第15話「敵の前では、休戦しましょ」
大広間はまばゆいシャンデリアの光で満ちていた。
着飾った貴族たち。流れる弦楽。グラスの触れ合う、涼やかな音。その華やかさの中を、私は背筋を伸ばして進む。一歩ごとに、視線がちくちくと刺さる。
「あれが、ベルクハイトの……」「近頃、様子が変わったとか」
ひそひそ声。原作どおり、私は「不穏な噂のある悪役令嬢」として、もう値踏みされている。
それでも私は微笑みを崩さなかった。隣には侍女として控えるロロ。少し離れた壁際には、セレスティア家の元侍女が約束どおり来てくれている。布石は置いた。あとは向こうが動くのを待つだけ。
そして、来た。
「皆様、少しよろしいかしら」
セレスティアの、よく通る声。広間の視線がいっせいに彼女へ集まる。
「本日は、皆様にお伝えしたいことがございます。ヴィオラ・ベルクハイト公爵令嬢の、ある行いについて」
ざわ、と空気がどよめいた。
来た。断罪フラグ、二本目。
セレスティアが一通の手紙を高く掲げる。
「これは、ヴィオラ様がミリア様に送られた、嫌がらせの手紙です。『平民あがりは、出ていけ』と。公爵令嬢ともあろう方が、なんと卑劣な」
貴族たちがいっせいに囁き合う。私を見る目に、軽蔑が、じわりと混じり始めた。
——筋書きどおり。原作ならここでヴィオラは取り乱し、「知らないわ」「証拠でもあるの」と喚いて墓穴を掘る。そして、墓穴を掘れば掘るほど、断罪が決定的になる。
でも。
私は隣のロロに小さく目配せした。ロロがわずかに頷く。
ゆうべ10回練習した、その合図。
——休戦はとっくに済んでいる。私とロロの探り合いも、今夜だけは棚上げだ。今この瞬間から、私たちは二人で一つ。
「セレスティア様」
私は一歩、前に出た。声は自分でも驚くほど、落ち着いていた。
「その手紙、皆様に、よく見えるように、見せていただけます? せっかくの機会ですもの。隅々まで、じっくりと」
セレスティアの眉がぴくりと動いた。
予想外、という顔。糾弾された悪役令嬢が、自分から「証拠をよく見せろ」と言い出すなんて、彼女の筋書きにはなかったはずだ。
「……何を、企んでいるの」
小声で、セレスティアが探ってくる。
「企むだなんて。潔白だから、堂々としているだけですわ」
私はにっこりと微笑んだ。広間じゅうに、聞こえるように声を張る。
「ええ、皆様。どうぞ、ご覧になって。わたくし、逃げも隠れもいたしません」
ロロがすっと私の斜め後ろに控える。いつでも動ける、その位置に。
セレスティアの手の中で、手紙がかすかに揺れた。
主導権がほんの少し、こちらに傾いた瞬間だった。
——さあ。反撃の時間だ。
次話:「二人でなら、覚えていられる」




