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【完結済】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第9章「孤星、未来を望む」

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第82話「隼の言葉」

夏の終わりに、隼から連絡が来た。


「久しぶりに三人で飲まない?」


そのメッセージを見て、リアは少し驚いた。三人というのが誰を指すのか、すぐには分からなかった。


「三人って?」と返すと、すぐに返信が来た。


「俺とリアさんと咲良」


その言葉に、リアは小さく笑った。三人という数字に、もう一人が含まれていないことに、改めて気づかされた。


指定された居酒屋に行くと、隼は既に来ていた。大学を卒業して、地元の企業で営業をしていると聞いていた。日焼けした顔は、学生時代とあまり変わっていなかった。


「久しぶり」隼が手を上げた。


「久しぶり」


咲良も少し遅れて到着した。三人で乾杯をした。


隼は相変わらずよく喋った。仕事の愚痴、上司の話、最近ハマっているという趣味の話。リアはその話を聞きながら、懐かしさを感じていた。


「リアさんは、カウンセラーやってるんだっけ」隼が聞いた。


「うん」


「すごいよな。人の話聞くの、大変そう」


「大変だけど、やりがいはある」


「咲良は記者だろ。二人とも、ちゃんとした仕事してんだな」隼は少し笑った。「俺なんて、営業成績で毎月怒られてるよ」


「隼らしいね」咲良が言った。


「なんだよそれ」


三人の間に、学生時代と変わらない空気が流れていた。


しばらく飲んで話が一段落したとき、隼がふと言った。


「そういえばさ」


その前置きに、リアは少しだけ緊張した。


「蒼、どこ行ったんだろうな」


その名前が出た瞬間、店内の喧騒が一瞬だけ遠くなった気がした。


咲良がリアの顔をちらりと見た。


「連絡くらいくれればいいのに」隼は続けた。「あいつ、卒業前に急にいなくなったじゃん。心配してたんだぞ、俺」


隼の声には屈託がなかった。ただ純粋に友人を懐かしんでいる声だった。


「さあね」リアはそう答えた。


その一言に多くのものが詰まっていた。でも隼には、その重さは伝わらなかった。


「体調悪くて休んだって聞いたけど、そのまま卒業式にも出なかったし」隼は続けた。「あれから一回も会ってないんだよな」


「そうなんだ」


咲良が静かに相槌を打った。


「あいつ、今頃どこで何してるんだろ」隼はビールを一口飲んで言った。「海外行った、みたいな噂も聞いたけど、本当かどうか分かんないし」


その噂はあながち間違っていなかった。でも隼にその真実を話すことは、リアにも咲良にもできなかった。


「元気にしてるといいけどな」隼は言った。「あいつ、いいやつだったから」


その言葉がリアの胸に静かに刺さった。


いいやつだったから。


その言葉を蒼自身が講堂であの夜、口にしていたことを思い出した。


隼には本当にいいやつだよと言われたことを伝えるつもりはない、と蒼は言っていた。


その約束を蒼は今も守っているのだろうか。


「リアさん」隼がふと呼びかけた。


「うん」


「あいつと何かあったの」


その質問に、リアは少しの間答えられなかった。


「なんとなく聞きにくくてさ、ずっと」隼は言った。「でも卒業してからもう五年だし。そろそろ聞いてもいいかなって」


咲良がリアの方を見た。答えるかどうかリアに委ねる目だった。


「色々あった」リアはゆっくりと言った。「でも今は、うまく言えない」


隼はその答えを聞いて少し考える顔をした。


「そっか」隼は言った。「無理に聞かないよ」


その言葉にリアは少しだけ安堵した。


「ただ」隼は続けた。「もしまた会うことがあったら、俺のことも思い出してほしいって伝えといて」


その言葉の純粋さに、リアの胸がまた締め付けられた。


隼は何も知らない。蒼がどれほど深い闇を抱えていたか。どれほど多くの人を傷つけてきたか。その全てを知らないまま、ただ友人として蒼を懐かしんでいた。


その無知が、今のリアには救いのようにも感じられた。


「伝える機会があったら伝える」リアは言った。


その言葉に嘘はなかった。もしいつか蒼と再会することがあれば、この言葉を伝えるだろう。


「よし」隼は明るく言った。「じゃあ次の話題行こう。俺の会社のパワハラ上司の話、聞いてくれ」


その切り替えの早さに咲良が笑った。リアも少しだけ笑った。


夜が更けていく中、三人の会話は続いた。


蒼の話はそれ以上深く掘り下げられることはなかった。


でも隼が発したあの言葉は、リアの中に静かに残り続けた。


あいつ、いいやつだったから。


その言葉と、蒼自身が言った言葉がリアの中で重なっていた。


隼によろしく、あいつは本当にいいやつだった。


その二つの言葉が、時を超えてようやく繋がったような気がした。


店を出て、三人で駅まで歩いた。


「また誘うわ」隼が言った。


「うん、また」咲良が答えた。


リアも頷いた。


隼と咲良と別れ、一人で電車に乗った。


窓の外を流れる夜の街を眺めながら、リアは隼の言葉をもう一度心の中で繰り返していた。


もし、また会うことがあったら。


その「もし」がこれから先、現実になることがあるのか、リアにはまだ分からなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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