように読み込んだ、無課金の猛者。
私の知識とロロの知識。種類の違う二つが噛み合ってはじめて、この嘘は暴ける。
「セレスティア様」
私はまっすぐに彼女を見た。
「この手紙、いったい、どこで手に入れたのかしら? 先週まで存在しなかったはずの便箋で書かれた、2ヶ月前の手紙を」
セレスティアの顔から、さっと、血の気が引いていく。手にした扇がかすかに震えた。
広間の空気が完全に引っくり返った。糾弾されていたのは私だったはずなのに、今、追い詰められているのは彼女のほうだ。
「ち、違うわ。これは、たしかに……」
「たしかに、なに?」
セレスティアは言葉に詰まる。
私はほんの少しだけ、声をやわらげた。
「——一人の記憶では、こぼれ落ちてしまうことが、ある。でも、二人でなら。覚えていられるんですのよ」
それはセレスティアに向けた言葉であり。
隣に立つ、ロロへの、言葉でもあった。
次話:「あなたの知らない、私の知ってること」




