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【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第8章「落日の対峙」

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第77話「完成させた」

「隼くんに」私は言った。「よろしく、って、言わないの」


蒼は、一瞬、目を伏せた。


その仕草に、これまで見たことのない、何かが宿っていた。


「隼は」蒼は、ゆっくりと言った。「本当に、いいやつだった」


その言葉に、過去形が混じっていることに気づいた。


「もう、会わないつもり」私は聞いた。


蒼は、静かに頷いた。


「隼には、何も、話さない」蒼は言った。「彼は、僕の正体を、知らないままでいい」


「知らないままの方が、いいと思ってるの」


「隼は」蒼は言った。「僕を、いいやつだと言った。その記憶のまま、いさせてあげたい」


その言葉に、複雑な感情がこみ上げた。


隼だけは、蒼にとって、守るべき対象ではなく、ただ大切な記憶として、残しておきたい存在なのだと分かった。


「私は」私は言った。「あなたを、止めようとした」


「知ってる」蒼は言った。


「本当に、止めようとした」私は、もう一度言った。「今も、止めたい」


蒼は、静かに私を見ていた。


「君は、本当に、僕を止めようとした」蒼は言った。「それが」


蒼は、一度、言葉を切った。


長い、沈黙があった。


その沈黙の中で、蒼の表情が、少しずつ、変わっていくのが見えた。


「それが」蒼は、ようやく続けた。「僕を、完成させた」


その言葉が、講堂の暗闇の中に、静かに落ちた。


「完成、って」私は聞いた。声が震えた。


蒼は、私を見つめたまま、答えなかった。


その沈黙が、これまでのどの沈黙より、重く感じられた。


「どういう意味」私は、もう一度聞いた。


蒼は、深く息を吸った。


「僕は、リアを愛したから」蒼は、ゆっくりと言った。「世界を焼く理由を、持った」


その言葉の意味を、理解しようとした。


「千景さんを傷つけたのも」蒼は続けた。「ストーカーだった男性を壊したのも。父を失脚させたのも。全部、君を愛したから、始まったことだった」


蒼の声は、静かだった。


「そして」蒼は言った。「君が、僕を止めようとしたことで」


蒼は、一瞬、目を閉じた。


「僕は、それでも守った、という、最後の正当化を、手に入れた」


その言葉が、私の中で、ゆっくりと形になっていった。


蒼は、私に愛されることで、自分の行いの全てを、正当化する理由を、手に入れていた。


止められても、それでも実行した。それは、蒼にとって、愛の証明だった。


「愛されることが」蒼は続けた。「僕の、怪物としての、完成だった」


その一言に、体の芯が、凍りついた。


蒼は今、自分自身を、怪物と呼んだ。


そして、その完成の最後のピースが、私の愛だったと、はっきり言った。


私は、何も言えなかった。


言葉が、出てこなかった。


蒼は、私を見つめたまま、静かに立っていた。


その表情に、これまでのどの表情とも違う、何かがあった。


安堵のようにも見えた。悲しみのようにも見えた。


その両方が、同時に、そこにあるようだった。


私は、蒼を見つめたまま、動けなかった。


泣くべきなのか、怒るべきなのか、分からなかった。


でも、涙は出てこなかった。


自分でも、驚くほど、体の中が、静かだった。


ただ、蒼の目を、じっと見ていた。


その目の強さが、蒼の予測していた範囲を、初めて超えた瞬間だった。


蒼は、何も言わなかった。


ただ、その沈黙だけが、蒼の動揺を示していた。


私が泣くと思っていた。


でも、私は泣かなかった。


その事実だけが、講堂の暗闇の中で、静かに、確かに、存在していた。


蒼は、しばらく、私を見つめていた。


やがて、蒼は、手の中にあった指輪を、そっと、私の手に戻した。


その指の動きは、これまでと同じように、丁寧だった。


そして、蒼は、ゆっくりと、踵を返した。


「隼によろしく」蒼は、背を向けたまま言った。「あいつは、本当にいいやつだった」


その言葉を最後に、蒼は、講堂の扉に向かって、歩き始めた。


私は、指輪を握りしめたまま、その背中を見ていた。


追いかけるべきなのか、呼び止めるべきなのか、分からなかった。


でも、体は動かなかった。


ただ、蒼の足音が、講堂の暗闇の中に、少しずつ、遠ざかっていくのを、聞いていた。


扉が開く音がした。


夜の空気が、一瞬、講堂の中に流れ込んだ。


そして、扉が閉まる音がした。


私は、一人、暗い講堂の中に、立ち尽くしていた。


手の中の指輪だけが、非常灯の薄い光を受けて、静かに光っていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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