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【完結済】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第9章「孤星、未来を望む」

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第83話「颯太の成長」

日曜の昼過ぎ、颯太から連絡が来た。


「近く寄ったから、顔見せに行っていい?」


大学二年になった颯太は、一人暮らしを始めていた。実家からそう遠くない場所だったが、顔を合わせる頻度は、思ったより減っていた。


「いいよ」と返すと、一時間もしないうちに、颯太は部屋のインターホンを鳴らした。


「久しぶり」


ドアを開けると、颯太が立っていた。背が、また少し伸びたように見えた。高校生のときの面影は、もうほとんど残っていなかった。


「入って」


颯太は、部屋に上がると、慣れた様子でソファに座った。


「相変わらず片付いてるな、姉ちゃんの部屋」


「颯太の部屋は散らかってるの」


「散らかってるっていうか、机の上が資料まみれ」颯太は笑った。「レポートの締め切りが重なると、もうカオス」


コーヒーを淹れて、二人でテーブルを挟んで座った。


「大学、どう」リアが聞いた。


「まあまあ楽しい」颯太は言った。「サークルの後輩ができたし」


「先輩になったんだ」


「先輩になった」颯太は少し誇らしげに言った。「なんか変な感じ」


他愛のない会話が続いた。大学の授業のこと、バイトのこと、共通の親戚の近況。


颯太は、コーヒーを飲みながら、リアの部屋を、何気なく見回していた。


窓辺の小さな棚に、視線が止まった。


学生時代の写真立て。弓道大会の記念メダル。そして、その奥にある小さな箱。


颯太は、その箱を、しばらく見ていた。


何かを言いかけて、口を閉じた。


その仕草に、リアは気づいていた。


颯太は、蒼のことを、多くは知らない。当時、リアが何を経験していたのか、詳しい事情は、話していなかった。ただ、姉が、大切にしていた人がいたこと、その人が、ある日を境に、突然いなくなったことだけは、颯太も感じ取っていた。


「姉ちゃん」颯太が、ふと言った。


「うん」


颯太は、少しの間、リアの顔を見ていた。


その目に、何かを聞きたい、という色が、確かにあった。


でも颯太は、それ以上、何も言わなかった。


「なんでもない」颯太は言った。「元気そうでよかった」


その言葉に、リアは少し驚いた。


聞かないという選択を、颯太は自分でしていた。


「聞きたいこと、あるんじゃないの」リアは、静かに聞いた。


颯太は、少し考えるような顔をした。


「ある、っちゃある」颯太は言った。「でも、姉ちゃんが話したくなったら、話してくれればいい」


その言葉には、大学生になった颯太の、成長が滲んでいた。


昔の颯太なら、もっとまっすぐに、聞いてきたかもしれない。今の颯太は、リアの中にある、触れられたくない部分を、そっとしておくことを、覚えていた。


「ありがとう」リアは言った。


「別に、大したことしてないし」颯太は照れたように言った。


しばらく、二人は、他愛のない話を続けた。


夕方近くになって、颯太は帰り支度を始めた。


「そろそろ行くわ」颯太は言った。「明日、朝から授業あるし」


「気をつけてね」


玄関まで、颯太を見送った。


靴を履きながら、颯太は、もう一度、部屋の奥を、ちらりと見た。


窓辺の、あの小さな箱の方向を。


「姉ちゃん」颯太は、ドアに手をかけながら言った。


「うん」


「無理に忘れようとしなくていいと思うよ」


その言葉に、リアは息を止めた。


「別に、忘れろとか、そういうこと、誰も言ってないし」颯太は続けた。「ただ、姉ちゃんが、ちゃんと、自分のペースでいいと思う」


颯太の言葉には、多くを聞かずとも、姉が何かを抱えていることへの理解があった。


「颯太、いつの間に、そんな大人になったの」リアは、少し笑いながら言った。


「昔から、大人だったし」颯太は胸を張った。


その軽口に、リアはまた笑った。


「じゃあ、また」颯太は言った。


「うん、また」


颯太が帰っていった後、リアは、しばらく玄関に立っていた。


窓辺の小さな箱に、また目をやった。


無理に忘れようとしなくていい。


その言葉が、静かに、心の中に残っていた。


颯太は、何も知らないままで、それでも、リアの抱えているものの重さを、感じ取っていた。


家族というものの、そういう不思議な感度に、リアは、改めて、感謝の念を抱いた。


夕暮れの光が、窓から差し込んでいた。


その光の中で、リアは、久しぶりに、あの箱に、そっと手を伸ばした。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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